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a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

研究がうまくいってないときは気楽に考える

前もこのブログで書きましたが、本筋の研究がうまくいっていません。今は既存の手法を自分の対象に適用しているのですが、一つ一つの段階にミスやらエラーが見つかり、半年近くも足踏みしています。

自分の気持ちを整理するために書いてみる。

 

●副業は本質的解決にならない

前の記事では、本筋の研究が煮詰まっている時は副業で遊んで憂さ晴らしをしよう、と書きました。確かに副業をすることでフラストレーション解消にはなりました。しかし本筋の研究は副業によって進展したわけではないし、やるべきことはそのまま残っています。だから本筋に戻るとまた煮詰まってきます。結局自分のケースだと、副業は一時しのぎの精神安定剤にしかなっていないのです。前の記事では、本筋の問題が打開できそうだと楽観視してましたが、実際はそんなことなかった。・・・ううむ。

 

 

●焦りと苛立ちの悪循環

苦戦しているその手法は、スクリーニングというか、そもそも博士課程での研究の一つのステップでしか使わないものだと予定してました。なので「こんなとこで手間取ってる場合じゃない」「早くこのステップを終わらせないとヤバイ」という焦り苛立ちが、実験してると毎日湧き上がってきます。そのような焦りと苛立ちを抱えたまま実験をしているとどうなるか。ミスを連発します。そうなるとまた時間がかかって、中々進展しない。そして焦りと苛立ち。悪循環が生まれます。

 

 

●ハードルを下げよう

本当の解決はメインテーマの研究を軌道に乗せることです。しかしそれができない。真面目に取り組んでもうまくいかずイライラが募る。

じゃあどうするか。自分の能力を過大評価せず、当面のハードルを下げる。精神の安定にはそれが一番です。

 

そもそもなぜ焦るか、なぜ苛立つかを考えると、「博士の研究はこうあるべき」とか「3年以内で何本の論文を出して…」みたいな理想・固定観念があるからなんですよね。あるいは高学歴ワーキングプアのようなネガティブな情報にびびって、「学生のうちに業績を上げないと就職できない」と思っているから。

まあしかし冷静になって自分のことを考えると、博士3年間で画期的な論文を出しまくれるような優秀な人間では全くないんですよね。辞めた同期や、就職した同期、先輩、後輩の方がよっぽど優秀です。受賞などの客観的に見られる指標でもそうだし、彼らとの日常会話においてもそう感じます。その上自分は修士の時に研究も勉強もほとんどしてなかったし…*1

自分が優秀ではなく研究の蓄積もないことは、博士進学を決めた時に十分認識していたはずです。けれど先輩になるにつれ、学科の中で学生をひっぱて行くような役割を求められるにつれ、上述の「博士はこうあるべき」的理想が知らず知らずのしかかっていたようです。自分を過大評価して、能力に見合わない理想的先輩像を演じようとしていたのです。

 

なのでもっと気楽に自身のスペックに合った目標を設定しよう、という話です。

例えば博士の修了年数を3年と決めつける必要はないでしょう。うちの大学の工学系では、博士後期課程の在学年限は5年ですから。それまでに終えられればOKでしょう。実際に3年で博士を修了した人の割合は60%以下みたいです(参考:博士進学について)。

 

 

●大きな目標は変えない

しかし目標を下げていくばかりでは寂しいです。人間まで矮小化しそう。

そこで思うのは、「大きな目標は変えない」ということ。例えば、博士を3年で卒業するという小さな目標は変更するけど、「自分が面白いと思える研究をやり続ける」、「社会に良いインパクトを与えられる研究をおこなう」という大きな目標は変えない。ずっと自分の中に掲げ続ける。博士課程は、その大きな目標を達成するためのあくまで手段の一つでしかないわけです。

 

 

今回書いたようなことを繰り返し続けるとただのホラ吹きになりそうですが、自分の精神衛生のためたまにやるのは良いよね。

 

大したこと書いてないけど、書いてみるとすっきりしました。書いている途中で、銀の匙で校長先生が言ってたことを思い出しました。

生きるための逃げは有りです。

 

銀の匙 4―Silver Spoon (少年サンデーコミックス)

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*1:これは言い訳になることもある。