備忘録 a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

2023年に出た6PPD-quinoneの報告

ギンザケ死亡症候群の原因物質であると2020年の年末に報告された6PPD quinone(6PPD-キノン; 6PPD-Q)の話(→2020年のScience)。当時はCAS番号が割り振られていないなど、全くの新規物質でしたが環境中での検出例や動態、毒性に関する報告が色々と出てきました。

6PPD-Qに関する全ての論文を詳細に読むことは既に辞めてますが、いくつか面白かったものだけでもここにピックアップしておきます。

これまでの論文の備忘録はこちら:2021年に出た論文のまとめ2022年に出た論文のまとめ

 

Wu J, Cao G, Zhang F, Cai Z, 2023, A new toxicity mechanism of N-(1, 3-Dimethylbutyl)-N′-phenyl-p-phenylenediamine quinone: Formation of DNA adducts in mammalian cells and aqueous organisms, Sci. Total Environ., 161373.

香港浸会大学の論文。このグループの6PPD-Qに関する論文の出るスピード、すごいです。これもまだまだ速報的な論文ですが、6PPD-QのDNA adductを調べています。この人たちは、水生生物よりヒト健康に着目しているため遺伝毒性を調べているのですね。ギンザケへの高い急性毒性のメカニズムと関係あるのかどうかは不明。

ヒト細胞、緑藻Chlamydomonas reinhardtiiを> 250μg/Lの6PPD-Qに曝露してDNAを抽出し、デオキシグアノシン(dG)と6PPD-Qが結合した6PPDQ-dGの定量をMS/MSで行っています。あとスーパーで買ってきたシシャモからも6PPDQ-dGが検出されています。

 

Zhao HN, Hu X, Gonzalez M, Rideout CA, Hobby GC, Fisher MF, ... Kolodziej EP, 2023, Screening p-Phenylenediamine Antioxidants, Their Transformation Products, and Industrial Chemical Additives in Crumb Rubber and Elastomeric Consumer Products, Environ Sci Technol 57(7): 2779-2791.

6PPD-Qを発見したワシントン州のグループの論文。タイヤリサイクル製品やゴム製品のPPD類およびその環境変化体(キノン体含む)、その他の添加物(ジフェニルグアニジンDPG、HMMM、ベンゾトリアゾール類やベンゾチアゾール類)を調べています。サンプルが古いものになるほどPPD類の環境変化体/親物質の濃度は増加したそうです。これは環境変化体の方がより安定だからですね。

 

Zhao HN, Hu X, Tian Z, Gonzalez M, Rideout CA, Peter KT, ... Kolodziej EP, 2023, Transformation Products of Tire Rubber Antioxidant 6PPD in Heterogeneous Gas-Phase Ozonation: Identification and Environmental Occurrence, Environ Sci Technol 57(14): 5621–5632.

同じくワシントン州のグループの論文。6PPDの環境変化体などを調査。こちらはHu et al. (2022, ES&T Letters)の続編的な論文で、オゾンによる変化の過程を詳細に見ています。

 

Nair P, Sun J, Xie L, Kennedy L, Kozakiewicz D, Kleywegt S, ... Song D, Peng H, 2023, Synthesis and Toxicity Evaluation of Tire Rubber-Derived Quinones, ChemRxiv. DOI: 10.26434/chemrxiv-2023-pmxvc.

まだ査読付き論文としては出版されていません。カナダのグループから出たプレプリント。今のところ2023年に出た6PPD-Qの(生態)毒性関係の論文では、一番面白い。

6PPD-Qだけでなく、77PD-Q・IPPD-Q・CPPD-QといったPPDのキノン体のニジマスへの96時間急性致死毒性と蓄積および代謝を調べています。6PPD-Qの96時間LC50は0.79 μg/Lですが、他のPPD-Qでは4.6~13 μg/Lでも致死影響が見られていません。そしてwhole-bodyへの蓄積のレベル(BCF)は、6PPD-Qと他のPPD-Qで大きく異なりませんでした。BCFは疎水性から考えられるよりも低く、かなり代謝されていることが伺えます。そこで、水酸化代謝物を詳細に見てみると、6PPD-Q(と6PPD)だけ、水酸化代謝物のクロマトピークが2つあり、メジャーなピーク(溶出時間が遅い方)はベンゼン環に水酸基がついていたのに対し、マイナーなピークにはアルキル側鎖に水酸基が付与されていました。他のPPD-Qは全てベンゼン環に水酸基がついていました。そこからの考察はspeculationの域を出ませんが、強く否定もできない感じ。概要を読んでから悔しくて2週間近く放置してましたが、面白かったです。

 

Greer JB, Dalsky EM, Lane RF, Hansen JD, 2023, Establishing an In Vitro Model to Assess the Toxicity of 6PPD-Quinone and Other Tire Wear Transformation Products, Environ Sci Technol Letters 10(6): 533–537.

