備忘録 a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

論文のメモ: 近年の生態毒性分野でのトランスクリプトーム解析

3歳半になった娘と暮らしていると、クレヨンしんちゃん(原作。アニメはほとんど知らない。)は、育児マンガだったんだなと良く思います。昔読んだクレしんの場面が頻繁に脳内再生されます。

 

生態毒性な分野でのRNA-Seq解析の使われ方について。何か特定の物質の毒性メカニズムを探るため、という使われ方以外での話。どうもPOD(Point-of-Departure; 下記参照)の推定という文脈が多い気がします。例えば長期のin vivoでの毒性値の代替として、in vitroや短期in vivoRNA-Seqで得たPODが使用できるかどうか、という文脈です。

 

 

Johnson KJ, Auerbach SS, Stevens T, Barton-Maclaren TS, Costa E, Currie RA, ...  Pettit S, 2022, A transformative vision for an omics-based regulatory chemical testing paradigm, Toxicol Sci 190(2): 127-132.

「21世紀の毒性学」の流れを踏まえて、トランスクリプトームの活用法を概観したミニレビュー的な論文。ヒト健康・生態リスクどちらも射程に入っています。
トランスクリプトーム解析でのPODは、in vivo毒性値とざっくり一致しているとのことです。"Retrospectively evaluating available datasets has demonstrated good concordance (typically within 10-fold) between transcriptomic PODs derived from in vivo short term-studies and those established by longer term, apical endpoint focused guideline toxicity studies."

短期の毒性試験のPODが、慢性・長期の毒性値を予測できるか(Principle 3)については、まだエビデンスが蓄積しているわけではなさそうです。

 

Ewald JD, Basu N, Crump D, Boulanger E, Head J, 2022, Characterizing Variability and Uncertainty Associated with Transcriptomic Dose–Response Modeling. Environ Sci Technol 56(22): 15960-15968.

EcoToxChipの開発などを行うカナダのグループ。ウズラの卵に11濃度区のクロルピリホスを曝露し、肝臓のRNA-Seq。各濃度n=5。この大規模なデータセットをサブサンプリングして、tPOD(transcriptomic Point-of-Departure; 各遺伝子について濃度-反応曲線を描いてNOEC的な濃度BMDを求めて全遺伝子でまとめたもの)がどのように変わるかを調べています。濃度-反応曲線は8つのモデルをFastBMDというWeb上のツールでフィッティングしてます。このFastBMDも同じ著者たちが開発したツールです。

その結果、連数より濃度範囲・比が重要とのことです。また、pathwayベースのtPODの方が、geneベースの(つまり単に統計的な)tPODよりも安定している、というのは納得いくし面白い結果。低濃度ほど、その物質・毒性メカニズム特有の応答が見られる、という説は検証されなかった、とも述べています。

 

Alcaraz AJG, Mikulasek K, Potesil D, Park B, Shekh K, Ewald J, ..., Basu N, Hecker M, 2021, Assessing the toxicity of 17α-ethinylestradiol in rainbow trout using a 4-day transcriptomics benchmark dose (BMD) embryo assay, Environmen Sci Technol 55(15): 10608-10618.

同じくカナダのグループから。詳しくは読んでませんが、ニジマスの96-h胚試験でのRNA-Seqから得られるtPODと慢性試験で得られる毒性値を比較している論文。

 

Pagé-Larivière F, Crump D, O'Brien JM, 2019, Transcriptomic points-of-departure from short-term exposure studies are protective of chronic effects for fish exposed to estrogenic chemicals, Toxicol Applied Pharmacol 378: 114634.

Environment and Climate Change Canadaから。既存の魚のトランスクリプトーム解析データを用いて、推定法によってPODがどれくらい変わるかを議論した論文。こちらも詳しくは読んでません。

 

Villeneuve DL, Le M, Hazemi M, Biales A, Bencic DC, Bush K, ... & Flynn K, 2023, Pilot testing and optimization of a larval fathead minnow high throughput transcriptomics assay. Current Research in Toxicology, 4, 100099.

USEPAから。あとで読んだら追記するかも。(2024.04.23追記)

全部で10種の物質に、11濃度区でファットヘッドミノーを24時間曝露してtPODを求めています。実験デザインについての提言(Table 4)が良い。反復数はn =4(最低n=3)とし、1反復には3匹以上の個体をプールせよ、DEGsの数は15以上ないと厳しい、とのこと。

 

(2024.04.24追記)

Villeneuve DL, Bush K, Hazemi M, Hoang JX, Le M, Blackwell BR, Stacy E, Flynn KM, 2024, Derivation of Transcriptomics‐Based Points of Departure for 20 Per‐or Polyfluoroalkyl Substances Using a Larval Fathead Minnow (Pimephales promelas) Reduced Transcriptome Assay. Environmental Toxicology and Chemistry.

これもUSEPAから。孵化5日のファットヘッドミノーの仔魚をPFASに24時間曝露し、ターゲットシーケンスの1種であるTempO-Seqで1832遺伝子のRNA-Seq。なお曝露はBiomekの自動分注機とマイクロプレートで実施してるようです。濃度区は明示されてないかもですが、SIを見る限り、Controlを除いて8つでしょうか。有意な致死が確認された濃度は除き、BMDExpressでtPODを求めています。

このグループは同時期に、オオミジンコDaphnia magnaでもwhole sequencingですが同様のtPOD解析を行っています(Villeneuve et al., 2024, ET&C)。ミジンコとファットヘッドミノーのtPODを比較すると、10以上のPFASについてミジンコの方が1~3桁低いという結果。さすがに実験デザインの違いだけではなくて、種の感受性の差に起因しているのでは、と議論しています。

この一連のUSEPAによる論文を読んで、結構ガチでtPODの可能性を検討しているんだなと感じました。面白かったです。

(追記ここまで)

 

 

National Toxicology Program, 2018, NTP Research Report on National Toxicology Program approach to Genomic Dose-Response Modeling.

上の論文たちで引用されています。生態毒性では別にないですが。BMDExpressというソフトが紹介されています。