備忘録 a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

論文のメモ: Target Lipid Modelとその底質基準への応用

USEPAのPAHの底質基準(USEPA,2003,EPA/600/R-02/013)のベースとなっている理論であるTLMと、その底質基準への応用について。

 

Di Toro DM, McGrath JA, Hansen DJ, 2000, Technical basis for narcotic chemicals and polycyclic aromatic hydrocarbon criteria. I. Water and tissue, Environ Toxicol  Chem 19(8): 1951-1970.

 

 

平衡分配理論(EqP)とTarget Lipid Model(TLM)。EqPについては前回書きました。一方のTLMは、ざっくり書くと「narcoticな毒性は、脂質中の物質濃度がCL*に達すると、どの物質でも同じレベルの影響(例えば50%致死)が生じる」というもの。式で書くとこんな↓感じ。

 {LC50}=C_{L}^* / {K_{LW}}     (Eq.1)

KLMは脂質-水間の分配係数で、物質の水-オクタノール分配係数Kowと対数軸で比例してます。なので、

 log LC50 = log C_{L}^*  - log K_{LW} = log C_{L}^*  - ( a_0 + a_1・log K_{ow} )     (Eq.2)

と式変形できます。Eq.2によると、毒性は物質のlog Kowによって予測できると言えます。

 

TLMの仮定は、「50%致死影響につながる脂質中蓄積濃度CL*は、生物種によって異なるが、全ての物質について同じである」ことと、「分配係数KLMは、物質によって異なるが、全ての生物種について同じである」こと。

ある生物種を用いた複数物質の毒性試験データについて、x軸をlogKow、y軸をlogLC50としてEq.2の関係をプロットすると、切片がlog CL*-a0、傾きがa1となります。2つめの仮定にしたがうと、a1はどの生物種についても共通です(値はほぼ1)。

 

USEPA(2003)などの底質基準は、水のみ曝露試験のデータを元にした上記のTLMの回帰式から、95%の種を保護できる急性影響濃度を求め、Acute-Chronic Ratio(ACR)によって慢性影響の値に変換し、最終的にEqPで底質濃度に変換しています。

 

 

Redman AD, Parkerton TF, Paumen ML, McGrath JA, den Haan K, Di Toro DM, 2014, Extension and validation of the target lipid model for deriving predicted no‐effect concentrations for soils and sediments, Environ Toxicol Chem 33(12): 2679-2687.

USEPA(2003)などの底質基準では、上述のように水のみ曝露試験のデータからEqPで底質濃度に変換しています。一方、このRedman et al.(2014)は、底質スパイク試験のデータをEqP(とTLM)で(CL*に)変換して、水のみ曝露試験のデータと比較しています。

底質スパイク試験から推定したCL*(論文ではCTLBBと表記)は、水のみ試験のCL*より若干低めの分布。論文では意味のある差ではないと述べてますが、どうなんでしょう。

底質スパイク試験から推定したCL*は、底質濃度をKocで割って水中濃度に変換してから、TLMによって脂質中濃度CL*に変換した値なので、①Koc推定値にバイアスがある(実態よりも高い値を用いてしまっている?)、②底質試験系は平衡状態ではなくEqPの適用が不適切である、あたりが原因で実は意味のある差なのでは?