備忘録 a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

論文のメモ: 複合影響の理解に向けたシステム毒性学

Spurgeon DJ, Jones OA, Dorne JLC, Svendsen C, Swain S, Stürzenbaum SR, 2010, Systems toxicology approaches for understanding the joint effects of environmental chemical mixtures, Sci Total Environ 408(18), 3725-3734.

レビュー論文。少し古いけど見逃していたので、メモ。

異なる化学物質間の相互作用は、3つのパターンがある。1) 生体外での相互作用、2) 化学物質の取り込み・排出に関する相互作用、3) 毒性の生じる部位での相互作用。2)をToxicokinetics、3)をToxicodynamicsと呼んでます。これらを明確に区別せずに複合影響の議論をしている論文は意外とある気がします。でも2)と3)の違いは微妙な場合もあるかな?

2)のToxicokineticsは、例えば、ある化学物質への曝露によって生物膜の透過性や摂餌速度が変わり他の物質の取り込み量が変化するとか、曝露によって解毒酵素の活性が変わる、とか。

 

 

論文のメモ: RNAの分解度評価 ~Transcript Integrity Number~

RNA-Seqデータの特性評価のためのシンプルなガイドライン

Son K., Yu S., Shin W., Han K., Kang K., 2018, A Simple Guideline to Assess the Characteristics of RNA-Seq Data, BioMed Research International, Article ID 2906292.

RNA-Seqのデータは、リードカウントとTIN(Transcript Integrity Number)のPCAプロットを描いて簡単に評価したほうが良いよ、という提言。処理群を代表しないサンプルを含めてDEG解析すると結果が変わってしまうから、PCAプロットでそのようなサンプルを可視化しようということですが、そのサンプルを除外すべきかどうかは明言なし。そもそもサンプル除外の効果があるのはreplicatesが2~3と少ない場合ですが、その少ないreplicatesからどういう基準でサンプルを除外するのか。

そんな感じで中々のHindawiクオリティですが、この論文のおかげでTINを知ったのでここにメモ。あと、reference genes単独での分解度を見ても不十分で、TINのように複数の遺伝子をまたいで評価するのが大事ということもigvの図から分かります。

 

RNA-Seqデータを用いて転写物の非分解度を測る

Wang, L., Nie, J., Sicotte, H., Li, Y., Eckel-Passow, J. E., Dasari, S., Vedell P.T., Barman P., Wang L., Weinshiboum R., Jen J., Huang H., Kohli M., Kocher J.P.A., 2016, Measure transcript integrity using RNA-seq data, BMC Bioinformatics, 17(1), 58.

TINを提案した論文。TINは、転写産物にどれだけ均一にリードがマッピングされたかを表す指標のようす。Total RNA電気泳動して得られるRIN(RNA Integrity Number)との比較もあり。

TINの計算はpythonRSeQCパッケージでできます。

「パパは脳研究者 -子どもを育てる脳科学- 」感想

帰省中に読了。

昔「単純な脳、複雑な『私』」を読んでから(「単純な脳、複雑な『私』」感想)、この著者のファンです。著者のTwitterからも分かりますが、自身の研究の直近だけでなく、ちょっと遠い研究の面白ばなしも意識的に収集してるんでしょうね。そんな幅広い知見収集の跡がうかがえる本です。「単純な脳、複雑な『私』」よりだいぶ軽いけど。

 

ここ数年、赤ちゃん関連の映像や話を観たり読んだりするとほぼ無条件で泣いてしまいます。本書でも何度も涙ぐみました。感動的エピソードが盛りだくさん、という訳では別になく、科学的な知見を交えて淡々と娘さんとの日常を語っている本なので、我ながらヤバいヤツだと思いながら…。

 