USGSの論文。3種のサケ(ギンザケ・マスノスケchinook salmon・ベニザケsockeye salmon)を用いてin vivoで6PPD-Qの24h曝露試験をして、さらにこの3種とニジマスの細胞試験をを実施。ギンザケ(CSE-119)は線維芽細胞、マスノスケ(CHSE-214)、ベニザケ(SSE-5)は胚由来で、ニジマスRTG-2)は生殖腺由来。

in vivoの結果、感受性が高いのはギンザケ、ニジマス(文献)、マスノスケ、ベニザケの順で、これは既存研究と一致。ベニザケは水溶解度レベルで全く影響が出ていません。in vitroの結果はin vivoとおおむね一致しており、ギンザケ EC50が7.9 µg/L(代謝)、ニジマス EC5が68 µg/L(代謝、EC50ではない)で、他の2種では影響が検出されませんでした。ギンザケ細胞はcytotoxicityのEC50が6.1 µg/Lで代謝ベースのEC50よりも高く、ミトコンドリアへの影響を指摘している既往研究(Mahoney et al., 2022, ES&T Letters)とも一致しています。

興味深いのは細胞試験のEC50はin vivoのEC50よりも100倍近く高いこと。6PPD-Qのターゲット部位がどこか分からないから、この研究で用いた細胞が毒性ターゲット部位を反映できていないかも、と述べられています。

 

Greer JB, Dalsky EM, Lane RF, Hansen JD, 2023, Tire-Derived Transformation Product 6PPD-Quinone Induces Mortality and Transcriptionally Disrupts Vascular Permeability Pathways in Developing Coho Salmon, Environ Sci Technol, in press.

上と同じくUSGSから。ギンザケの胚embryoに6PPD-Qを24時間曝露して、発達や遺伝子発現への影響を調べた論文。曝露は、24時間のものを繰り返し計4回実施して、孵化した個体の卵黄嚢は除去してからRNA-Seq解析。曝露濃度は0.1~10 µg/Lで、胚は仔魚よりも6PPD-Qへの感度が鈍いようです。これは6PPD-Qに限らずよくある話。

RNA-Seq解析では、血液脳関門(BBB)が破綻するという論文(Blair et al., 2021)を受けて、タイトジャンクションの構成要素であるoccludinや炎症マーカーのTNFα・IL1β、VEGFなどに着目しています。RNA-SeqのEnrichment解析では、血管の発達、骨格系の発達や骨化ossificationなどへの影響が見られています。

 

(2023年8月3日時点ではここまで)

(2023年10月22日 追記)

Grasse N, Seiwert B, Massei R, Scholz S, Fu Q, Reemtsma T, 2023, Uptake and Biotransformation of the Tire Rubber-derived Contaminants 6-PPD and 6-PPD Quinone in the Zebrafish Embryo (Danio rerio), Environ Sci Technol 57(41): 15598-15607.

ゼブラフィッシュの4 hpfの胚に6PPDQまたは6PPDを曝露して、体内の代謝産物を調べた論文。6PPDQの曝露濃度は5~37.5 μg/L。

6PPDQの水酸化物(phase I)およびグルクロン酸抱合体(phase II)は曝露2時間後から検出されています。水酸化物は96時間後までほぼ一定濃度ですが、グルクロン酸抱合体は徐々に増加しています。48時間以後は、硫酸抱合体など他のphase II産物も検出されています。

 

(2023年11月04日 追記)

今年は現時点で6PPD-Qの総説論文が5つも出ています。もちろん内容は似たり寄ったり…と言っても別に精読はしていませんが。

Chen X, He T, Yang X, Gan Y, Qing X, Wang J, Huang Y, 2023, Analysis, environmental occurrence, fate and potential toxicity of tire wear compounds 6PPD and 6PPD-quinone, J Hazardous Materials 452: 131245.

2023年の3月に公開。

Hua X, Wang D, 2023, Tire-rubber related pollutant 6-PPD quinone: a review of its transformation, environmental distribution, bioavailability, and toxicity, J Hazardous Materials 459: 132265.

