備忘録 a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

論文のメモ: 2022年に出た6PPD-Quinoneの報告

ギンザケ死亡症候群の原因物質であると昨年末報告された6PPD quinone(6PPD-キノン; 6PPD-Q)の話(→昨年末のScience)。2021年の半ばまではまだ標準品がなかったので速報的なものが多かったですが(→2021年に出た論文のまとめ)、Scienceの論文発表から丸1年以上経過したので、そろそろ本格的な報告が出始めてきました。

 

Seiwert B, Nihemaiti M, Troussier M, Weyrauch S, Reemtsma T 2022, Abiotic oxidative transformation of 6-PPD and 6-PPD quinone from tires and occurrence of their products in snow from urban roads and in municipal wastewater, Water Res 212: 118122.

6PPDや6PPD-Qをオゾン酸化して、生成される物質を探索した論文。

固体と液体の6PPDにオゾンをあてた時、固体の方が6PPD-Qができやすいというのは面白い。何故かはよく分かりません。物質によってその傾向は違っていて、例えば4-hydroxydiphenylamine(4-HDPA)などは液体の方が多く出来てます。これに関しては、4-HDPAがオゾン酸化以外に加水分解などで生成するからでしょうか?

雪を採取して、その液体成分と粒子状成分との比率を求めているのが面白い!検出された量のうち>90%が粒子から回収されたそうです。平衡に達するのが遅いので、ゆっくり水に溶けだすだろうというのはこれまでのJohannesen(2021, Arch Env Contam Toxicol)の報告などとも整合しています。ここに書いたNiu(2021, ES&T)みたいな手法で、流出水の平衡/非平衡状態を検証したい…!

あと下水処理場流入水・処理水を対象に分析もしています。6PPD-Qは処理水では検出されず、流入水でも晴れの間は検出されなかったそうです。

 

Rauert C, Charlton N, Okoffo ED, Stanton RS, Agua AR, Pirrung MC, Thomas KV, 2022, Concentrations of Tire Additive Chemicals and Tire Road Wear Particles in an Australian Urban Tributary, Environater Sci Tehcnol in press. 

オーストラリアからの報告。6PPD-Qだけでなく、ジフェニルグアニジンやベンゾチアゾール類、HMMMなどのタイヤ添加物の都市河川中濃度を測定しています。さらに熱分解GC/MSで、粒子中のスチレン・ブタジエンゴム、、ブタジエンゴムの含有量を測り、タイヤ・路面摩耗粒子(TRWPs)の量を推定しています。この論文はまだ6PPD-Qの標準品ではなく、合成品を使っていますね。また、6種類のタイヤ粉末からの物質の溶出試験も実施。

ちょっとdescriptibveな感もありますが、オーストラリアではアメリカやカナダ、ドイツに比べて対象物質の濃度が低い、降雨の後半まで濃度が持続するなど、興味深い話もあり。後者はfist flush(汚濁負荷の大半が降雨初期に流出する現象)ではないものとして、Peterら(2020)などが報告している話と一致しています。

 

(追記 2022.02.18)

こんな記事を発見。

West Coast Salmonids All Tired Out? – Estuary News Magazine

Jenifer McIntyreさんの結果として、"Beyond coho, other salmonid species seem more tolerant of exposure to tire leachate and stormwater. In lab testing, McIntyre says, the same exposure rates that quickly killed coho did not cause death in chum and sockeye salmon. In steelhead and Chinook, some of the fish died after exposure. Some of these findings are yet to be published."とあります。Chum salmonシロザケについては論文でも、路面排水で死ななかった話が報告されてますが、他のサケでも知見が揃ってきているようす。

 

(追記 2022.03.09)

Brinkmann M, Montgomery D, Selinger S, Miller JG, Stock E, Alcaraz AJ, Challis JK, Weber L, Janz D, Hecker M, Wiseman S, 2022, Acute Toxicity of the Tire Rubber-Derived Chemical 6PPD-quinone to Four Fishes of Commercial, Cultural, and Ecological Importance, Environ Sci Technol Lett in press.

カナダから毒性試験の報告。カワマスSalvelinus fontinalisニジマスOncorhynchus mykissには0.1~2 μg/Lで致死影響が出るのに、ホッキョクイワナSalvelinus alpinusチョウザメAcipenser transmontanusには20 μg/Lでも影響が出なかったそうです。同じ属でも感受性が10倍以上違っていて、面白い!

 

(追記 2022.03.24)

Cao G, Wang W, Zhang J, Wu P, Zhao X, Yang Z, Hu D, Cai Z, 2022, New evidence of rubber-derived quinones in water, air, and soil, Environ Sci Technol in press.