面白かった箇所をいくつか。

  • 尿意と睡魔は赤ちゃんにとって不快な感覚。大人がそれらを快く感じるのは、尿意とまどろみの後の気持ち良い感覚を先読みしているから(p. 48)。
  • 胎児は、母親のお腹の中から音楽を聴いて脳回路に記憶させている(p.55, 元ネタはPartanen et al., 2013, Plos One)。
  • 幼い子は正確な記憶しかできないが、大人になっていくにつれ曖昧な記憶ができるようになっていく。これは進化の過程をなぞるような変化である。例えばトリは正確な記憶しかできない(p. 99)。
  • 2歳ころの子どもの記憶には偽の記憶が含まれていることが一般的(p. 159, Conway and Pleydell-Pearce, 2000, Psychological Review)。
  • 褒め方の難しさ。絵を描いた子どもを褒めると、絵を描くことへの興味を失うことがある。子どもは褒められ続けると「絵を描くことが好きだったのではなくて褒められることが好きだったのでは?」と解釈してしまうため(認知的不協和の解消)。対策としては、親の主観を述べる(「お父さんはこの絵が好き」)か、子どもの行為ではなく作品を褒める、など(p. 231)。
  • なかなか理想通りの褒め方を実践するのは難しい。そんな時はせめて笑顔で楽しそうに接する(p. 250)。

 

(追記2019.07.07)

この著者の本で取り上げられている科学的知見は、キャッチーで面白いけど、信ぴょう性についての議論がほとんどないのは危うい気がします。例えばマシュマロテストは再現性(というか親の経済格差という交絡因子の解釈?)に疑問符がついてるという話もありますし…。 

 

パパは脳研究者 子どもを育てる脳科学

パパは脳研究者 子どもを育てる脳科学

 

 

 

論文のメモ: Daphniaのストレス応答遺伝子データベース

「Daphnia stressor database: 10年来のDaphniaのomicsデータを遺伝子アノテーションにフル活用

Ravindran SP, Lueneburg J, Gottschlich L, Tams V, Cordellier M, 2018, Daphnia stressor database: Taking advantage of a decade of Daphnia'-omics' data for gene annotation, bioRxiv, 444190.

環境科学の分野でもアーカイブで発表される論文を見るようになってきました。環境ストレスに対するDaphniaの遺伝子発現を調べた90本の論文をまとめて、データベースを作ったという報告。DaphniaのゲノムデータべースとしてはwFLEABASEがすでにありますが、wFLEABASEでは環境ストレスと遺伝子の関係は分かりません。この論文で報告されているデータベースDaphnia stressor databaseは、Comparative Toxicogenomics Database (CTD) のミジンコ版みたいなもので、遺伝子名を検索すると関連あるストレス(というかほぼ化学物質)が出てきます。

せっかくなので、CTDみたいにcsvファイルとかで元データを整理したうえで全部公開して欲しい。そうすれば、この論文でやっているような、D. pulexD. magnaの発現データのD. galeataゲノムへのマッピングとかができるのに。現状だと検索しかできないっぽいので。

 

論文のメモ: 路面排水によるギンザケ死亡症候群

2000年代からアメリカ北部でギンザゲの死亡症候群が見られ、その原因として路面排水が疑われています。以下は、その一連の論文。NOAAとワシントン州立大学あたりが中心に研究してるみたいです。

 

「Puget Sound都市河川で頻発するギンザケ成魚の死亡

Scholz NL, Myers MS, McCarthy SG, Labenia JS, McIntyre JK, Ylitalo GM, Rhodes LD, Laetz CA, Stehr CM, French BL, McMillan, B, Wilson D, Reed L, Lynch KD, Damn S, Davis S, Collier TK, 2011, Recurrent die-offs of adult coho salmon returning to spawn in Puget Sound lowland urban streams, PLoS One, 6(12), e28013.

路面排水によるギンザケ死亡に関する最初期の論文。2002年から2009年にかけてPuget湾で調査をおこなってます。Supporting Infoでサケの異常行動の動画などもあり、結構見応えがあります。

感染症や貧酸素、低温など典型的な要素が原因の可能性はほぼ否定されてます。降雨に伴って異常行動や致死が見られたことや、下のFeistら (2011) の解析から、路面排水中の化学物質が原因ではないかと考察されてます。路面排水の影響を受けていることは、鰓中のCd, Ni, Pb濃度と胆汁中のPAHs濃度の高さから示唆されてます。ただし、排水中の濃度は毒性を生じるレベルにあるかは微妙であり(この考察は結構荒い)、他の考慮していない物質や複合毒性が原因かもしれない、との結論です。あとアセチルコリンエステラーゼ活性は対照区と違いが見られなかったため、殺虫剤でもなさそう、としてます。この考察も乱暴ですが、色々検討してますね。