こちらは2023年の8月に公開。しかも上と同じ雑誌。

Zoroufchi Benis K, Behnami A, Minaei S, Brinkmann M, McPhedran KN, Soltan J, 2023, Environmental Occurrence and Toxicity of 6PPD Quinone, an Emerging Tire Rubber-Derived Chemical: A Review, Environ Sci Technol Letters, 10(10): 815-823.

こちらは2023年の9月に公開。カナダのグループです。

Nicomel NR, Li L, 2023, Review of 6PPD-quinone environmental occurrence, fate, and toxicity in stormwater, Ecocycles 9(3): 33-46.

謎の雑誌ですが、2023年の9月に公開。これもカナダから。

Bohara K, Timilsina A, Adhikari K, Kafle A, Basyal S, Joshi P, Yadav AK, 2023, A mini review on 6PPD quinone: A new threat to aquaculture and fisheries, Environ Pollution, 122828.

アメリカのグループから2023年の11月に公開。

 

Perplexityのような文献検索AIが発達した今となっては、このような既存文献をまとめただけの総説は個人的にほとんど意義を感じません。引用数は稼げるのでしょうが…。もちろん何か付加価値があれば意義はあると思います。

最近は、原理から考えて新しい技術や概念の可能性を語るPerspectiveのような論文の方が面白いんじゃないかと思います。自分の知っている範囲では、環境RNAでそういう論文がありました(Cristescu, 2019)。生態学会でもアイデアペーパーなるものが提案されているようですね。

 

少し話がずれましたが、6PPD-Qの話題を含む総説は「6PPD-Qの総説」という枠以外でも、下記のような2本が既に出されています。

Jin R, Venier M, Chen Q, Yang J, Liu M, Wu Y, 2023, Amino antioxidants: A review of their environmental behavior, human exposure, and aquatic toxicity, Chemosphere 137913.
Cao G, Zhang J, Wang W, Wu P, Ru Y, Cai Z, 2022, Mass spectrometry analysis of a ubiquitous tire rubber-derived quinone in the environment, TrAC Trends Anal Chem 157: 116756.

 

 

 

(2023年12月25日 追記)

Prosser RS, Salole J, Hang S, 2023, Toxicity of 6PPD-quinone to four freshwater invertebrate species, Environmental Pollution 337: 122512.

2023年の9月に公開。オオミジンコD. magnaやカゲロウ、ヒラマキガイ、イシガイに対する6PPD-Qの毒性を調べたカナダの論文。このグループは6PPD-Qが発見される前から、6PPDの毒性試験をしていましたね。

いずれの種でも有意な致死、成長阻害は見られなかったようです。なおオオミジンコは21日間の慢性試験。(なぜ28日間の慢性で繁殖影響まで見なかったのかはよく分かりません。)

 

Montgomery D, Ji X, Cantin J, Philibert D, Foster G, Selinger S, Jain N, Miller J, McIntyre J, de Jourdan B, Wiseman S, Hecker M, Brinkmann M, 2023, Interspecies Differences in 6PPD-Quinone Toxicity Across Seven Fish Species: Metabolite Identification and Semiquantification, Environ Sci Technol 57(50): 21071-21079.

2023年の11月に公開。カナダのBrinkmannらのグループから。ただアメリカのMcIntyreらも共著に入っています。6PPD-Qに対して高感受性の魚種と耐性を持つ魚種を、6PPD-Qに曝露して胆汁の代謝物濃度を定性・半定量分析した論文です。

 

Dudefoi W, Ferrari BJD, Breider F, Masset T, Leger G, Vermeirssen E, Bergmann AJ, Schirmer K, 2023, Evaluation of tire tread particle toxicity to fish using rainbow trout cell lines, Sci Total Environ: 168933.

2023年の12月に公開。スイスのEAWAGなどから。タイヤトレッドの凍結粉末(CMTT)の毒性をニジマスのエラ細胞(RTgill-W1)と腸管細胞(RTgutGC)で調べた論文。CMTTの(溶出液の)毒性の原因物質として、6PPDや6PPD-Qの毒性試験も実施しています。

結果、6PPD-Qの濃度依存的な影響は1 mg/Lを超えても見られませんでした。ニジマスのin vivoのLC50値は1 μg/Lなので、エラや腸管はターゲットの部位ではなく、神経毒性ではないかと議論されています。