6PPD-Qも含めたPPDのキノン体5種の濃度を、香港の大気粉塵、路面排水、道路脇の土壌について調べた論文。6PPD-Q以外のキノン体は標準品がないため、合成しています。

大気粉塵や土壌では親物質とキノン体の濃度は同じくらいなのに、路面排水だとキノン体濃度が高く検出されたというのは面白い(ただ大気粉塵ではDPPDだけキノン体がかなり増えています)。大気粉塵ではDPPDのキノン体の割合が高く、路面排水や土壌では6PPD-Qの割合が48~76%と高いです。

路面排水中の6PPD-Qの濃度は0.21~2.43 μg/Lで、全てのサンプルでギンザケの24-h LC50値(95 ng/L; Tian et al., 2022, ES&T Letters)よりも高いですね。受水域ではもちろんもっと薄くなるはずですが。

 

 

(追記 2022.04.19)

Hu X, Zhao HN, Tian Z, Peter KT, Dodd MC, Kolodziej EP, 2022, Transformation Product Formation upon Heterogeneous Ozonation of the Tire Rubber Antioxidant 6PPD (N-(1, 3-dimethylbutyl)-N′-phenyl-p-phenylenediamine), Environ Sci Technol Letters in press.

Scienceの論文のグループから。Pureな6PPDとタイヤ粉末をオゾン酸化させて、6PPD-Qや他の変化物の生成を調べた論文。6時間の反応で、pureな6PPDからは9.7%の6PPDが、タイヤ粉末からは0.95%が6PPD-Qに変化したとのことです(molベース)。59~81%以上の6PPDが反応していることから、6PPD-Qのほかにも色々生成していることが分かります。そして実際にそれらの物質の生成がQTOF-MSで調べられています。

 

 

(追記 2022.05.13)

Zhang YJ, Xu TT, Ye DM, Lin ZZ, Wang F, Guo Y, 2022, Widespread N-(1, 3-Dimethylbutyl)-N′-phenyl-p-phenylenediamine Quinone in Size-Fractioned Atmospheric Particles and Dust of Different Indoor Environments, Environ Sci Technol Letters in press.

室内の浮遊粒子中の6PPD-Q濃度と、多様な室内環境における塵埃中の6PPD-Q濃度を報告しています。浮遊粒子については、ヒトへの影響の観点から、0.43−0.65, 0.65−1.1, 1.1−2.1, 2.1− 3.3, 3.3−4.7, 4.7−5.8, 5.8−9.0, and 9.0−10 μmと細かく分画してそれぞれの濃度を測っています。結果、粗いほど(9~10 μm)濃度が高かったそうです。また色んな住環境で測定した結果、車中の塵埃が最も高濃度で、次いでショッピングモールとのこと。

 

(追記 2022.07.22)

Klauschies T, Isanta-Navarro J., 2022, The joint effects of salt and 6PPD contamination on a freshwater herbivore, Science Total Environ, 829, 154675.

あまりちゃんと読んでませんが、6PPDとNaClのワムシに対する複合影響を調べて、6PPD-Qについては単独曝露の影響を調べているようです。6PPD-Qは1000 µg/Lでもワムシ個体群に影響がなかったようです。

 

(追記 2022.08.05)

Di S, Liu Z, Zhao H, Li Y, Qi P, Wang Z, ... & Wang X, 2022, Chiral perspective evaluations: Enantioselective hydrolysis of 6PPD and 6PPD-quinone in water and enantioselective toxicity to Gobiocypris rarus and Oncorhynchus mykiss. Environ International 166, 107374.

6PPD-Qには光学異性体が存在します。キラルカラムで異性体を分離して、それぞれの加水分解速度・分解産物・魚毒性を調べた論文です。

結果、光学異性体による加水分解の差は見られませんでした。魚毒性はコイ科のG. rarusニジマスで調べていますが、コイ科に対しては異性体間での差はないものの(96h-LC50: 162–201 µg/L)、ニジマスに対してはS-6PPD-Qの方がR-6PPD-Qより2.6倍毒性が高かったそうです。2.6倍というのは差があると言って良いか微妙なレベルですが…。なおニジマスへの毒性レベルは上に書いたBrinkmannら(2022, ES&T Letters)と同程度です。

 

Ji J, Li C, Zhang B, Wu W, Wang J, Zhu J, ... & Li X, 2022, Exploration of emerging environmental pollutants 6PPD and 6PPDQ in honey and fish samples. Food Chemistry, 133640.

6PPD-Qの食品サンプル(はちみつ&魚)からの抽出法を検討した論文。QuEChERS(Quick、Easy、Cheap、Effective、Rugged、Safe)という手法を初めて知りました。アセトニトリル・塩析・分散固相抽出を利用した手法で、脂肪を多く含むサンプルに対して有効みたいです。

 

Deng C, Huang J, Qi Y, Chen D, & Huang W, 2022, Distribution patterns of rubber tire-related chemicals with particle size in road and indoor parking lot dust, Sci Total Environ, 157144.