面白いのは、影響を受けているのは成魚のみで亜成体は無事だということ。どうやら、成魚は海水から淡水に戻ってくる時に塩分変化を経験するので、そこが関係してるのかも、と考察。

 

 

「都市小河川におけるギンザケ死亡のlandscape ecotoxicology

Feist BE, Buhle ER, Arnold P, Davis JW, Scholz NL, 2011, Landscape ecotoxicology of coho salmon spawner mortality in urban streamsPLoS One, 6(8), e23424.

上の論文の補足的な論文。あまりちゃんと読んでません。ギンザケの死亡率を被説明変数、土地利用割合などを説明変数としたGLMMを作ってみたら、舗装面積が効いてたみたい。

 

 

 

「都市雨水によるギンザケ死亡症候群に関連する有機物質の同定のための高分解能質量分析

Peter KT, Tian Z, Wu C, Lin P, White S, Du B, McIntyre JK, Scholz NL, Kolodziej EP, 2018, Using high-resolution mass spectrometry to identify organic contaminants linked to urban stormwater mortality syndrome in coho salmon, Environ Sci Technol, 52(18), 10317-10327.

C18カラムを用いた四重極型TOF-MSで、高速道路の路面排水・受水域の水・使用済みエンジンオイル・タイヤ粉末溶出液などに含まれる物質のプロファイリングをおこなった研究。死亡症候群を示した環境試料から共通して検出されたのは57物質で、メトキシメチルメラミンや双環状アミン(1,3-diphenylguanidine・1,3-dicyclohexylureaなど)、グリコール類が含まれてたそうです。そしてそれらはタイヤ粉末にも含まれていました。

定性的な評価で、かつ各物質の毒性値の議論はほぼありません。長鎖のグリコール類はQSARで毒性低いと予測された、という記述があるくらい。結論はあくまで、検出された物質達は路面排水のindicatorになりうる、というもの。

路面排水やタイヤ粉末溶出液のTOF-MS結果をクラスターして、路面排水はエンジンオイルやウォッシャー液よりもタイヤ粉末に組成が近い、と述べてます(Fig. 2)。でも、路面排水にはタイヤ粉末にもその他原材料にも含まれていない成分が検出されてます。これらは何なんでしょう。タイヤ粉末などの環境中での分解産物だったら話がややこしくなりそう。

 

 

「高速道路排水と魚組織中の有機汚染物質検出法の開発

Du B, Lofton JM, Peter KT, Gipe AD, James CA, McIntyre JK, Scholz NL, Baker JE, Kolodziej EP, 2017, Development of suspect and non-target screening methods for detection of organic contaminants in highway runoff and fish tissue with high-resolution time-of-flight mass spectrometry, Environ Sci Processes Impacts, 19(9), 1185-1196.

上の論文の準備的な研究。固相抽出のカラムの検討とか、物質の同定法の検討。

路面排水だけでなく、魚体内の濃度も測ってます。有機リン系の殺虫剤やカフェイン、コチニンは排水に含まれてたけど、魚からは検出されなかったそうです。一方、ゴムの加硫促進剤に使用されるアセトアニリドは両方から検出されてます。

 

 

「都市雨水に対するPacific almonの感受性の種間差

McIntyre JK, Lundin JI, Cameron JR, Chow MI, Davis JW, Incardona J P, Scholz NL, 2018, Interspecies variation in the susceptibility of adult Pacific salmon to toxic urban stormwater runoff, Environmental Pollution, 238, 196-203.

