備忘録 a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

論文のメモ: 化学物質曝露による遺伝子発現の時系列変化

化学物質の生物影響を調べる室内実験は、その多くが濃度応答反応を見ていて、時間と応答の関係を見ている研究は比較的少ないです。ここでは化学物質に曝露して、遺伝子発現応答の時間変化を追った研究について。

 

Schüttler A, Altenburger R, Ammar M, Bader-Blukott M, Jakobs G, Knapp J, Krüger J, Reiche K, Wu GM, Busch W, 2019, Map and model—moving from observation to prediction in toxicogenomics, Gigascience 8(6): giz057.

昔読んだ論文(→ここ)。ドイツのUFZなど。ゼブラフィッシュ胚を化学物質に異なる時間・濃度で曝露して、マイクロアレイで発現解析した論文。物質はジクロフェナック、ジウロン、ナプロキセンの3種。曝露時間は3、6、12、24、48、72時間の6点、濃度はLC0.5~LC25の間で6点。連数はよく分かりません。場合によってはn=3ぽいけど、n=1のところもある?ただ1サンプル当たり20個の胚を一緒にしている様子。

時間と濃度を同時に考慮して発現変動をモデリングしようという主張をしていて、既存の公表データを合わせて解析しています。中々重厚です。結果が自己組織化マップ(SOM)で表されていて一見どう解釈して良いか分からない気も…。濃度依存性はヒルの式で数式化して、さらにヒルの式のEC50は対数正規分布モデリングしています。

 

Ankley GT, Villeneuve DL, 2015, Temporal changes in biological responses and uncertainty in assessing risks of endocrine-disrupting chemicals: Insights from intensive time-course studies with fish, Toxicological Sci 144(2): 259-275.

USEPAがファットヘッドミノーを用いて内分泌かく乱作用のある8つの物質の毒性試験をした結果をまとめた論文。ビテロジェニンや血中エストラジオール(E2)、生殖腺におけるアロマターゼ(cyp19a1)やsteroidogenic acute regulatory(STAR)のmRNA発現量の経時変化などを追っています。さらに物質のないところに移してどう回復するのかも見ています。この記事の中でこの論文だけ、網羅的な発現解析ではなく定量PCRです。

詳しくは正直読んでいませんが、例えばケトコナゾールによるE2濃度の上昇は1~2時間で確認できたり、また曝露が済めば1~2日間で対照区レベルまで回復したり。

 

Serra A, Fratello M, Del Giudice G, Saarimäki LA, Paci M, Federico A, Greco D, 2020, TinderMIX: Time-dose integrated modelling of toxicogenomics data, Gigascience 9(5): giaa055.

これもちゃんと読んでません。メモ。マウスやヒトの細胞に化学物質(たぶん主にdrug)を曝露した際の遺伝子発現データベースであるOPEN TG-GATEを再解析した論文。時間と濃度の両方を考慮してモデリング使用という話。POD(Point of depature)を求めることが目的っぽい。

 

Gao C, Weisman D, Lan J, Gou N, Gu AZ, 2015, Toxicity mechanisms identification via gene set enrichment analysis of time-series toxicogenomics data: impact of time and concentration, Environmental Sci Technol 49(7): 4618-4626.

2015年の論文。GFP融合タンパクを組み込んだ大腸菌E. coliを用いて、106個のレポーター遺伝子の発現を5分おきに120分間調べた研究。3つの物質について、6濃度×3 replicatesで実験しています。

CPCA(Common Principal Component Analysis)とTELI(Transcriptional Effect Level Index)の2つの指標でそれぞれ遺伝子をランク付けしてエンリッチメント解析。エンリッチメント解析は、permutation testで実施。なおCPCAでは、合っているか自信ないですが、行に時間、列に遺伝子をとった発現レベルの行列でPCAをして、時間変動の大きい遺伝子を抽出している感じです。TELIは、Gou & Gu(2011, ES&T)で提唱された指標で、横軸に時間、縦軸に開始時からの発現変動レベルをとって、その積分値を計算したもののようです。CPCAとTELIベースのパスウェイエンリッチメント解析の結果は、一致していたりしていなかったり。

この論文、10年ほど前にしてはデータが豊富で、記述もクリアで面白いです。しかしDiscussionでも述べられているように、CPCAは時間による変動の大きい遺伝子を重要だと仮定していますが、この仮定が妥当かどうかは、遺伝子やパスウェイによって異なるでしょう。

 

 

この記事のタイトルに「遺伝子発現の時系列変化」と書きましたが、上のどの論文も、時間と濃度を変数として遺伝子をパターン化・グループ化するのがメインで、時間変化の意味・中身を考察しているのは少数です。例えば、時間変化のパターンからどの遺伝子(群)が上流・下流とか、曝露物質の最初期の分子応答がどの遺伝子でそれがadverse effectにつながるとかのAOP構築的な話をしたりしているわけではないです。Schüttlerら(2019)は若干それに近い議論もしていたり、Ankley & Villeneuve(2015)は少数の遺伝子ながらそのような議論をしていますがデータドリブンの解析ではありません。

もう少し遺伝子間の上流・下流関係に迫っている解析の例はないかなということで読んだのが下の論文です。適当に選んだのでもう少し類似の論文を読みたいところですが、とりあえずひとまとめ。化学物質曝露ではない。

Schlamp F, Delbare SY, Early AM, Wells MT, Basu S, Clark AG, 2021, Dense time-course gene expression profiling of the Drosophila melanogaster innate immune response, BMC Genomics 22(1): 1-22.

ショウジョウバエ大腸菌由来のリポ多糖に曝露して、5日後までの20時点のRNA-Seqをした論文。わずかn=2ですが、その代わり20時点なので全40サンプル。対照群もとらず曝露群だけですが、まぁそんなものなのかも。

時間変化をSpline回帰したり(RのmaSigPro package)、自己相関ベースでクラスタリングしたり(同じくRのTSClust)、周期性を探索したりして(JTK_Cycle; この辺よく分かってない)、時間依存性のある遺伝子群を見つけ出し、さらにそれらの遺伝子群についてはグレンジャー因果性に基づいて遺伝子ネットワークを推定しています。勉強になりそうなので、また後で読む。