備忘録 a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

2024年に出た6PPD-quinoneの論文

ギンザケ死亡症候群の原因物質であると2020年の年末に報告された6PPD quinone(6PPD-キノン; 6PPD-Q)の話(→2020年のScience)。6PPD-Qに関する全ての論文を詳細に読むことは既に辞めてますが、いくつか面白かったものをここにピックアップしておきます。

これまでの論文の備忘録はこちら:2021年に出た論文のまとめ2022年に出た論文のまとめ2023年に出た論文のまとめ

 

Fang J, Wang X, Cao G, Wang F, Ru Y, Wang B, Zhang Y, Zhang D, Yan J, Xu J, Ji J, Ji F, Zhou Y, Guo L, Li M, Liu W, Cai X, Cai, Z, 2024, 6PPD-quinone exposure induces neuronal mitochondrial dysfunction to exacerbate Lewy neurites formation induced by α-synuclein preformed fibrils seeding, J Hazardous Materials 465: 133312.

公開は2023年12月。6PPD-Q関連の論文を多く出している香港浸会大学(Hong Kong Baptist University)のグループなどから。マウスの神経細胞(neuron)に6PPD-Qを曝露したりしています。色々やってますが、ドーパミン作動性ニューロンに6PPD-Qを曝露してからのSeahorse XFe96での酸素消費速度(OCR)実験に興味あり。Oligomycin、FCCP、Rotenoneを使用してBasal・Spare capacity・Proton leak・ATP production・Maximal・Non-mitochondrialの酸素消費速度を算出していますが、Mahoneyら(2022)とは異なり、6PPD-Qによってuncouplingが生じているわけではなさそう。

 

Wang W, Chen Y, Fang J, Zhang F, Qu G, Cai Z, 2024, Toxicity of substituted p-phenylenediamine antioxidants and their derived novel quinones on aquatic bacterium: Acute effects and mechanistic insights, J Hazardous Materials 133900.

公開は2024年2月。これも香港浸会大学のグループが中心になっている論文。6PPD・6PPD-Qだけでなく、DPPDやIPPDなどのPPD類とそのキノン体の毒性を、海洋性発光バクテリアVibrio fischeriの発光阻害試験で評価しています。6PPD含むすべてのPPD類について、PPDの方がそのキノン体よりも毒性が強い(mg/Lベースでの毒性値が低い)という結果。そして、親化合物とキノン体の毒性は相関があったということです。つまりサケ科に対する6PPD-Qのような特殊な毒性は見られなかったということですね。

 

Liao XL, Chen ZF, Ou SP, Liu QY, Lin SH, Zhou JM, Wang Y, Cai Z, 2023, Neurological impairment is crucial for tire rubber-derived contaminant 6PPDQ-induced acute toxicity to rainbow trout, Science Bulletin 69(5): 621-635.

公開は2023年12月。こちらも香港浸会大学の方が参加してますが、中心は広東工業大学の人たち。概要はまあタイトル通り。それ以上のMIE(Molecular Initiating Event)が何なのかまでは、保留という感じ。

ニジマスを用いて、サケ科において既存文献で言われている6PPD-Qの急性毒性メカニズムを一通りおさらい+発展させてみた感じの研究で、神経伝達物質(GABA、アセチルコリンドーパミンセロトニンなど)をmRNA・質量分析定量したり、血液脳関門についてin vitroの細胞アッセイをしたり、6PPD-Qとアセチルコリンエステラーゼのドッキングシミュレーションをしたりしている点は新しいです。曝露後の行動変化の定量も既存研究より詳しく行っており、脳の6PPD-Q濃度を生存個体と瀕死個体で分けて定量しているのも好感触です。

 

Zhang YY, Huang JW, Liu YH, Zhang JN, Huang Z, Liu YS, Zhao JL, Ying GG, 2024, In vitro metabolism of the emerging contaminant 6PPD-quinone in human and rat liver microsomes: Kinetics, pathways, and mechanism, Environ Pollution 123514.

公開は2024年2月。華南師範大学から。ヒトとラットの肝臓ミクロソームを用いて、6PPD-Qの代謝を評価した論文。6PPD-QとCYPsの分子ドッキングシミュレーションもしています。

CYPの阻害薬を入れての実験も行っており、ヒトではCYP1Aを阻害するANFによって代謝が阻害されているため、CYP1A2が主要な分解酵素だと考察されています。一方ラットでは色んな阻害薬で阻害が見られており、CYP1A2やCYP3A1、CYP3A1、CYP2C11が関与しているのではないかとのことです。

 

Guo Z, Cheng Z, Zhang S, Zhu H, Zhao L, Baqar M, Wang L, Sun H, 2024, Unexpected Exposure Risks to Emerging Aromatic Amine Antioxidants and p-Phenylenediamine Quinones to Residents: Evidence from External and Internal Exposure as Well as Hepatotoxicity Evaluation, Environment & Health in press.