死亡が確認されてきたCoho Salmon(Oncorhynchus kisutuch)と、同属の別種Chum salmonの路面排水に対する感受性を比較した論文。結果、Chum salmonに毒性は生じず、Coho salmonは曝露数時間で平衡を失ったり表面に浮かんだり異常行動を起こした。また血中Na・Cl濃度およびpCO2・pHが減少し、血中の乳酸濃度とヘマトクリット値が増加していた。pHが減少しpCO2が増加していればrespiratory acidosisだが、pHとpCO2がともに低下するのは、血中に乳酸などが蓄積するmetabolic acidosisだそうです。シアン化物などの化学物質による内呼吸cellular respirationの阻害によって乳酸が蓄積しているのかも。

だから何、というところから抜け出せてはいませんが、まあこのような知識の蓄積が大事ですからね。

 

(追記2018.11.20)

「都市雨水に対するPacific almonの感受性の種間差

Meland S, Salbu B, Rosseland BO, 2010, Ecotoxicological impact of highway runoff using brown trout (Salmo trutta L.) as an indicator model, J Environ Monitoring, 12(3), 654-664.

似たような報告が別グループから出ていたのを見つけました。血中Na・Cl濃度およびpHは減少し、血中グルコース濃度とpCO2は増加していた。こちらは上の論文と違ってrespiratory acidosisですが、貧酸素ではなく、(金属などの)酸化ストレスによって生じたのではと考察してます。イオンバランスの変化も金属による影響とみなしてます。

 (追記ここまで)

 

 

「米国西部の都市水域におけるギンザケ死亡:生物浸透による致死影響の低減

Spromberg JA, Baldwin DH, Damm SE, McIntyre JK, Huff M, Sloan CA, Anulacion BF, Davis JW, Scholz NL, 2016, Coho salmon spawner mortality in western US urban watersheds: bioinfiltration prevents lethal storm water impacts, J Applied Ecol, 53(2), 398-407.

高速道路の路面排水を採取して、実験室でCoho Salmonに曝露させた研究。実際の路面排水では死ぬのに、路面排水と同程度の金属・PAHs濃度を添加した模擬排水では死なない。では何が原因なのかとなりますが、炭化水素類(キノン・メチルフェノール・チアゾールなど)が挙げられてます。しかし原因物質を同定するには数年かかるかも、とも書かれてます。"While it may take years of additional assessment to identify precisely which of these agents is killing coho, ..."

 

 

海外学振の面接

一昨日、海外学振の面接でした。いや〜ダメでしょうね…。変に期待がなくなってスッキリはしてますが。

 

 

 

面接は11時ちょうどから。その30分前に麹町のビルに到着。受付を済ませて、控え室でスライドの動作確認。控え室には5人ほどの候補者がいて、動作確認とか練習をしていました。たぶん皆自前のPCを持って来てましたが、控え室には4~5台のPCが備えてあり、忘れて来ても借りられそうでした。

 

面接15分くらい前にスタッフに呼ばれ、面接会場の前の廊下へ移動。面接会場は審査区分ごとに分かれてました。自分は農学・環境の区分。直前にスライドの印刷物と荷物をスタッフに渡し、自分はPCだけ持って入室。

PCをプロジェクタに接続するとき、カチッと気持ちよくハマらないから接続できてないのかなと思って何回もやり直してたら、スタッフから「たぶん出来てますよ」と軽く突っ込まれました。自分では大丈夫と思ってたけど、実は相当テンパってたのかも。

 

 

4分の発表と6分の質疑応答。

発表は練習の甲斐あって、無事3分55秒でまとめられました。

ただ問題は質疑応答…。初っ端の質問が、わざわざ海外でやる意味あるの?的な質問で、面接官を納得させられませんでした。絶対聞かれるベタな質問なのだから、もっと答えを練っていけば良かった。Dryよりの研究で、実験設備などに依存しないように見えるものだったから、こういう質問が出ることは想定できたはずですし…。Dryの研究でも人員とか設備とか、環境による力は大きいと思うし、そこを強く推すべきでした。実際、受け入れ研究室のスタッフの層の厚さは結構スゴい。

他、2つの質問があり、1つは割と研究内容に関するもので、もう1つは海外学振後にどう展開していきたいかというもの。どちらもそれなりに答えられたと思います。

 

 

面接の結果が出るのは10月中旬〜下旬とのこと。

 

 

 

(2018/10/10 追記)

補欠でした。

「採否については、平成31年3月中に改めてEmail等で連絡します。」

えー。このやきもき感を3月まで・・・?

