備忘録 a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

論文のメモ: ToxCastデータを用いた高リスク化学物質の優先順位付け

米国のToxCast and Tox21プログラムで多数の化学物質に対するin vitro assayデータが生み出されています。それらのデータを、環境中の化学物質モニタリングデータと組み合わせて、リスクの高い化学物質をスクリーニングしようと試みた論文。方向性はここで書いた欧州のSOLUTIONSに近い。

 

「HTSデータとAOPを用いた五大湖支流における生態リスク化学物質の優先順位付け

Corsi SR, De Cicco LA, Villeneuve DL, Blackwell BR, Fay KA, Ankley GT, Baldwin AK, 2019, Prioritizing chemicals of ecological concern in Great Lakes tributaries using high-throughput screening data and adverse outcome pathways, Sci Total Environ 686, 995-1009.

USGSとUSEPAの共同研究。同時期に似たような論文がいくつか出てます。例えばBlackwellら(2017, EST)やRoseら(2019, Sci Total Environ)など。環境水中の有機物質を網羅的に定量分析し、ToxCastなどのHigh-Throughput Screening(HTS)データと合わせて生じ得る生態リスクのスクリーニングをおこなうという流れ。

リスクの指標はExposure-Activity Ratio(EAR)。Hazard QuotinentやToxic Unitと同様に、環境中濃度を活性濃度(AC50やACC; activity concentration at cut-off)で割ったもの。EARの算出は、ToxEvalというRパッケージで簡単に実施できます。ToxEvalの使い方はこちらExcelファイルに化学物質のCAS番号、測定濃度とカテゴリー(例えば医薬品、農薬など任意に設定可能)、サンプリング場所の名称と緯度経度だけを入れればOK。ちなみにこの論文では65物質を検出しており、その内54物質がToxCastにデータあり、48物質がToxCastで影響あり、とのこと。

このCorsiら(2019)はさらに、HTSのエンドポイントをAOP networkにマッピングしています。AOP wikiから250のAOPsをダウンロードしてHTSのエンドポイントと紐づけ(↓Table SI-5)。Ivesら(2017)オントロジーを参考にしたそうですが、いまいちどうやって作成したのか見えにくい。

f:id:Kyoshiro1225:20190831145002j:plain

 

そしてAOPのパスウェイごとにEARを加算し、どのパスウェイが影響を受けそうなのか予測してます(この時に生態学的に意義の低いAOPは除外)。例えば、ニコチン性アセチルコリン受容体の活性化から死に至るまでのパスウェイやエストロゲン受容体のアゴニズム作用による繁殖能低下などのパスウェイが着目されてます。対応する物質は農薬のDEETやBisphenol A、4-ノニルフェノールなど。

中々面白い論文でした。手法では突っ込みどころも多い。たぶん査読でも言われているんでしょう、ただし書きが多いです。"the analysis of AOP network is in its infancy"とか。あくまでも将来的なモニタリングの優先順位づけであって、実際のリスク評価ではない、とか。またin vitro assayの試験時にはwellへの吸着など化学物質の活性・availabilityを考慮していないので、in vitro assayの活性と実環境の活性は異なるだろう、とか。まあ本当に方向性を探っている段階でしょうから、課題を正直に羅列してくれているのはありがたいことです。

この論文だけではやりっぱなし、言いっぱなしの感がぬぐえないので、「答え合わせ」としてin vivoのassayをぜひやって欲しいですね。もうやってるのかな?

 

 

この論文の肝になっているTable SI-5を少しいじってみます。336のHTSエンドポイントが129のAOP Key Event(KE)と関連しています。

#Table SI-5を"data"という名前で格納

librray(igraph)

g<- graph_from_data_frame(data[,c(2,6)])
V(g)$type <- bipartite_mapping(g)$type    ##2部グラフなので
V(g)$color <- ifelse(V(g)$type, "lightblue", "salmon")
plot(g, edge.arrow.size=0.3, layout = l, vertex.size=5, vertex.label=NA)

f:id:Kyoshiro1225:20190831152206p:plain

(赤:HTS assayのエンドポイント, 青:AOPsのKey Event)

kable( degree(g)[degree(g)>50] )

