備忘録 a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

論文のメモ: 路面排水によるギンザケ死亡症候群

2000年代からアメリカ北部でギンザゲの死亡症候群が見られ、その原因として路面排水が疑われています。以下は、その一連の論文。NOAAとワシントン州立大学あたりが中心に研究してるみたいです。

 

「Puget Sound都市河川で頻発するギンザケ成魚の死亡

Scholz NL, Myers MS, McCarthy SG, Labenia JS, McIntyre JK, Ylitalo GM, Rhodes LD, Laetz CA, Stehr CM, French BL, McMillan, B, Wilson D, Reed L, Lynch KD, Damn S, Davis S, Collier TK, 2011, Recurrent die-offs of adult coho salmon returning to spawn in Puget Sound lowland urban streams, PLoS One, 6(12), e28013.

路面排水によるギンザケ死亡に関する最初期の論文。2002年から2009年にかけてPuget湾で調査をおこなってます。Supporting Infoでサケの異常行動の動画などもあり、結構見応えがあります。

感染症や貧酸素、低温など典型的な要素が原因の可能性はほぼ否定されてます。降雨に伴って異常行動や致死が見られたことや、下のFeistら (2011) の解析から、路面排水中の化学物質が原因ではないかと考察されてます。路面排水の影響を受けていることは、鰓中のCd, Ni, Pb濃度と胆汁中のPAHs濃度の高さから示唆されてます。ただし、排水中の濃度は毒性を生じるレベルにあるかは微妙であり(この考察は結構荒い)、他の考慮していない物質や複合毒性が原因かもしれない、との結論です。あとアセチルコリンエステラーゼ活性は対照区と違いが見られなかったため、殺虫剤でもなさそう、としてます。この考察も乱暴ですが、色々検討してますね。

面白いのは、影響を受けているのは成魚のみで亜成体は無事だということ。どうやら、成魚は海水から淡水に戻ってくる時に塩分変化を経験するので、そこが関係してるのかも、と考察。

 

 

「都市小河川におけるギンザケ死亡のlandscape ecotoxicology

Feist BE, Buhle ER, Arnold P, Davis JW, Scholz NL, 2011, Landscape ecotoxicology of coho salmon spawner mortality in urban streamsPLoS One, 6(8), e23424.

上の論文の補足的な論文。あまりちゃんと読んでません。ギンザケの死亡率を被説明変数、土地利用割合などを説明変数としたGLMMを作ってみたら、舗装面積が効いてたみたい。

 

 

 

「都市雨水によるギンザケ死亡症候群に関連する有機物質の同定のための高分解能質量分析

Peter KT, Tian Z, Wu C, Lin P, White S, Du B, McIntyre JK, Scholz NL, Kolodziej EP, 2018, Using high-resolution mass spectrometry to identify organic contaminants linked to urban stormwater mortality syndrome in coho salmon, Environ Sci Technol, 52(18), 10317-10327.

C18カラムを用いた四重極型TOF-MSで、高速道路の路面排水・受水域の水・使用済みエンジンオイル・タイヤ粉末溶出液などに含まれる物質のプロファイリングをおこなった研究。死亡症候群を示した環境試料から共通して検出されたのは57物質で、メトキシメチルメラミンや双環状アミン(1,3-diphenylguanidine・1,3-dicyclohexylureaなど)、グリコール類が含まれてたそうです。そしてそれらはタイヤ粉末にも含まれていました。

定性的な評価で、かつ各物質の毒性値の議論はほぼありません。長鎖のグリコール類はQSARで毒性低いと予測された、という記述があるくらい。結論はあくまで、検出された物質達は路面排水のindicatorになりうる、というもの。

路面排水やタイヤ粉末溶出液のTOF-MS結果をクラスターして、路面排水はエンジンオイルやウォッシャー液よりもタイヤ粉末に組成が近い、と述べてます(Fig. 2)。でも、路面排水にはタイヤ粉末にもその他原材料にも含まれていない成分が検出されてます。これらは何なんでしょう。タイヤ粉末などの環境中での分解産物だったら話がややこしくなりそう。

 

 

「高速道路排水と魚組織中の有機汚染物質検出法の開発

Du B, Lofton JM, Peter KT, Gipe AD, James CA, McIntyre JK, Scholz NL, Baker JE, Kolodziej EP, 2017, Development of suspect and non-target screening methods for detection of organic contaminants in highway runoff and fish tissue with high-resolution time-of-flight mass spectrometry, Environ Sci Processes Impacts, 19(9), 1185-1196.

上の論文の準備的な研究。固相抽出のカラムの検討とか、物質の同定法の検討。

路面排水だけでなく、魚体内の濃度も測ってます。有機リン系の殺虫剤やカフェイン、コチニンは排水に含まれてたけど、魚からは検出されなかったそうです。一方、ゴムの加硫促進剤に使用されるアセトアニリドは両方から検出されてます。

 

 

「都市雨水に対するPacific almonの感受性の種間差

McIntyre JK, Lundin JI, Cameron JR, Chow MI, Davis JW, Incardona J P, Scholz NL, 2018, Interspecies variation in the susceptibility of adult Pacific salmon to toxic urban stormwater runoff, Environmental Pollution, 238, 196-203.

死亡が確認されてきたCoho Salmon(Oncorhynchus kisutuch)と、同属の別種Chum salmonの路面排水に対する感受性を比較した論文。結果、Chum salmonに毒性は生じず、Coho salmonは曝露数時間で平衡を失ったり表面に浮かんだり異常行動を起こした。また血中Na・Cl濃度およびpCO2・pHが減少し、血中の乳酸濃度とヘマトクリット値が増加していた。pHが減少しpCO2が増加していればrespiratory acidosisだが、pHとpCO2がともに低下するのは、血中に乳酸などが蓄積するmetabolic acidosisだそうです。シアン化物などの化学物質による内呼吸cellular respirationの阻害によって乳酸が蓄積しているのかも。

だから何、というところから抜け出せてはいませんが、まあこのような知識の蓄積が大事ですからね。

 

(追記2018.11.20)

「都市雨水に対するPacific almonの感受性の種間差

Meland S, Salbu B, Rosseland BO, 2010, Ecotoxicological impact of highway runoff using brown trout (Salmo trutta L.) as an indicator model, J Environ Monitoring, 12(3), 654-664.

似たような報告が別グループから出ていたのを見つけました。血中Na・Cl濃度およびpHは減少し、血中グルコース濃度とpCO2は増加していた。こちらは上の論文と違ってrespiratory acidosisですが、貧酸素ではなく、(金属などの)酸化ストレスによって生じたのではと考察してます。イオンバランスの変化も金属による影響とみなしてます。

 (追記ここまで)

 

 

「米国西部の都市水域におけるギンザケ死亡:生物浸透による致死影響の低減

Spromberg JA, Baldwin DH, Damm SE, McIntyre JK, Huff M, Sloan CA, Anulacion BF, Davis JW, Scholz NL, 2016, Coho salmon spawner mortality in western US urban watersheds: bioinfiltration prevents lethal storm water impacts, J Applied Ecol, 53(2), 398-407.

高速道路の路面排水を採取して、実験室でCoho Salmonに曝露させた研究。実際の路面排水では死ぬのに、路面排水と同程度の金属・PAHs濃度を添加した模擬排水では死なない。では何が原因なのかとなりますが、炭化水素類(キノン・メチルフェノール・チアゾールなど)が挙げられてます。しかし原因物質を同定するには数年かかるかも、とも書かれてます。"While it may take years of additional assessment to identify precisely which of these agents is killing coho, ..."