 

(2019/2/28 追記)

不採用でした。

しかしもし合格でもこの時期に知らされて困るという人は多いでしょう。

 

 

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「生物をシステムとして理解する」感想

8月の帰省の新幹線で読了。150ページで、タッチも軽いのでさっくり読めます。この分野に興味ある高校生とか学部生が読むのに良さそう。

現在の数学(統計学?)は物理学とともに発展してきたので、まだ実験誤差の大きい生物学には対応しきれていない、今後生命現象を記述するための適切な数学が発展していくだろう、という主張は面白いなと思いました。

  

細かい誤字。

・正弦派 ⇒ 正弦波(p.73)

・試験官 ⇒ 試験管(p.82)

 

生物をシステムとして理解する: 細胞とラジオは同じ!? (共立スマートセレクション)
 

 

「MCバトル史から読み解く日本語ラップ入門」感想

あとがきにもあるように、DARTHREIDERによる極私的MCバトル史の本。書名は盛りすぎ。

 

ヒップホップ界隈の一つのイベントでしかなかったMCバトルの変遷について。

2000年代中頃まではラッパーとしての生活の延長上にMCバトルが存在していました。ラッパーの余興の一つとして、テクニックを魅せる手段の一つとして、ヒップホップ好きが集まるイベントの一つとしてMCバトルがあったわけです。

しかし次第にMCバトルの規模が大きくなり、2009年あたりからバトルの舞台とヒップホップのシーンとが分離し始めます。MCバトルしか知らない聴衆、またはバトルしかやらないプレイヤーが参入してきます。お互いにバトルで初めて対面する相手なので言いたいこともない、ラップのテクニックしか勝負を決するポイントがない、また勝つためなら何を言ってもかまわない、そのような風潮が出てきます。本書では、これを"スポーツ化"したバトルと呼んでます。

 

こういう現象は、どんな分野でも拡大するときには起きることでしょう。もともとはある分野の一要素でしかなかったものが人気を得て、その一要素が元の文脈から離れていき、独自の文化を形成するという現象は。*1

昔からその分野に居た人にとっては自分の分野が汚されたようで面白くない一方で、新しい文化の形成は広い視点で見ると好ましいことでしょう。DARTHREIDERもMCバトルのスポーツ化に対しては複雑な心情のようで、MCバトルが「ヒップホップ」の価値観から離れることは寂しいけれど*2、ラップがブームになることは日本語の可能性の深化につながるのではないか、という趣旨のことを述べてます。

 

全体的には自分も本書の印象に同意します。MCバトルはラッパーの人となりや音楽性を感じられるものであって欲しいし、テクニック論だけで語られるとつまらないです。ただ、ヒップホップの価値観とかは正直どうでも良い、というか「ヒップホップ」という言葉が都合よく使われすぎてて、MC漢などはバトルの解説を求められてうまく説明できないとヒップホップという言葉でゴマかそうとする節があるので、もはや言葉自体使って欲しくなくなってきてます。内田裕也のロックンロールみたいなものと思えば良いのでしょうか。

ですので、MCバトルがヒップホップの文脈から離れることは別に構いませんが、MCバトルしか観てない人がMCバトルの主流になって縮小再生産されるのは観ていてつまらないので断固反対です。R-指定はおそらくスポーツ化したMCバトルの走りのような存在なのかなと思います。彼ほどのずば抜けたテクニックとユーモアがありそれを完全に消化してた人がプレーヤーならば、一つの完成されたスポーツ、芸術として観ていられます。別にラッパーのバックボーンとか人格、ヒップホップ的な価値観とか関係してこなくても。しかし、そのテクニックを表面的に模倣しただけのラッパーが中心になるバトルはキツいです。

縮小再生産を避けるためには、MCバトルをそれだけで完結する閉じた世界にしない方が良いでしょう。でもだからと言って、元の「ヒップホップ」なコワモテの世界の中だけにMCバトルを位置付けるべき必要はないと思います。

  

 