 

| | x|
|:-----------------------------------------------------------------|---:|
|N/A, Cell injury/death | 252|
|Apoptosis | 126|
|Increase, Mitogenic cell proliferation (hepatocytes) | 63|
|N/A, Mitochondrial dysfunction 1 | 270|
|Damaging, Mitochondria | 54|
|Increased, Oxidative Stress | 60|
|Increased, secretion of proinflammatory and profibrotic mediators | 82|

## 細胞死やアポプトーシスのような一般的なKEが多くのHTS endpointsと結びついていることが分かる

 

 

 

「お金2.0 -新しい経済のルールと生き方-」感想

どうして買ったのか忘れたけど、家にあったので読みました。

 

ブロックチェーンやインターネットなど技術の発展により、各個人や企業が独自の経済圏を作り出すことができるようになり、国家のような中央集権的な構造から自由になった。この「経済の民主化」は、活版印刷技術の発展とインターネットの誕生による「知識の民主化」に類する変化である。従来の資本(お金)に縛られずに社会、ネットワークとつながることができるため、お金の価値は相対的に低くなる。そのため、これまで資本主義では評価されづらかった人間の内面的な価値や社会的な価値を評価する「価値主義」が台頭してくるだろう。

大体このような趣旨です。263ページありますが、文章は平易で、同じような内容が繰り返し述べられているので、2時間強もあればざっと通読できます。

 

大筋としては、趣旨に賛同します。資本主義から自由になり、価値主義的な生き方を選択できるならば、それは純粋に良いと思います。

しかし、大学生のころに読んだ「ウェブ進化論」をどこか思い出しました。あの本は、インターネットの進化すごい、それこそ知識の民主化すごい、みたいな論調だったと思いますが(うろ覚え)、今のウェブ環境は意外と統制されているし、Google検索は汚染されているし、10年前にあの本が出た時の期待通りではありません。

この「お金2.0」の説く経済の民主化にしても、どこまで上手くいくのか。いくつかの例外はあれど、結局持てる者がより豊かになっていく気もする。今も情報、知識を持っている者がより情報、知識を蓄えていきますし、そういった人物が新たな経済圏でもより豊かになっていくのでは…。

 

お金2.0 新しい経済のルールと生き方 (NewsPicks Book)

お金2.0 新しい経済のルールと生き方 (NewsPicks Book)

 

 

MaSuRCAのインストールエラー

Nanopore現場の会、行けなかった。

楽しそうだったので残念です。

 

 

MinIONとMiSeq・HiSeqで読んだリードをいろんなアセンブラにかけようと試しているところ。

Canuを試してみたけどMinIONのカバレージが低いので、Canuのようなロングリードベースのアセンブラではなくてショートリードベースのアセンブラの方が良さそう。

そこでUbuntuでMaSuRCAを試してます。

 

https://github.com/alekseyzimin/masurca

GitHubからダウンロードして、./install.shでインストール。しかし下記のエラーが出てインストールできません。

swig/perl5/swig_wrap.cpp:322:10: fatal error: string.h: No such file or directory
#include <string.h>

compilation terminated.

Makefile: 1622: recipe for target 'swig/perl5/swig_perl5_jellyfish_la-swig_wrap.lo' failed

(中略)

src/merge_mate_pairs.cc:4:10: fatal error: jellyfish/stream_manager.hpp: そのようなファイルやディレクトリはありません
#include <jellyfish/stream_manager.hpp>

compilation terminated.

GitHubのIssueに似たような報告がありました(↓)。そこではstring.shのエラーだけですが。で、MaSuRCAの作者によるとperlswigをupdateすればOKとのこと。

https://github.com/alekseyzimin/masurca/issues/10

 

 

しかし解決しなかったので、biocondaからインストールしました。MaSuRCAのバージョンは3.3.1。

https://anaconda.org/bioconda/masurca

conda install -c bioconda masurca
conda install -c bioconda/label/cf201901 masurca

 

ついでにFlyeもbiocondaでインストール。Flyeはバージョン2.5。

conda install -c bioconda flye
conda install -c bioconda/label/cf201901 flye

 

メモ: Nanoporeロングリードのアセンブリ

Oxford Nanopore TEchnologies(ONT)のロングリードとIlluminaなどのショートリードのデータを組み合わせてde novoアセンブリするとき、どのツールを使用するかの話。

