a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

「単純な脳、複雑な『私』」感想

何度も興奮させられました。人に話したくなるネタのてんこ盛りで、しかも読みやすい。著者はプレゼンが上手いんだろうな、と感心させられます。論文が豊富に引用されていて説得力もあります。既に知っている話もありましたが、それでも面白かったです。

ものすごいざっくりした要約をすると、ヒトが自分で「意識できる」ことは「意識できない」脳の活動にかなり影響を受けていて、その意識できない脳の活動は実は環境や経験・さらには「ノイズ」によって変化するものである、というのが本書の内容です。

無意識の影響がおおきいということですが、それは悲観すべきではなくて、訓練や教育によっては無意識さえもコントロールできるというポジティブな主張がなされてます。非常に共感できました。

 

 

面白かったネタの一部を下に箇条書き。

  • ヒトは顔の左半分だけ見て、ヒトの性別や表情を判断してしまう。イメージをつかさどる右脳は、左側の視野からの情報を処理するから(p. 48)。
  • 脳は理由の後付けをしてしまう。ある実験の例。被験者は、2枚の女性の写真を見せられて「好みの女性」を選択する。その写真はマジシャンによってすり替えられて、被験者に再び提示される。不思議なことに、被験者は写真がすり替わったことに気づかない。しかも(自身が始めに選んだ女性でないのに)「この女性を選んだ理由」を聞かれると、手元にある写真の女性の特徴をあげてしまう。始めに選んだ女性には全くなかった特徴であっても…。つまり事後的に好きな理由をこじつけてしまう(p. 56)。
  • 好きな人を振り向かせたい時は、「仕事を手伝ってあげる」のではなくて「仕事を手伝ってもらう」方が良い(p. 65)。
  • 直感は正確。判断の理由が本人にはわからないが、答えだけが分かる。直感は訓練によって養われる。自転車の乗り方や、将棋の例(p. 90)。
  • 感情と行動が矛盾しているときは、感情を後付けで変更させて矛盾をなくす。単純作業をしたとき、後でもらう報酬が少ないと「作業は楽しかった」と感じ、後でもらう報酬が多いと「作業はつまらなかった」と感じる(p. 158)。
  • 「心が痛む」とき、身体的な「痛み」に対応する脳部位も活動している。これは、身体的な痛みに関するシステムが「社会的な痛み」の検出にも使われるようになった「前適応」の例(p. 182)。
  • においの感受に関して、1,000個の遺伝子がある。人間の遺伝子は全22,000個。かなりの数がにおいの感受に使われている。他の感覚器はせいぜい数個(p. 248)。
  • なぜ網膜には「盲点」があるのか。今更ながらよくわかった!(p. 257)
  • 脳は身体から取り出されても栄養さえあれば2年間は活動できる。ネズミの海馬で実験された。(p.291)
  • 脳の「ゆらぎ」の大きさ。(p. 299)自分は今遺伝子発現のばらつきの大きさに関心があるから、このあたりの話は面白かった。
  • ノイズの役割。①効率よく正解に近づく、②弱いシグナルを増幅する、③双発のためのエネルギー源。(p. 340)

 

ありきたりな感想かもですが、脳科学は古典的な哲学の問題にそれなりの回答を与えてくれそう。「自分の見ている赤と、他人の見ている赤は同じか」という問題などは、むかし永井均の本を読んだ時にしつこく議論されてた気がします。そこでどのような議論がなされてたかは覚えてませんが、本書での遺伝多型による説明の方が自分にはすっきりしていて好みでした。

 

ヒトのアイデンティティーは記憶に依存する不確かなものだ、みたいな話がありました。それを読んで、昔の経験を思い出した。外国なんかに旅行に行ってすごい不安を感じる時があって、それは出発前と到着後の状況・環境があまりにも変わってるのに、その変化がたった1日のうちに起きてるというのが現実味がないという不安だったと覚えてます。飛行機の前後で連続していないように感じるというか。この話、人に言っても伝わった試しがないけど、自分だけなのかな…。最近はこの感覚もしなくなりましたが。