知ってる話が多かったけど、面白い裏話もありました。AKLOがUMBの原型になった「お黙り!ラップ道場」に参加してたとか、THA BLUE HERBのBOSSがダースとつながってたとか。

 

あとあんま本筋に関係ないけど、DARTHREIDERもT-Pablowを推してることが伝わってちょっと嬉しかったです。自分も近年のイチオシ。

T-Pablowは、サイプレス上野とDABOと一緒にDARTHREIDERが語ってたZeebraの魅力である「盛りの美学」、謎のスケールのデカさを今一番持ってるラッパーだと思うんですよね(↓の動画参照。盛りの美学はAKLOKREVAにもあると思います)。「川崎区で有名になりたきゃ人殺すかラッパーになるか」なんてまさにその象徴的ライン。「東京生まれHIP HOP育ち 悪そうなやつは大体友達」みたいなもんで、突っ込みどころ満載だけど、そこも含めてエンターテイナーですよね。

 

 この一連の動画は面白い。ダースの喋りも冴えてます。

 

MCバトル史から読み解く 日本語ラップ入門

MCバトル史から読み解く 日本語ラップ入門

 

 

*1:勝つためのテクニックが研究されて定型化していったという点では漫才のM-1グランプリが自分の印象では近いかも。手数のNon Style

*2:ダースは一貫してネガティブな言葉を避けて慎重に書いてるっぽいので、「寂しい」とまではっきり書かれてません。自分が適当に言葉を補いました。

論文のメモ: AOP Networkについて

AOP(Adverse Outcome Pathways)に関する話。

ETCに出ていた以下のcompanion papers+αを読んで、AOPの理解が進んだので備忘録的に書いておきます。どちらもOpen Accessです。

ざっくり言うと、「AOPは個々に独立しているわけではなく別の複数のAOPsと関連しあっているので、複数のAOPsをまとめて考えることが大事だよね、AOP Networkを考えようぜ」という論文たちです。

 

 

Knapen D, Angrish MM, Fortin MC, Katsiadaki I, Leonard M, Margiotta‐Casaluci L, Munn S, O'Brien JM, Pollesch N, Smith LC, Zhang X, Villeneuve DL, 2018, Adverse outcome pathway networks I: development and applications, Environ Toxicol Chem, 37(6):1723-1733.
Villeneuve DL, Angrish MM, Fortin MC, Katsiadaki I, Leonard M, Margiotta‐Casaluci L, Munn S, O'Brien JM, Pollesch N, Smith LC, Zhang, X, Knapen D, 2018, Adverse outcome pathway networks II: network analytics, Environ Toxicol Chem, 37(6):1734-1748.

 

そもそもAOPって何?

AOPは、「外的なストレスが生物体内のどの部位にどのように作用し、有害影響(Adverse Outcome; AO)を引き起こすか」というつながりを整理する枠組みのことで、「有害性発現経路」とか「有害性転帰経路」、「毒性発現経路」なんて訳語もあるそうです。

例えば下の図のような感じ。アセチルコリンエステラーゼ阻害から致死・個体群減少に至るAOPの例(参考:Russomら, 2014, AOP16)。有機リン系殺虫剤などは体内に取り込まれると、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)と結合し、その酵素活性を阻害します。これが曝露後に分子レベルで生じる最初期の応答(Molecular Initiating Event; MIE)です。その後、アセチルコリンが蓄積していき、痙攣や心拍数の増加など細胞・組織レベルの応答(Key Event; KE)を引き起こし、最悪の場合、死亡や個体群の減少につながります(=AO)。このように、外的ストレスによる生体機能のかく乱を、複数の生物学的階層をまたぐ一つの経路として捉えるのがAOPです。

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コンセプトの詳しい説明は、Gerald Ankley御大が2010年にETCに発表した論文"Adverse outcome pathways: A conceptual framework to support ecotoxicology research and risk assessment"を読むのが良いと思います。

 

 

AOPの歴史

ここまでの話だと「AOPの何が新しいのかよく分からん、なぜそんなに盛り上がってんの?」って感じかもしれませんね。まぁ盛り上がってるのに特に理由はなくて流行ってそんなもの、と言われればそうかも。