ロングリードは長いけどエラー率高い。ショートは短いけど、エラー率低く安く大量に読める。まずロングリードでアセンブリして、その後ショートリードでエラーを補正するのが王道っぽい。

ちょっと古いけどtwitterでの議論。

 

 

Canuは一番ベタなロングリードアセンブラ。30×~60×のカバレージを推奨。

MiniasmはCanuより速いけどエラー補正のないロングリードアセンブラ。Miniasmで6時間かかるアセンブリの場合、Canuは5~10日かかる(Michael et al., 2018, Nat Commun)。

SMART denovoも同様にエラー補正のないロングリードアセンブラ

wtdbg2(=redbean)もロングリードアセンブラ

FlyeはA Brujin Graphベースのロングリードアセンブラ

SPAdesはハイブリッドアセンブラ。de Brujin Graphベースでショートリードからアセンブリした後、ロングリードでscaffolding。ただしバクテリアや菌など小さいゲノム用。大きいゲノムの場合--carefulオプションをつけてはいけない。

MaSURCAもハイブリッドアセンブラ

Unicylcerもハイブリッドアセンブラ。ただしバクテリアゲノム用。

Raconはロングリードのポリッシングツール。

Pilonはショートリードを用いたポリッシングツール。

 

 

 

 

日本語でも既にまとまっている情報がいくつかありました。例えばゲノム工学実習 - 荒川和晴(微生物ゲノムをCanuでアセンブリ)やONTの宮本さんのナノポア解析ワークフロー - Slow and Steady、そしてMinIONでシーケンスを行う - macでインフォマティクスなど。はじめは自分でまとめようかと思いましたが、あまり必要なさそう。

 

 

(追記 2019.08.17)

もうすこし新しい議論。

 

 確かに、試してみたらCanuはリソースを使いすぎました。数TBの空きが欲しい。

ロングリード、ショートリードのそれぞれのカバレージがどれだけかによって最適なアセンブリ戦略は異なりますが、ある程度はいくつかのソフトを試さないといけないですね。

Nextdenovoは新しいアセンブラ

 

 

 

論文のメモ: 核DNAにおけるミトコンドリア様配列

ある生物種のゲノム解析をしていて。

解読したミトコンドリアゲノム配列が、同じ種の既知のミトコンドリアcytochrome c oxidase subunit I(COI)配列と大きく異なっていました。

始めは、既存の報告で隠蔽種の存在が示唆されていたので、自分の読んだ配列と既往報告との違いもそういうことかなと考えてましたが、少し検証してみると別の可能性の方が高そうだと思えてきました。

既往報告はユニバーサルプライマー(FolmerらのHCO・LCO)でCOI配列を増幅していますが、その手法ではミトコンドリアDNAだけでなく核DNA内の類似の配列を増やしてしまうことがあるそうです。

 

 

「numtの同時増幅によってDNAバーコーディングは生物種数を過大評価する

Song H, Buhay JE, Whiting MF, Crandall KA, 2008, Many species in one: DNA barcoding overestimates the number of species when nuclear mitochondrial pseudogenes are coamplified, PNAS 105 (36): 13486-13491.

核内ミトコンドリア様配列(nuclear mitchondrial pseudogenes; numt)についての総説?。numtはミトコンドリア配列と変異速度が異なるため、COIのnumtをnumtと知らずにDNAバーコーディングすると、種内変異の大きさを過大評価してしまう、という注意喚起。

バッタとザリガニを再解析。ザリガニについては、numtの多くが配列の途中に終止コドンを持っているために翻訳されない偽遺伝子だと分かるが、バッタについてはそうではない。終止コドンもないし、ミトコンドリアのCOIとほぼ変異がないので、すぐにnumtだと判断できません。

ではこのバッタのようにわかりにくい場合はどうするか。numtと知らずに解析することを防ぐ方策として、逆転写PCRミトコンドリアのenrichment、long-PCRなどが挙げられています。この論文は2008年なので、今ならNGSでのミトコドリア全長解読も有力な手段でしょうか。

(2019.12.11 追記  バッタの場合偽遺伝子ではなくheteroplasmyかもしれない。) 

 

「COI様配列は分子系統学・DNAバーコーディングにおける問題になっている

Buhay JE, 2009, “COI-like” sequences are becoming problematic in molecular systematic and DNA barcoding studies, J Crustacean Biol 29(1): 96-110.

