a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

本「反社会学講座」

いくつかの人から面白いとの評判を聞いて購入。評判通りの楽しさでした。語りの軽さと視点のエグさ。ただ一冊の本として連続して読むと、同じ調子で少し飽きてしまうかも。

 

パオロ・マッツァリーノ, 2007, 反社会学講座, ちくま文庫

 

全20回に分かれた「講座」。もとはブログ記事だったそうですね。

 

第一回:なぜ社会学はだめなのか

本書は導入部分から、社会学は個人の偏見をヘリクツで武装したものだ、と飛ばしてます。例えば「近ごろの若者はけしからん」という個人の想いから出発して、それに見合うデータを収集し、理論武装するのだと。なので社会学では、研究結果に善悪の判断が含まれているのだと言います。

良く言ってくれたと痛快に思う反面、自分も気をつけないとなとも思います。理系の研究でも始まりは個人の偏見や思い付きである場合が多いですし、研究テーマ選択に善悪の判断(何が重要かの価値判断)が含まれていますし、工学系では特に。だから大事なのは、自分の仮説に合わないデータが出た時に仮説を自分で反証・棄却できるか、でしょう。このへんは擬似科学とかで語りつくされている話題なのかもしれませんが。

それに本書も、実はこじつけの例外ではないです。例えば第7回で日本人は勤勉である説を否定していますが、その根拠は断片的な証言ばかりで定量的なデータはありません。結局この本も、批判されている社会学と紙一重では。

 

第二回:キレやすいのは誰だ

最近も川崎の中1殺害事件がきっかけで話題になった少年犯罪の話。実は昭和35年の方が少年の凶悪犯罪(殺人・強盗・強姦・放火)が多かったとか。筆者のブログにも2015年3月に、少年犯罪に関する記述があります。

 

第四回:パラサイトシングルが日本を救う

老人の単身世帯への下宿を推進しようという提案。そうすることで家賃の値下げ、格差の是正につながる。なぜなら大家さんは大抵お金持ちなので、単身世帯が増えるとお金持ちばかり潤うから。さらに下宿によって老人の孤独死を防止・早期発見できるかも。

 

第八回:フリーターのおかげなのです

補講から引用。

フリーターを批判するというつっ込み間違いがニートを産んだというのが、私の見方です。

 

第九回:ひきこもりのためのビジネスマナー講座

マナーか、ルールか。各自の内面的な規律に任せるか、外から縛りつけるか。自分もこういうことを考えることが増えてきました。

 

第十回・十一回:ふれあい大国ニッポン

私立学校は、教育委員会の管轄ではないんですね。知事が直接管轄しているそうです(管轄といっても財政補助くらいのかかわり?)。知らなかったです。だから、私立学校は学校内でのいじめ・自殺・わいせつ教師の処分に関する報告をおこなう義務がないんだとか。

 

第十二~四回:本当にイギリス人は立派で日本人はふにゃふにゃなのか

ヨーロッパの大学生への補助の厚さ。

 

第十五回:学力低下を防ぐには

幼児英才教育に大した効果はない。その反論が、幼児英才教育自体は70年代から存在していたのにいまだ「私は幼児英才教育のおかげで大成出来ました」という成功例が現れていないからだ、というのは中々説得力があります。

 

第十八~二十回:スーペー少子化論争

スーペーというのはスーパーペシミスト(超悲観主義者)の略称ということです。下の主張笑いました。

悲観主義者というのは、ひきょうなんです。(略)警鐘を鳴らしておけば、もし実際に悪い結果になった場合、「ホラ、いわんこっちゃない」と自分の先見の明を鼻にかけることができます。予想に反してよい結果に落ち着いたら、「(略)私の警告もムダではなかったよね」と前向き思考でちゃっかりと喜びを分かちあおうとします。(略)

つまり楽観主義者は自分の意見に責任を負わざるをえないのですが、悲観主義者は常に逃げ道を確保しているズルい人たちなのです。

 

まとめ:渡る世間は自立の鬼ばかり

日本人は他人に何かを頼むことをしない。誰かが空気を読んで困っている自分を助けてくれないかな、という屈折した依存心を抱いている。

これが良くない、というのが筆者の主張。もっと積極的に他人に甘えることをしよう、といいます。自分も賛同します。日常生活だとそういう傾向はすぐに変更しにくくても、仕事の場では一人一人が背負い過ぎないようにしていきたいです。 

 

反社会学講座 (ちくま文庫)

反社会学講座 (ちくま文庫)