備忘録 a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

論文のメモ: ギンザケの死亡を引き起こすタイヤ由来の化学物質が同定される

悔しい気持ちはあるけど、それ以上に妄想が広がって楽しい。ただ悔しい気持ちが少ないのは、今はもうこの界隈から手を引きかけていたからかも。

 

Tian Z, Zhao H, Peter KT, Gonzalez M, Wetzel J, Wu C, ...  McIntyre JK, Kolodziej EP, 2020, A ubiquitous tire rubber–derived chemical induces acute mortality in coho salmon. Science.

路面排水を受ける河川におけるギンザケの死亡(→この記事参照)。  2000年代からアメリカ西部で確認されていて、2010年代に色々と論文が出ていました。

どうやらタイヤ由来の物質が怪しいというところまでは近年の検討から分かっていましたが、なかなか原因物質までは辿り着けていませんでした。「原因物質を同定するまでには数年はかかるかも(Spromberg et al., 2016 JAE)」なんて言われていましたが、今回、ついにギンザケ死亡の原因物質が同定されました。Science!

原因物質は6PPD-quinone(2-anilino-5-[(4-methylpentan-2-yl)amino]cyclohexa-2,5-diene-1,4-dione; CAS不明, PubChemにページあり ID:154926030)。タイヤの酸化防止剤である6PPD(CAS:793-24-8)が酸化によって変化したもの。6PPDはタイヤの0.4~2%w/wを占めている成分で、その用途から考えて6PPD-quinoneが普遍的に路面環境中に存在するのは、ある意味当然と言えるでしょう。

やっている内容は結構地道で、TIE&EDAな分画と曝露試験、化学分析の繰り返し。面白かったのは、6PPD-quinone(=C18H22N2O2)がデータベースや文献に存在しない"true unknown"な物質だったこと。ならば、環境中で変化した物質だろうと推測してタイヤに含まれる物質でC18HxNxOxな物質がないか探したところ、6PPDにヒットして、6PPDをオゾン酸化したら見事それっぽい物質ができた、そうです。この辺りのストーリー語りはScienceとかNatureの論文形式ならでは。興奮が伝わってきます。

親物質である6PPDの24時間半致死濃度(LC50)は251 μg/Lである一方(設定濃度ベース)、6PPD-quinoneの24h LC50は1.46 μg/L(設定濃度ベース? 実測だと0.79 μg/L?)。

 

論文でも書かれている注意事項は、①6PPD-quinone以外の物質による毒性への寄与は否定していない、②6PPD-quinoneの定量はsurrogateを用いない絶対検量で行われているため特に環境試料の定量結果には改善の余地があるかもしれない、③毒性試験中の6PPD-quinoneや6PPDの安定性はよく分からない(logKowはそれぞれ5~5.5, 5.6なので吸着などによるロスは大きいはず)、ことなど。

個人的に気になったのは今回のScienceではjuvenileの鮭を用いているけれど、2011年のPlos One論文では「adultでは影響がみられたけどjuvenileでは見られなかった」という報告があること。成長段階の違いや種の感受性の違いを考慮すると、6PPD-quinoneの影響はこの論文で議論されているよりもっと大きいかもしれない?

また、現在使われている多くのタイヤに含まれているなら、代替物質が出て来たとしても当分6PPDおよび6PPD-quinoneによる影響は残るはず。現場環境での影響低減策が求められますね。

 

なお第一著者のZhenyu TianさんとJenifer McIntyreさんのインタビューなどを含む動画はここ

 

 

Moldovan Z et al., 2018, Environmental exposure of anthropogenic micropollutants in the Prut River at the Romanian-Moldavian border: a snapshot in the lower Danube river basin, Environ Sci Pollution Res 25(31): 31040-31050.

ドナウ川支流のプルート川における、親物質である6PPDの検出報告例。平均37 ng/Lで、最大140 ng/L。

 

 

Prosser RS et al., 2017, Toxicity of sediment‐associated substituted phenylamine antioxidants on the early life stages of Pimephales promelas and a characterization of effects on freshwater organisms, Environ Toxicol Chem 36(10): 2730-2738.

親物質である6PPDの毒性試験例。論文中ではDPPDAと称されています。このグループは他の生物種でもフェニルアミン類の試験をいくつか行っていて、2017年にいっぱい論文が出ています。

この2017年のET&Cの論文ではそれらの試験結果をまとめた種の感受性分布(SSD)が示されていて(Fig1およびTable S14)、急性影響に限るなら、魚類+無脊椎動物に対する6PPDのEC50はざっくり100~数百 μg/Lの範囲。上のScience論文ともおおむね一致します。