上と同じ様な啓蒙論文。あまりちゃんと読んでません。

クローニングせずにPCR産物をシーケンスした時、numtが含まれていれば、numt配列と真のミトコンドリア配列が混ざるので汚いクロマトになるから、ちゃんとクロマトをチェックしろよ、というnumt関係なくとも至極もっともな話など。

 

 

「カイアシ類におけるCOI偽遺伝子の存在

Machida RJ, Lin YY, 2017, Occurrence of mitochondrial CO1 pseudogenes in Neocalanus plumchrus (Crustacea: Copepoda): Hybridization indicated by recombined nuclear mitochondrial pseudogenes, PLoS One, 12 (2): e0172710.

ミトコンドリア配列を対象にしたPCRを、ゲノムDNAとcDNAに行って変異解析をしている論文。cDNAにおける変異は小さく、gDNAにおける変異は大きい。一個体のクローンの中でも変異(多型)が見つかっている。cDNAはミトコンドリアDNA配列で、gDNAはミトコンドリアと核DNA配列ですね。

また、異なる2種間の交配の結果生じた核内DNAのキメラ配列が示されていて面白いです。

 

 

無脊椎動物DNAバーコーディングの誤りの事例:cox1プライマーはユニバーサル過ぎ?

Mioduchowska M, Czyż MJ, Gołdyn B, Kur J, Sell J, 2018, Instances of erroneous DNA barcoding of metazoan invertebrates: Are universal cox1 gene primers too “universal”?, PLoS One, 13 (6): e0199609.

ちょっと上記までの論文と話しは違うが、ユニバーサルプライマーを使う際の注意点という意味でこの論文もメモ。

ミトコンドリア配列を対象Folmerらのプライマー(HCO・LCO)は、バクテリアの配列も増やしてしまうため、要注意。データベースの中で甲殻類と書かれていてもバクテリア配列の場合がある。

 

 

SETAC Europe@Helsinki参加感想

環境化学と環境毒性学の国際学会SETAC Europe 29th Annual Meeting@Helsinkiに参加してきました。

SETACに参加するのは、SETAC North Americaを含めてこれで3度目。正直なところ、若干飽きてきたかも。自分が聞いた代替試験法・OMICS・底質毒性・微量化学物質汚染などの発表では大きな目玉となる動きはなかったです。パラダイムの常識に沿った知見を蓄積している段階と言えば良く聞こえるでしょうか。

代わりに目立っていたのは、マイクロ(ナノ)プラスチックの研究。ホントに多かったです。体感では1/8くらいの発表がマイクロプラスチック関連だったほど。底質毒性や微量化学物質汚染のセッションでもその関連の発表が入り込んでました。ブームってそんなものだと思いますが、発表内容もただ環境中での存在量を測ったというものや有機化学物質の吸着量を測っただけのものなどが多くて食傷気味。良かったのは、リスクを過大に煽るような発表が自分の観測範囲内では見られなかったこと。むしろリスクは検出されなかったという傾向の発表が多かったです。

 

「面白そうなタイトル」と思って発表を聞きに行ったら論文化されていて既に読んだことある、という経験が数回ありました。もしくは真逆の、これから「こういう内容で研究するよ~」という事前告知やコンセプトだけの発表。研究の盗用があるから、このような状況も致し方ないのでしょうか…。

自分と関係なさそうな研究発表(というか学会?)をもっと積極的に聞きに行かないと、強い刺激は得られないかも。

 

 

個別発表・セッションのメモ。

  • 底質を凍結して間隙水濃度を5 cm毎に測定した研究。OECD 218と219というスパイク法の違いで濃度勾配の傾向に違いが出る。結果は割と納得いく内容。凍結させる手法はやってみたい。
  • 単一物質、単一濃度、単一時間で「OMICSしました~」だけではもう生態毒性分野でも不十分。曝露時間、濃度を複数見ないと厳しい。
  • OMICS(というかRNA-Seq)ではヘルムホルツ研究所の発表(Schuttler et al., 2019関係)が良かった。 Self-organizing mapであれこれ。
  • morseというecotoxicology用のRパッケージ。既にdrcなどがある中で、TKTDモデルの1種GUTSの使用ができる点が新しいっぽい。Web版のMOSAICもある。

 