2021年にいち早く6PPD-Qの実測報告をした中国のグループの論文。ちゃんと読んでませんが、道路塵埃をサイズ分画し(<20, 20–53, 53–125, 125–250, 250–500, 500–1000 μm) 、それぞれの画分でのベンゾチアゾール類とPPD類の濃度を測定しています。<125 μmの画分でいずれの物質も濃度が高い。

 

 

(追記 2022.08.26)

さすがにもう全部の6PPD-Q報告はまとめきれなくなりました。いくつか書き忘れたものが既に出てきてます。

これからは面白いもの、重要なものだけ記録します。

Mahoney H, da Silva Junior FC, Roberts C, Schultz M, Ji X, Alcaraz AJ, ... & Brinkmann M, 2022, Exposure to the Tire Rubber-Derived Contaminant 6PPD-Quinone Causes Mitochondrial Dysfunction In Vitro. Environ Sci Technol Lett in press.

またカナダから。ニジマスのエラ・肝細胞を用いて6PPD-Qの毒性試験をした論文。6PPD-Qがエラ細胞のミトコンドリアのuncouplingを引き起こしていることを報告。

 

French BF, Baldwin DH, Cameron J, Prat J, King K, Davis JW, McIntyre JK, Scholz NL, 2022, Urban Roadway Runoff Is Lethal to Juvenile Coho, Steelhead, and Chinook Salmonids, But Not Congeneric Sockeye, Environ Sci Technol Lett in press.

Science論文のグループから。6PPD-Qではなく、路面排水にOncorhynchus属の魚を24時間曝露し、致死応答を調べた論文。ギンザケやスチールヘッド(O. mykiss)には明確な影響が出るが、マスノスケは微妙(致死率0~13%)で、ベニザケには全く影響が出なかったそうです。

 

(追記 2022.09.16)

Johannessen C, Metcalfe CD, 2022, The occurrence of tire wear compounds and their transformation products in municipal wastewater and drinking water treatment plants, Environ Monitor Assess 194(10): 1-11.

6PPD-Qの最初期の環境分析報告を出したJohannessen氏らの論文。下水処理水の流入水、放流水にパッシブサンプラー(POCIS)を仕掛けてタイヤ関連物質(6PPD-Q、DPG、HMMMとその変化体)の分析をしています。水中濃度に換算しておらずサンプラー中濃度しか報告していないので、ちょっと片手落ち感が否めませんが、放流水で6PPD-Qが検出されているなどの結果は面白いです。しかも流入水より高い場合もあります。オゾン処理でもしている施設なのでしょうか…?

 

(追記 2022.11.07)

Masset T, Ferrari BJ., Dudefoi W, Schirmer K, Bergmann A, Vermeirssen E, ...  Breider F, 2022, Bioaccessibility of Organic Compounds Associated with Tire Particles Using a Fish In Vitro Digestive Model: Solubilization Kinetics and Effects of Food Coingestion, Environ Sci Technol in press

Eawagなどからタイヤ添加物(2-mercaptobenzothiazole MBTやdiphenylguanidine DPG)およびその環境変化体の、タイヤ粉末(というかCMTT; cryo-milled tire tread)から模擬消化液への溶出を調べた論文。餌としてヨコエビの粉末を入れて、溶出がどうなるのかも調べてます。ヨコエビがあることで、親水性の物質は溶出しにくくなり、疎水性物質は溶出しやすくなったと報告されています。

 

(追記 2022.12.13)

Fohet L, Andanson JM, Charbouillot T, Malosse L, Leremboure M, Delor-Jestin F, Verney V, 2022, Time-concentration profiles of tire particle additives and transformation products under natural and artificial aging, Sci Total Environ: 160150.

タイヤ・路面摩耗粉末(TRWP)とタイヤトレッドの凍結粉末(CMTT)を用いて、タイヤに含まれる添加物とその変化物の、光分解・熱分解・野外での光分解による濃度変化を調べた論文。時間があったら自分もやろうと思っていた内容ですが、良く書けていて、もう自分でやることはなさそう。イントロも良く書けてます。

6PPDなどの添加物は熱や光で分解するが、CMTT中の6PPD-Qは主に光条件下で生成し、また分解するベル型(上に凸型)の経時変化を示しています。CMTTではなくTRWPだと、6PPD-Qは始めから濃度が高く、あとは減衰するのみというのは面白いですね。またこの記事の上の方にも書いたSeiwertら(2022, Water Res)のように色んな変化物を見ています。