備忘録 a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

論文のメモ: Sediment TIEの実践例

色々な化学物質によって汚染された底質を対象に、どの物質(群)が有害な影響を及ぼしているのか探索する手法であるSediment TIE(Toxicity Identification Evaluation)を実施した論文。

 

「時空間的にばらつきのあるデータを用いたSediment TIE研究デザインの最適化

Greenstein DJ, Parks AN, Bay SM, 2019, Using spatial and temporal variability data to optimize sediment toxicity identification evaluation (TIE) study designs, Integrated Environ Assess Manag 15(2): 248-258.

昨年のSETAC NAでポスター発表されていた内容かも。

タイトルからSediment TIEの計画立案に示唆が得られることを期待しましたが、少し期待外れ。最後のrecommendationは一般的な内容ばかり。底質は安定しているから、時間的なばらつきより空間的なばらつきを重視したほうが良いと結論付けてますが、この論文は2つの時点しか調査していないので判断保留かな。農薬のように一時期に急に流出するような物質についてどこまで時間的に安定していると言えるのでしょうか。

Sediment TIEの結果、CYPの阻害剤であるPBO(piperonyl butoxide)の添加で毒性が増加したため、化学分析の結果と併せてピレスロイド系殺虫剤が主な毒性原因ではないか、とのこと。

しかしアメリカの環境底質でも、ヨコエビの10日間試験で有意な致死毒性が検出されるんですね。

 

 「都市河口域における除去対象物質評価のためのSediment TIE利用

Greenstein DJ, Bay SM, Young DL, Asato S, Maruya KA, Lao W, 2014, The use of sediment toxicity identification evaluation methods to evaluate clean up targets in an urban estuary, Integrated Environ Assess Manag 10(2): 260-268.

上と同じグループによる研究で、カリフォルニアのcreekにSediment TIEを適用した論文。結果も上とほとんど同じです。PBOによって毒性が増加し、有機物吸着材で毒性低減したというもので、やはりピレスロイド系殺虫剤っぽいです。Westonらが提案している、ピレスロイド系殺虫剤の毒性を下げるためのカルボキシエステラーゼ添加も試していますが、添加量の問題なのか、効果は出ていないみたい。

 

 「複数物質で汚染された地点へのSediment TIEの適用

Bailey HC, Curran CA, Arth P, Lo BP, Gossett R, 2016, Application of sediment toxicity identification evaluation techniques to a site with multiple contaminants, Environ Toxicol Chem, 35(10), 2456-2465.

Sediment TIEにEDA(Effect-Directed Analysis)的な分画手法を取り入れた論文。底質からメタノール有機物を抽出して、C8カラムで固相抽出し、極性(固相抽出時のMeOH:水の比率)で分けた画分を水に添加してヨコエビの96時間毒性試験に供しています。それぞれの画分をGC-MSで分析して、毒性原因物質を探ってます。高分子PAHsとChlorophene(とTriclosan)が怪しい、という結論。ちなみに似たような手法を使った論文は、こちらにまとめました。

毒性原因物質の優先順位付けの段階(phase II)は、この論文のように比較的容易な96時間の水系試験でおこなうのが良いのでしょう。そういう意味では参考になりました。しかし、最終的な同定(phase III)は、抽出画分を添加した水系試験ではなく、底質系の試験でおこなうべきでは。水系試験で毒性があるからと言って、元の底質存在下の条件で毒性が強いとは限らない気がします。

 

 EDAを用いた底質中有機毒性物質の同定:bioaccessibilityを考慮した抽出とhigh throughputなユスリカ試験の組み合わせ

Li H, Yi X, Cheng F, Tong Y, Mehler WT, You J, 2018, Identifying Organic Toxicants in Sediment Using Effect-Directed Analysis: A Combination of Bioaccessibility-Based Extraction and High-Throughput Midge Toxicity Testing, Environ Sci Technol, 53(2), 996-1003.

Sediment TIEの論文を精力的に発表している曁南大学のグループらの研究。タイトルにはEDAとありますが、Sediment TIEとEDAの中間のようなデザイン。EDAはbioavailability(あるいはbioaccesibility)を考慮できていないため、EDAにmildな抽出とin vivo試験を適用しよう、というこの総説の流れを汲んで、吸着材XADによる有機汚染物質の抽出とユスリカのin vivo 2-day試験を実施しています。

論文の流れはこんな感じ:①野外で採取した底質とXADで有機物を除去した底質とで2-dayの曝露試験、②XADに吸着された有機物をアセトン・ヘキサンで回収し、順相のHPLCで分離、③分取した35画分をそれぞれDMSOに溶かして水系の曝露試験、④毒性の高かった画分を逆相のHPLCで分取して同様に推計曝露試験、⑤毒性の生じた画分に共通のピークをGC-MSで同定、⑥底質のToxic Unit(=底質での致死率÷50(%)*1)と毒性原因候補物質のToxic Unit(=底質中の濃度÷その物質のLC50)を算出し、原因物質の確認。上の論文で書いた「phase IIIの同定は底質のマトリックスを考慮すべき」という問題も、ある程度考慮されてます。ちなみに⑥の底質中濃度は、底質中の全濃度ではなくXADで抽出可能な画分の濃度を使用してます。

気になるのは、⑤で共通のピークが見られなかったケース。極性が高い画分だったことが理由かもと考察されてます。ではGC-MSではなく例えばLC-MSで同定をおこなってれば共通ピークが見られたのでしょうか?

*1:突っ込みどころではある。Toxic Unit >2以上は評価できないので…。ただコントロール底質で希釈してToxic Unitを求めてもマトリックスの影響は受けるため、割り切ってこのようなアプローチをとるのも分からなくはない。