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「人間そっくり」「砂の女」感想

「人間そっくり」 

読んだのは大学生のとき以来。セリフとト書でほぼ構成されていて、安部公房の作品の中ではかなり読みやすいです。1時間くらいで読了。

火星人を題材としたラジオドラマの脚本家である語り部の自宅へやって来た火星人を名乗る男によって翻弄される話。

 

日常生活というか、常識の感覚、普段は特に疑うことない根本の部分が揺らいできます。ここが面白い。観念的な語り口や比喩の多用は、少し鼻につくことも…。

 

 

人間そっくり (新潮文庫)

人間そっくり (新潮文庫)

 

 

砂の女」 

こちらも高校生か大学生の時以来。奇妙な環境でも根を張っていく日常生活の力を感じさせる作品。後半では、逃げ出そうとする男よりも、穴の中の生活を受け入れている女の方に共感して読んでいました。

 

砂の女 (新潮文庫)

砂の女 (新潮文庫)

 

 

「人間の性はなぜ奇妙に進化したのか」感想

「乱交の生物学」に続いて性の進化についての本。有名な「銃・病原菌・鉄」の著者ジャレドダイアモンドの著作です。さすが、かなり読みやすかったです。

 

章立ては下の通り。

1. 人間の奇妙な性生活

2. 男と女の利害対立

3. なぜ男は授乳しないのか?

4. セックスはなぜ楽しいか?

5. 男はなんの役に立つか?

6. 少なく産めば、たくさん育つ

7. セックスアピールの真実

 

2章のオスの授乳について。実は哺乳類のオスは、生理学的には乳汁分泌ができるといいます。ホルモンを投与されればオスでも乳汁を分泌するし、ホルモンを投与されなくとも飢餓状態からの回復期にはホルモンを制御する肝臓の働きが低下しているために乳汁を分泌したという日本軍捕虜収容所での報告例があるそうです。また十代の少年が自分の乳頭を刺激した結果、乳汁分泌を起こすのは珍しくない、そうです。

ではなぜオスは授乳しないのか。それは生理学的な問題ではなく、進化的な問題、オスメス間の闘争の結果、性的葛藤の結果です。体内受精する哺乳類は、出産までにメスがオスより子どもに投資しているので、そのままメスが授乳すなわち子育てをする方が進化的に合理的な選択なわけです。

 

4章のなぜセックスは楽しいか。内容を正確に反映させるなら、この章のタイトルはなぜ排卵は隠されているのか、でしょうか。子供を産む目的以外でセックスをできるのは、オスだけでなくメス自身にも排卵が隠されるから。ではなぜ排卵が隠されているのか。

排卵が隠されたのは、猿人がまだ乱婚型で暮らしていた時のこと。乱婚型の社会で排卵が明らかだと、オスは群れの中のどの子どもが自分の子どもか分かるため、自分の子ども以外をためらいなく殺してしまう。そこでメスは排卵を隠ぺいするよう進化させ、多くのオスと交尾して、多くのオスに生まれた子供が自分の子供であると認識させ、子殺しの生じる確率を下げたというのです。

 

5章。男は何の役に立つか。パラグアイアチェ族の話が面白い。アチェは狩猟採集民で、男はイノシシやシカを、女は果実や昆虫を採取します。イノシシやシカはカロリー量こそ大きいものの、獲得できる頻度は少ないため、実は女の獲得する食物量よりも平均カロリー量はずっと少ないそうです。しかも男は狩りで得た食物を、自分の家族だけでなく部族全体に分け与えます。

では男がわざわざ狩りをするのはなぜか。それは、大型動物を狩って部族に利益をもたらすと、婚外交渉を有利に進められるからという驚きの理由です。要は、狩猟能力が女へのセックスアピールになっているため、狩りが上手いほどモテて、子どもを多く残せるわけです。これはあくまで仮説レベルですが、現状一番もっともらしい仮説のようです。この仮説が正しければ、アチェ族の男が狩りをするのは家族とか妻とかのためではなく、自分の遺伝子のためなのです。

著者は、このような男の傾向は必ずしも現代社会に適用できるものではない、と断っていますが、男としては心当たりがあり申し訳なく感じる話。

 

文庫 人間の性はなぜ奇妙に進化したのか (草思社文庫)

文庫 人間の性はなぜ奇妙に進化したのか (草思社文庫)

 

 

論文のメモ: Sediment TIEの実践例

色々な化学物質によって汚染された底質を対象に、どの物質(群)が有害な影響を及ぼしているのか探索する手法であるSediment TIE(Toxicity Identification Evaluation)を実施した論文。

 

「時空間的にばらつきのあるデータを用いたSediment TIE研究デザインの最適化

Greenstein DJ, Parks AN, Bay SM, 2019, Using spatial and temporal variability data to optimize sediment toxicity identification evaluation (TIE) study designs, Integrated Environ Assess Manag 15(2): 248-258.

