備忘録 a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

「わたしを離さないで」感想

ノーベル賞受賞前からM氏にオススメされていたけどスルーしていたカズオイシグロ。「合成生物学の衝撃」で引用されていて、俄然興味が出て読みました。ちなみに「合成生物学の衝撃」は生物学の話はほぼなくて、期待外れでした(ちゃんとレビューを確認してから読めばよかった)。

 

読み応えありました。1/3くらいまでは退屈で非常にじれったく感じましたが、後半は引き込まれていきました。

何が面白いのか。小説としての世界が完成しているから?

三十一歳になったキャシーが過去を振り返るという体で物語は進んでいきますが、この語り口が絶妙なんですよね。小説の中の世界の人に語っているため、全然説明をしない。冒頭から提供者、介護人、ヘールシャムというキーワードをぶち込んでくるけど、それらの説明はほぼない。最後まで読んでも、「提供」のシステムの直接的な説明はキャシーからはなされず、保護官のセリフを通して間接的になされるだけ。

実はこれが良いのかも。間接照明しかない中を歩いていく感じ。想像で全体像が補完される感じ。下手に「提供」の設定を説明されても興ざめするかもしれません。

 

ヘールシャムの子どもたちが、じわじわと提供のことを知るのもリアルです。全貌が理解できない子どものうちから世界の在り方を教わるので、「そういうものだ」と受け入れていく。強い反発がない。キャシーの語り口と相まって、淡々と物語は進んでいきます。

ドラマチックなことは特に起きないけれど、全体的にどこか美しい思い出としてパッケージされている。そんな不思議な印象があります。

 

 

最初から提供のことをほのめかして、その謎がすべて解明されるのは終盤(大筋は序盤で明かされます)。そういう点では推理小説的ですが、本書の面白さの肝は謎解きではありません。実際、自分は「合成生物学の衝撃」から本書を読んでるので、ほぼネタバレしてましたが、楽しめました。再読してもまた楽しめそう。シンドイから多分やりませんが。

 

 

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)