それに実際、AOPみたいな研究は古くからあるみたいです。

 

LaLoneら(2017, ETC)によると、分子レベルの動きを化学物質曝露と関連づけた研究は1975年から存在してて(Payne and Penrose, 1975*1、1989年には"Biomarkers: Biochemical, Physiological, and Histological Markers of Anthropogenic Stress"と題するSETACのワークショップが開かれてます。ただ、ここまでは分子レベルの応答が曝露の指標として使えるかという側面が強く、現在のAOPとはまだ開きがありますね。

今のAOP的な考えがほぼ確立するのが2000年代です、たぶん。2007年にNRCが「21世紀の毒性試験 (Toxicity Testing in the 21st Century)」という報告書を出しており、この中で毒性の発現経路に着目してハイスループットなin vivo試験やin sillico解析を活用することの重要性が述べられているそうです(参考:林, 2013)。この報告書は化学物質によるヒト健康リスクを念頭に置いてますが、その延長で生態リスク評価・管理へ応用するときにAOPが出現してきたっぽいです。AOPという言葉が論文で初めて使われたのは、上述のAnkleyら (2010) です。

AOPの概念はヒト健康リスクの研究から生まれてますが、AOPという用語は上述のAnkleyら (2010) が初出で生態毒性分野から使われ始めました。ヒトの皮膚感作性試験ではAOPの構築が構築がかなり進んでいるので(AOP:40)、てっきりその周辺から生まれた言葉かと思っていましたが、逆輸入だったようです。

 

 

生物学・毒性学などとの違い

AOPが盛り上がっているように見えるのは、化学物質管理や毒性試験のあり方にコミットすることを目指した実学的なものだからかもしれません。

AOPは毒性の生物学的なメカニズムをすべて明らかにすることを主目的としていません。Villeneuveら (2018) も、AOP networkはbiological fidelityよりpredictive utilityを重視しており、weight of evidenceが十分なら全てのKey Eventsを盛り込む必要はないと述べています。確かに上述のAChE阻害のAOPも、3つ目のKEから致死まではかなり適当というか、間に何か入っていても良さそうなものです。

 

 

AOP Networkの概要

で、ようやく本題のAOP Netowrkですが、KE(MIE・AO含む)を共有する既存のAOPsをつなげます。例えばアロマターゼ阻害による繁殖能阻害に関するAOP (AOP25) は下図のように整理されてます。

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これだけだと単純な経路ですが、KEを共有する他のAOPsを表示すると下図のようになります。ごちゃごちゃしてますが、灰色の三角が他のAOPsを表してます。

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AOP25とKEを共有している一例がAOP122。4つ目のKE(17β-estradiol synthesis by ovarian granulosa cellsのreduction)以降は、全てAOP25と一緒ですね。

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こういった共通部分のあるAOPsをまとめていくと Villeneuveら (2018) のFig. 1のようなAOP Networkができます。Fig.1を見ると、"17β-estradiol synthesis by ovarian granulosa cellsのreduction"は5つのKEの下流にあって1つのKEの上流にありAOP networkの収束点(point of convergence)だと分かります。

このようにAOP networkの収束・発散を調べることで、適切な毒性試験法の設計や複合毒性の評価につなげられると期待されています。例えば収束するAOP networkは相加あるいは相乗毒性につながるのでは、とのことです。しかし、論文を読んだ印象では定量的な議論が可能な状態ではなく、まだまだコンセプト段階ですね。

 

Knapenら, 2018の後半でちょこっと述べられている排水のハザード同定の話がAOP networkの活用例として面白かったです。排水の有機溶媒抽出物にToxCast in vitro assayを適用して、その結果をAOP wikiと照らし合わせAOP networkを構築し、水生脊椎動物に生じうるハザードを同定する、というもの。エストロゲン受容体アゴニストによる繁殖能低下とかAhR受容体活性化による胚死亡などがハザードとして挙げられているので、既存のAOP wikiの情報量によって大きなバイアスがかかっている気はしますが、方向性は面白いです。

 

 

