つくばエクスプレスの線路破断のため3時間ほどつくば駅周辺に留まることになり、本屋に寄った際に購入。冒頭の息子さんの食物アレルギーのくだりでもう心を掴まれて購入決定しました。
相分離生物学(Phasing biology)は、タンバク質や遺伝子などの生物の個々の構成要素(分子)だけに着目するのではなく、さらに構成要素の形状や立体構造だけに着目するのではなく、分子間の相互作用に着目する生物学であると言います。
たんぱく質やDNAのような分子は細胞内に存在しているだけでは上手く反応しないことがあります。分子同士が液滴(droplet)を形成して、近接することで初めて素早く反応が進みます。液滴は、極性の異なる水と油のような液体の間にも、電荷をもった高分子間でも形成されます。このように液体と液体が相分離する現象に着目するのが相分離生物学ということです。
正直それも分子生物学の一分野なのでは、と思わないこともないですが、これまでの分子生物学(あるいは構造生物学)で取り上げられてこなかった現象が、実は生命にとって鍵となっているという主張は納得感のあるものでした。各章では多様な生命に関するトピックを相分離生物学に絡めて語っており、それぞれ独立して読めるようになっていて面白かったです。個人的に印象深かったものを以下に箇条書き。
・HSP(ヒートショックプロテイン)はタンパク質の凝集を防ぐシャペロン。シャペロンがあればタンパク質の突然変異が許容され、機能しないタンパク質でも保持されて、それが表現型に反映されずに生きられる(隠蔽変異)。HSPのようなシャペロンが機能しなくなったとき、シャペロンによって緩衝されていた変異が表現型として現れ、集団に多様な表現型が一気に放出される。例えばRutherford & Lindquist(1998)。[第4章]
・遺伝子の発現を促す特定のDNA領域エンハンサー。核の中には転写因子やコアクチベーターがたくさん集まっている領域があり、スーパーエンハンサーと呼ぶ。実はスーパーエンハンサーもドロップレットであり、転写因子やコアクチベーターはそもそもドロップレットを形成しやすい性質を持ち、それらと相互作用しやすいDNA領域がエンハンサーとなっているという。[第11章]
・抗がん剤のシスプラチンが上記のスーパーエンハンサーに濃縮していたという話も面白い。
・クレイグベンターの人工生命の話。遺伝子の機能が結局よくわからないまま人工生命を作り出せた。[第12章]
・RNAのドロップレットができていることで、温度などの環境の変化に予防的・鋭敏に応答できる。RNAはタンパク質配列だけでなく、相分離性までコードしている![第13章]