備忘録 a record of inner life

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論文のメモ: RINは 全ての生物種のRNA分解指標にはできない

動物組織から抽出したRNAの分解度合は、電気泳動によって評価するのが普通です。ヒトなどの場合は、バイオアナライザーという装置で泳動して RIN (RNA Integrity Number; Schroeder et al., 2006) なる指標で分解度を評価します。RINの考え方は、RNAの中で大部分を占めるrRNAの存在比(分解度合)などに基づいて、RNA全体の分解度を推定しようというものです。

ただしRINは、ヒトや哺乳類のRNAを対象とした指標であり、昆虫や甲殻類など一部の生物種には適用できない場合があります(例えば下のWinnebeck et al., 2010)。昆虫や甲殻類の28S rRNAはスプライシング後に"gap deletion"なる現象によって切れ目を入れられて、RNA抽出や泳動前の熱変性の際に2つの断片に分かれてしまいます。そのため本当はRNAが分解していなくとも、28S rRNAが見られないために分解されたとみなされてしまうのです。

 

 

「RIN: RNA非分解度の指標

Schroeder A., Mueller O., Stocker S., Salowsky R., Leiber M., Gassmann M., Lightfoot S., Menzel W., Granzow M., and Ragg T., 2006, The RIN: an RNA integrity number for assigning integrity values to RNA measurements, BMC Mol. Biol., 7 (1), 3.

RNA分解度の評価としてRINを提案した論文。18S rRNAと28S rRNAの量比という指標では分解度を正確に表現できていないという問題を克服するために、RINが開発されたようです。

主にヒト・マウ・ラットのRNAサンプル1208個の波形データを専門家が1~10の分解レベルにカテゴリー分けし、そのカテゴリー分けはどのような特徴量(例:28Sと18Sのピーク高さ比)によってなされているのかをニューラルネットワークを用いて計算しています。ちなみにRINは数字が小さいほど(すなわち1に近いほど)、RNAが分解していることを示します。

ニューラルネットワークの詳細は分かりませんが(というかもはや読んでない)、カテゴリー分けに対する寄与の大きかった特徴量は、順にtotal RNA 比・28Sピーク高さ・28S 面積・fast regionに対する18Sと28S の面積比だそうです。total RNA比とは全RNAに対する18S・28S rRNAの面積比であり、fast regionとは5S と18Sに挟まれた領域のことです。このあたりの特徴量の説明は、Wikipediaにも簡単に書いてありますね。 

 

「なぜ昆虫のRNAは分解して見えるのか?

Winnebeck E.C., Millar C.D., and Warman G.R., 2010, Why does insect RNA look degraded?, J. Insect Sci., 10 (159), 1-7.

ミツバチのRNAでRINを測ろうとして、プロトコル通りにRNAを加熱してBioanalyzerに流すと28S rRNAが見えない。RNAが分解したのかと思いきや、そうではない。gap deletion (hidden break) のために28S rRNAが断裂しただけである。なので、RNAは加熱しないで流す。そうすると28S rRNAのピークが確認できるよ、気をつけよう。そんな論文です。 

28S rRNAが断裂するメカニズムについても、既往文献を引用して、まとめられています。

 

節足動物における"分解したRNA"プロファイル

McCarthy S.D., Dugon M.M., and Power A.M., 2015, ‘Degraded’RNA profiles in Arthropoda and beyond, Peer J, 3, e1436.

クモやムカデ・フジツボ類も、28S rRNAは加熱すると分裂するという話。加熱しないで泳動すれば28S rRNAピークも見られると、Winnebeck et al., 2010, J. Insect Sci.と同じようなことを書いています。

 

ただ自分の経験によると、これはヨコエビには適用できないっぽいです。ヨコエビRNAは、加熱しなくても28S rRNA分裂が生じます。同様の報告はVidal-Dorsch et al. (2016) もしています*1

例えば下の図は、あるヨコエビのtotal RNA泳動図です。Bioanalyzerでの泳動前に加熱してませんが、28S rRNAピークは小さくなってしまいます。

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なぜこのように生物種によって28S rRNAの切れやすさに違いが生じるのでしょうか。たぶんですが、28S rRNAの配列が異なると二次構造も変化してhidden breakの水素結合部分の強さが変わるからでしょう。

 非モデル生物を扱うときは、本当に予想外のことが生じますね。

 

*1:著者のDorisさんにメールしたら、Bioanalyzer前に加熱はしてないとのことでした。