昨年のSETAC NAでポスター発表されていた内容かも。

タイトルからSediment TIEの計画立案に示唆が得られることを期待しましたが、少し期待外れ。最後のrecommendationは一般的な内容ばかり。底質は安定しているから、時間的なばらつきより空間的なばらつきを重視したほうが良いと結論付けてますが、この論文は2つの時点しか調査していないので判断保留かな。農薬のように一時期に急に流出するような物質についてどこまで時間的に安定していると言えるのでしょうか。

Sediment TIEの結果、CYPの阻害剤であるPBO(piperonyl butoxide)の添加で毒性が増加したため、化学分析の結果と併せてピレスロイド系殺虫剤が主な毒性原因ではないか、とのこと。

しかしアメリカの環境底質でも、ヨコエビの10日間試験で有意な致死毒性が検出されるんですね。

 

 「都市河口域における除去対象物質評価のためのSediment TIE利用

Greenstein DJ, Bay SM, Young DL, Asato S, Maruya KA, Lao W, 2014, The use of sediment toxicity identification evaluation methods to evaluate clean up targets in an urban estuary, Integrated Environ Assess Manag 10(2): 260-268.

上と同じグループによる研究で、カリフォルニアのcreekにSediment TIEを適用した論文。結果も上とほとんど同じです。PBOによって毒性が増加し、有機物吸着材で毒性低減したというもので、やはりピレスロイド系殺虫剤っぽいです。Westonらが提案している、ピレスロイド系殺虫剤の毒性を下げるためのカルボキシエステラーゼ添加も試していますが、添加量の問題なのか、効果は出ていないみたい。

 

 「複数物質で汚染された地点へのSediment TIEの適用

Bailey HC, Curran CA, Arth P, Lo BP, Gossett R, 2016, Application of sediment toxicity identification evaluation techniques to a site with multiple contaminants, Environ Toxicol Chem, 35(10), 2456-2465.

Sediment TIEにEDA(Effect-Directed Analysis)的な分画手法を取り入れた論文。底質からメタノール有機物を抽出して、C8カラムで固相抽出し、極性(固相抽出時のMeOH:水の比率)で分けた画分を水に添加してヨコエビの96時間毒性試験に供しています。それぞれの画分をGC-MSで分析して、毒性原因物質を探ってます。高分子PAHsとChlorophene(とTriclosan)が怪しい、という結論。ちなみに似たような手法を使った論文は、こちらにまとめました。

毒性原因物質の優先順位付けの段階(phase II)は、この論文のように比較的容易な96時間の水系試験でおこなうのが良いのでしょう。そういう意味では参考になりました。しかし、最終的な同定(phase III)は、抽出画分を添加した水系試験ではなく、底質系の試験でおこなうべきでは。水系試験で毒性があるからと言って、元の底質存在下の条件で毒性が強いとは限らない気がします。

 

 EDAを用いた底質中有機毒性物質の同定:bioaccessibilityを考慮した抽出とhigh throughputなユスリカ試験の組み合わせ

Li H, Yi X, Cheng F, Tong Y, Mehler WT, You J, 2018, Identifying Organic Toxicants in Sediment Using Effect-Directed Analysis: A Combination of Bioaccessibility-Based Extraction and High-Throughput Midge Toxicity Testing, Environ Sci Technol, 53(2), 996-1003.