AOP Networkの課題

上の2つの論文(Knapenら, 2018Villeneuveら, 2018 )ではAOP networkの課題がいくつかあげられてます。AOPではKEが方向性を持つので、同じ現象を扱う場合でも異なるKEに分類されてしまい(例:Increase, vitellogenin synthesisとReduction, vitellogenin synthesis)、networkの解釈が難しい、とか。AOP wikiにのっている多くのAOPsは質の担保がなされていない、とか。

個人的に一番問題だと思ったのは、現状では分かっているAOPsが少なすぎて、あるいは既存のAOPsでもKE間の根拠が薄弱で、実際の環境汚染を対象にできるほど複雑かつ精緻なAOP networkを構築できないのではないか、ということです。「AOPは発展途上だ」とか「AOPは日々更新されていく」みたいな文言はよく見ますが、企画倒れにならないで欲しいものです…。

また、 Knapenら, 2018を読むとAOP networkを図示できる便利なツールがあるように思えましたが、全然そんなことはなかったです。Cytoscapeプラグインとして紹介されているAOPXplorerを試しに使ってみましたが、既存の複数のAOPsのまとまりをネットワークとして図示してくれるだけで、 Knapenら, 2018のFig.1で示されているようなextractionとかfilteringとかはほぼ対応していません…。まだまだこれから、ということでしょうか。

 

 

最後の方でダメ出しばかりになってしまったので、期待していることを一つ。どうやらAOP-DBというウェブ上での検索機能付きのデータベースが今開発中とのこと。AOP-DBAOP knowledgebaseと名前ややこしい…)は、KEGG pathwayやGene Ontologyなど既存の生物学の用語とAOPsを結び付け、さらにAOPと化学物質との関連も示してくれるそうです。既存のデータベースを統合しているだけではありますが、こういうツールがあるとエンドユーザーとしてはとても助かります。

Pittman ME, Edwards SW, Ives C, Mortensen HM, 2018, AOP-DB: A database resource for the exploration of Adverse Outcome Pathways through integrated association networks, Toxicol Applied Pharmacol, 343:71-83.

 

(追記 2018.07.19)

ツールはEffectopediaの方が優れているかも?まだほとんど試してませんが・・・。使ってみてからまた追記するかも。

*1:brown troutとカラフトシシャモのAryl Hydrocarbon Hydroxylase (CYP1A1) と石油曝露の関係を調べた論文。CYP1A1の曝露のバイオマーカーとしての利用可能性を調べただけで、Laloneらの言うようにadverse effectsとの関係は見ていない気がするが・・・。

「傷はぜったい消毒するな」感想

どうして消毒してはいけないのか。それは、消毒によって細菌だけでなく人間の皮膚の細胞まで破壊され、さらに皮膚が乾燥してしまい、傷の治りが遅くなるから。また、消毒すると、皮膚常在菌が殺されて、その隙に病原性を持つ通過菌(例:黄色ブドウ球菌)が侵入してくるため、傷が化膿する原因にもなります。

ではどうすれば良いのか。「消毒しない・乾燥させない」を徹底すれば良いそうです。近頃よく見るハイドロコロイド素材の絆創膏などで傷口を覆えばOK。傷口からの滲出液には細胞成長因子なる物質が含まれており、傷の治りを促進するため、滲出液を傷口で保持しておくことが大事みたいです。

 

 

書名に関連する内容はあらかたこんな感じです。

ただ本書は、それ以外の枝葉が多い。面白い部分もあれば少しシツコイ部分も。

筆者の湿潤医療が医学界に中々受け入れられなかったこともあってか、医学界への攻撃やらパラダイムの話に紙幅がけっこう割かれています。これはシツコイなと思った部分。まぁ気持ちはわからなくもないですが…。医師は常に目の前で苦しんでいる患者に対処しなければならないため、誤った治療法であってもとりあえず施され続け、今まで残ってきた、という話は自分の専門の実学・工学にも通ずるところがある気がします。

最後の章の進化についての脱線?は面白かったです。皮膚に存在する神経伝達物質は元々は創傷治癒物質だったのでは、とか。専門家から見てどこまで正しいかは分かりませんが楽しく読めました。

 

 

 

傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学 (光文社新書)

傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学 (光文社新書)