備忘録 a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

論文のメモ: 生態リスク評価におけるEvolutionary Toxicology

化学物質の汚染にさらされたとき、ある生物種の個体群(または複数種の集まりcommunity)が化学物質に対する耐性を持つことは良く知られています。殺虫剤に耐性を持つ蚊や抗生物質の効かない薬剤耐性菌などが特に有名ですね。

耐性を獲得するメカニズムは、耐性のある個体の選択、遺伝子の変異を伴うもの(適応adaptation)、そして表現型の可塑性などがありますが、

 

Oziolor EM, DeSchamphelaere K, Lyon D, Nacci D, Poynton H, 2020, Evolutionary Toxicology—An Informational Tool for Chemical Regulation?, Environmental Toxicol Chemi 39(2): 257-268.

ET&C誌のPerspective。アカデミア、行政、産業界からそれぞれ 1名ずつが、Evolutionary Toxicologyの研究の現状と生態リスク評価(ERA)におけるEvolutionary Toxicologyの位置づけ(?)や可能性について述べています。

ざっと読んだところ、ERAにおけるEvolutionary Toxicologyの課題は、予測可能なのかということと、解釈が困難であることの2点でしょうか。

まず技術的な課題。要因(多数の生物種や化学物質、濃度レベル、曝露期間、個体群のサイズ、遺伝的多様性の度合い  )が多様な中でevolution(というか適応?)の程度をどこまで一般化できるか、予測できるか、というもの。定量化の指標には、例えばPICT(Pollution Induced Community Tolerance, 後述)や遺伝的多様性の損失度合いなどが挙げられてます。

次に、ERAにおいてもっと本質的な課題。そもそもEvolutionary Toxicologyを考慮する必要・意義があるのか、あるとすればどのような指標に基づいて評価するのが良いか、群集communityなど高次のレベルに影響はあるのか、など。現象としてEvolutionary Toxicologyがあるのは認めるけど、それって対策するほどなんか?ってことですね。確かに上に挙げた遺伝的多様性の損失などは、リスク管理の目標に現実的にはなり得ない気がします。遺伝的多様性の損失は他のストレス要因に対する適応度が下がる、と考えれば混合物mixtureのリスク評価の1つの指標にはできるかもしれませんが、現状道のりは遠そう。(一方、PICTは光合成活性の低下など群集の機能に着目している点で意味付けはしやすいでしょうか?実際に意味があるかはさておき。)

あとはメモ。数世代で個体群の感受性が低下することは実験的に例がある(Xie & Klerks, 2003, ETC; Ward & Robinson, 2005, ETC)。一時的な曝露(農薬など)によって耐性が生じることもあるため(Major et al., 2018, Evol Appl)、野外調査では要注意。

 

 

Schmitt‐Jansen M, Altenburger R, 2005, Predicting and observing responses of algal communities to photosystem II‐herbicide exposure using pollution‐induced community tolerance and species‐sensitivity distributions, Environ Toxicol Chem 24(2): 304-312.

PICTとSSDを比較(?)した論文。

PICTの中身をようやく理解しましたが、汚染によって感受性の高い生物種が減り代わりに耐性のある種が増えることで、群集全体の応答の変化(例えば光合成活性を対象にしているのですね。別に遺伝子の変異などは考慮していないようです。

なので、種の感受性の変化を想定しないPICTは、従来的なリスク評価の枠組みで考慮可能。SSDと比較して論じることもできます。そしてこの論文のように、SSDで見たときに感受性の高い種を守れば、PICT的にも影響が見られないことになります(ただし両者の構成種が同じでかつ、種間の相互作用がないものとすれば)。

上の総説のEvolutionary Toxicologyは(micro)evolutionによってある種の感受性が完全に変わってしまうことを想定しているので、PICTはちょっとノリが違うかも。