電車で読みづらい書名。原題は"Promiscuity"という語で、一般には乱婚と訳されるそうです。
"オシドリ夫婦"のオシドリは実は全く一雌一雄ではないというのは有名な雑学ですが、オシドリだけでなく自然界の多くの種は一雄多雌や一雌多雄であり、一雌一雄は例外的です。つがいを形成する鳥類などのように社会的に一雌一雄な種であっても、性的に一雌一雄ではないこともあります。
本書は、なぜ生物が乱交である(=複数の個体と交尾している)のか、乱交であるときに何が生じているのかについて、進化学および生理学・解剖学の観点から述べた本です。雄が乱交であることは比較的広く受け入れられているので、本書は雌の乱交、一匹の雌が多くの雄と交尾することに特に焦点を当てています。「雌は出産や育児にかかるコストがかかる場合が多いため、複数の雄と交尾しても産める子どもの数に限りがあるのに、なぜ乱交なのか?」
全7章あるうち3~5章は生殖器・性細胞の構造や仕組みに充てられていて、これらの章は特に雑学的な面白さがあります。昆虫の中には何年も生死を貯蔵できる種がいるとか(p. 105)、雌が乱交であり精子競争が激しい種では体重に対する相対睾丸サイズが大きいとか(p. 122)、雄の副生殖腺からの分泌物は、交尾後に雌の膣内に交尾栓を形成し、後に別の雄が精子注入するのを妨げたり(p. 138)、雌の寿命を縮めたりするとか(p. 194)、ヒラムシの中には陰茎を何十種も持つものがいるとか(p. 146)、トコジラミの雄は鎌状の器官を用いて雌の体壁を貫いて精液を注入するとか(p. 210)。
と言っても、本書は面白エピソードを羅列しただけの雑学本ではありません。豊富なエピソードは、なぜ乱交であるのか、どのようにして乱交になっているのか、という問いを様々な観点から検証するためのものであり、割と体系的に書かれている印象です。
一貫しているのは、生物は利己的であり己の遺伝子の存続が最重要課題であるということ。そのため、雌雄関係は必ずしも協力関係ではなく、対立関係であることも多くなります。本書の副題にもなっている性的葛藤(sexual conflict)ですね。
雌が乱交である理由も、利己性の観点から説明できます。例えば遺伝子の和合性の課題。どの雄の精子が自身の卵と適合するのか外見からは判断できないので、雌は多くの雄と交尾します。
乱交である理由は、複数の雄に子どもを養育してもらうためであるとも説明されています。2匹の雄と交尾して、どちらの雄にも自分の子どもである可能性を感じさせ、養育に参加させるわけです。特に資源の不足しており親の力が必要な環境下では、このような戦略が発達するみたいです。
本書の主眼ではないけれど、雌が乱交である事実が、男性中心だった科学の世界でなかなか受け入れられなかったというのは面白い。純粋な、客観的な科学の世界の話に見えても、当時の社会的文化的な制約を受けているものですね。
- 作者: ティムバークヘッド,Tim Birkhead,小田亮,松本晶子
- 出版社/メーカー: 新思索社
- 発売日: 2003/08/01
- メディア: 単行本
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