これも公開は2024年2月。南開大学のグループから。芳香族アミン系の酸化防止剤20種と6種のPPD-Qを対象にして、室内の塵埃、ハンドワイプ、尿における濃度を測定し、さらに一部のPPD類とPPD-Qについては、ヒト肝癌由来細胞株であるHepG2を用いて細胞毒性試験を実施しています。アミン系の酸化防止剤ということで、PPD類だけでなく、1,3-diphenylguanidineや1,2,3-triphenylguanidineなどのグアニジンや、ナフチルアミンも解析しています。

細胞毒性については、やはりキノンになることで毒性が増加するわけではないようです。上のWangら(2024, JHM)と同様に、サケ科の一部の種以外ではそうなるのですね。

 

Wei LN, Wu NN, Xu R, Liu S, Li HX, Lin L, Hou R, Xu XR, Zhao JL, Ying GG, 2024, First Evidence of the Bioaccumulation and Trophic Transfer of Tire Additives and Their Transformation Products in an Estuarine Food Web, Environ Sci Technol in press.

公開は2024年3月。華南師範大学と中国科学院大学から。(更新中)

 

 

(2024.04.24, 2024.06.01追記)

Jiang Y, Wang C, Ma L, Gao T, Wāng Y, 2024, Environmental profiles, hazard identification, and toxicological hallmarks of emerging tire rubber-related contaminants 6PPD and 6PPD-quinone, Environ lnternational in press.

公開は2024年4月。また総説が出ています…。昨年出版されまくった総説についてはこちら参照

Li Y, Zeng J, Liang Y, Zhao Y, Zhang S, Chen Z, Zhang J, Shen X, Wang J, Zhang Y, Sun Y, 2024, A Review of N-(1, 3-Dimethylbutyl)-N′-phenyl-p-Phenylenediamine (6PPD) and Its Derivative 6PPD-Quinone in the Environment, Toxics 12(6): 394.

公開は2024年5月。これも総説です。

 

(2024.05.09追記)

Norberg T, 2024, Preliminary (Stage 1) Alternatives Analysis Report Motor Vehicle Tires Containing N-(1,3-dimethylbutyl)-N′-phenyl-p-phenylenediamine, prepared for US Tire Manufacturers Association (USTMA).

USTMAによる代替品に関するレポート。

 

(2024.05.26追記)

Hua X, Liang G, Chao J, Wang D, 2024, Exposure to 6-PPD quinone causes damage on mitochondrial complex I/II associated with lifespan reduction in Caenorhabditis elegans, J Hazardous Materials, 134598.

線虫C. elegansに1 μg/L、10 μg/Lの6PPD-Qを曝露して、ミトコンドリア関連への影響を見た論文。このグループは線虫での論文を多く出しています。

ミトコンドリア複合体IとIIの活性をキットで調べたり、in vivoでの酸素消費速度を測ったり、ATPが減少しているのを見たり。複合体IとIIには影響があり、酸素消費速度は増加しているのですが、膜電位を調べるJC-1では有意な影響が見られなかったようです。

 

Deng M, Ji X, Peng B, Fang M, 2024, In Vitro and In Vivo Biotransformation Profiling of 6PPD-Quinone toward Their Detection in Human Urine, Environ Sci Technol, in press.

(更新中)

 

(2024.06.20追記)

Liao XL, Chen ZF, Liu QY, Zhou JM, Cai WX, Wang Y, Cai Z, 2024, Tissue Accumulation and Biotransformation of 6PPD-Quinone in Adult Zebrafish and Its Effects on the Intestinal Microbial Community, Environmen Sci Technol 58(23): 10275-10286.

(更新中)

 

(2024.06.30追記)

Ankley PJ, da Silva Jr FC, Roberts C, Eriksson AN, Kohlman E, Dubiel J, Hunnie B, Anderson-Bain K, Urrutia RM, Hogan N, Giesy JP, Krol E, S Wiseman, Hecker M, Brinkmann M, 2024, Xenometabolome of Early-Life Stage Salmonids Exposed to 6PPD-Quinone, bioRxiv 2024-06.

6月14日に公開。6PPD-Qの生態毒性研究をリードするカナダのSaskatchewan大学から。これは必見。と言ってもまだ読んでいる途中ですが。

トロント大学のHui Pengらが2023年に発表したプレプリントの中で(Nair et al., 2023; →ここに感想)、いくつかあるPPD-QはそのPhase I代謝産物の水酸基が、芳香環に付与されていましたが、6PPD-Qのみ芳香環とアルキル鎖に付与されているものの2種類があったと報告していました。

今回のAnkleyらは、アルキル鎖に水酸基がある代謝産物は高感受性種のみに検出され、耐性種では検出されなかったと言います。この2つを合わせると、6PPD-Qの特異的な毒性の原因として、アルキル鎖の存在はそれなりに説得力があるように思えます。もちろん、アルキル鎖は代謝産物の割合として多いわけではなかったり、上記の説は原因ではなく結果であるという説明も不可能ではなかったり(=耐性種は元気だからPhase Iの代謝が進み、アルキル鎖の水酸化物が検出できないレベルになる)しますが、まぁ現状有力な説であることは違いないですね。