備忘録 a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

論文「有機物質のbioavailabilityに関する総説:accessibilityとchemical activityの区別」

以前の記事で少し触れた、底質や土壌における有機物質のbioavailability(生物学的利用能)に関する総説。簡単にまとめるつもりが、長くなってしまいました。

Reichenberg F. and Mayer P., 2006, Two complementary sides of bioavailability: Accessibility and chemical activity of organic contaminants in sediments and soils, Environ. Toxicol. Chem., Vol. 25, No. 5, p. 1239-1245. 

 

■AccessibilityとChemical activity

有機物質のbioavailabilityに関する議論が混乱しているのは、bioavailabilityの2つの異なる概念が混同されているからだと筆者らは言います。

2つの異なる概念とは「accessibility」と「chemical activity(活量)」です。「accessibility」は特定の時間や状況において(生物が)利用可能な化学物質の量(mass quantity)であり、「活量」は化学物質の物理化学的なポテンシャルに関するエネルギー状態(energetic state)だと言います。

 

■Accessibilityとは?

底質に蓄積した有機物質は時間経過に伴って、容易に脱着しない画分に隔離されていきます(sequestration)。一方で、底質粒子の表面に吸着している画分は、容易に脱着します。物質のこのような存在形態の違いを表す概念が「accessibility」です。論文中の図では、溶存態と可逆的な吸着態がaccessibleな画分として描かれています。

「accessibility」は操作定義なので、測定手法によって値は変化します。測定は、抽出かdepletive samplingで行います。抽出は、超臨界流体抽出(supercritical fluid extraction)や模擬消化管抽出(gut fluid extraction)など色々ありますが、それぞれの手法で抽出された画分を「accessible」だとみなす訳です。depletive samplingは、吸着剤を試料に入れて、試料から脱着してきた画分を測定する手法です。

 

■活量(chemical activity)とは?

「accessibility」がある時間で切り取った時の対象物質の静的な状態を表しているのに対し、「活量」は次の状態にどのように移行するのか、あるいは「accessibility」で評価した各画分がどれほどのポテンシャルを持っているのか、を示す動的な指標とでも言えるでしょうか。

活量(a)は式で表すと次のようになります。

f:id:Kyoshiro1225:20140917195804p:plain

 µは化学ポテンシャルで、µ*は標準状態の化学ポテンシャルです。「吸着態の化学ポテンシャル=溶存態の化学ポテンシャル」の時に吸脱着平衡が成り立ちます*1。したがって、上の式と併せて考えると、「吸脱着の平衡は活量aが等しくなる方向へ進む」ということになります。

では、活量はどのように測定するのでしょうか。ちょっとここが良く理解できていないのですが*2、活量aは遊離溶存態濃度(freely disolved concentration; C free)から求めることが出来るそうです(下式)。

f:id:Kyoshiro1225:20140917204508p:plain

SLは対象物質の水中での溶解度です。結局、遊離溶存態濃度Cfreeが重要ということです。そしてCfreeはSPME(Solid Phase Micro Extraction;固相マイクロ抽出)などの手法で測定します。

 

 

■生態毒性との関係は?

ここからが本題です。では、これらの「accessibility」とか「活量」はどう活かせばよいのでしょう。言い換えると、生態毒性や生物蓄積(bioaccumulation)と上記2つの概念との関係はどうなっているのでしょうか。

生物への毒性や蓄積は、対象物質の「活量」と相関があると考えられています。疎水性物質の生物への取り込みは、脂質膜を通じて起こります。脂質膜への分配は、上で説明したように化学ポテンシャル、または「活量」で説明できます。すなわち平衡状態にあれば「活量」が大きいほど、脂質膜を通じた取り込み量が増加し、毒性・蓄積能が増加するのです。

そうなると、「accessibility」は何なのか、という話になりますが、もちろん生態毒性を考える上で無意味ではありません。「accessibility」は、「活量」(というか遊離溶存態濃度Cfree)がどこから供給されるか、を考える上で重要なのです。

遊離溶存態の対象物質を樹脂などで一部除去して、Cfreeを低下させても、可逆的な吸着態(図のreversibly bound)から新たに供給されて、平衡状態になればCfreeはすぐに元と同程度まで戻ります。

なので、毒性影響を継続的に低減するためには「accessible」な画分を減らすことが重要ですが、一時的な毒性影響を評価するための指標には「活量(chemical activity)」が重要というようにまとめられると思います。

 

■感想

考えの基本にDi Toroら(1991)の平衡分配理論があります。ここを一度検証すべきなのかも。ポテンシャルで毒性を説明できる?平衡状態という仮定は実環境において正しいのか?

*1:このあたりの議論はDi Toro et al., 1991, ETCを参照。

*2:感覚としては分かるけど。