Sediment TIEの論文を精力的に発表している曁南大学のグループらの研究。タイトルにはEDAとありますが、Sediment TIEとEDAの中間のようなデザイン。EDAはbioavailability(あるいはbioaccesibility)を考慮できていないため、EDAにmildな抽出とin vivo試験を適用しよう、というこの総説の流れを汲んで、吸着材XADによる有機汚染物質の抽出とユスリカのin vivo 2-day試験を実施しています。

論文の流れはこんな感じ:①野外で採取した底質とXADで有機物を除去した底質とで2-dayの曝露試験、②XADに吸着された有機物をアセトン・ヘキサンで回収し、順相のHPLCで分離、③分取した35画分をそれぞれDMSOに溶かして水系の曝露試験、④毒性の高かった画分を逆相のHPLCで分取して同様に推計曝露試験、⑤毒性の生じた画分に共通のピークをGC-MSで同定、⑥底質のToxic Unit(=底質での致死率÷50(%)*1)と毒性原因候補物質のToxic Unit(=底質中の濃度÷その物質のLC50)を算出し、原因物質の確認。上の論文で書いた「phase IIIの同定は底質のマトリックスを考慮すべき」という問題も、ある程度考慮されてます。ちなみに⑥の底質中濃度は、底質中の全濃度ではなくXADで抽出可能な画分の濃度を使用してます。

気になるのは、⑤で共通のピークが見られなかったケース。極性が高い画分だったことが理由かもと考察されてます。ではGC-MSではなく例えばLC-MSで同定をおこなってれば共通ピークが見られたのでしょうか?

*1:突っ込みどころではある。Toxic Unit >2以上は評価できないので…。ただコントロール底質で希釈してToxic Unitを求めてもマトリックスの影響は受けるため、割り切ってこのようなアプローチをとるのも分からなくはない。

「乱交の生物学 -精子競争と性的葛藤の進化史-」感想

電車で読みづらい書名。原題は"Promiscuity"という語で、一般には乱婚と訳されるそうです。

 

"オシドリ夫婦"のオシドリは実は全く一雌一雄ではないというのは有名な雑学ですが、オシドリだけでなく自然界の多くの種は一雄多雌や一雌多雄であり、一雌一雄は例外的です。つがいを形成する鳥類などのように社会的に一雌一雄な種であっても、性的に一雌一雄ではないこともあります。

 

本書は、なぜ生物が乱交である(=複数の個体と交尾している)のか、乱交であるときに何が生じているのかについて、進化学および生理学・解剖学の観点から述べた本です。雄が乱交であることは比較的広く受け入れられているので、本書は雌の乱交、一匹の雌が多くの雄と交尾することに特に焦点を当てています。「雌は出産や育児にかかるコストがかかる場合が多いため、複数の雄と交尾しても産める子どもの数に限りがあるのに、なぜ乱交なのか?」

全7章あるうち3~5章は生殖器・性細胞の構造や仕組みに充てられていて、これらの章は特に雑学的な面白さがあります。昆虫の中には何年も生死を貯蔵できる種がいるとか(p. 105)、雌が乱交であり精子競争が激しい種では体重に対する相対睾丸サイズが大きいとか(p. 122)、雄の副生殖腺からの分泌物は、交尾後に雌の膣内に交尾栓を形成し、後に別の雄が精子注入するのを妨げたり(p. 138)、雌の寿命を縮めたりするとか(p. 194)、ヒラムシの中には陰茎を何十種も持つものがいるとか(p. 146)、トコジラミの雄は鎌状の器官を用いて雌の体壁を貫いて精液を注入するとか(p. 210)。

と言っても、本書は面白エピソードを羅列しただけの雑学本ではありません。豊富なエピソードは、なぜ乱交であるのか、どのようにして乱交になっているのか、という問いを様々な観点から検証するためのものであり、割と体系的に書かれている印象です。

 

一貫しているのは、生物は利己的であり己の遺伝子の存続が最重要課題であるということ。そのため、雌雄関係は必ずしも協力関係ではなく、対立関係であることも多くなります。本書の副題にもなっている性的葛藤(sexual conflict)ですね。

雌が乱交である理由も、利己性の観点から説明できます。例えば遺伝子の和合性の課題。どの雄の精子が自身の卵と適合するのか外見からは判断できないので、雌は多くの雄と交尾します。

乱交である理由は、複数の雄に子どもを養育してもらうためであるとも説明されています。2匹の雄と交尾して、どちらの雄にも自分の子どもである可能性を感じさせ、養育に参加させるわけです。特に資源の不足しており親の力が必要な環境下では、このような戦略が発達するみたいです。

 

本書の主眼ではないけれど、雌が乱交である事実が、男性中心だった科学の世界でなかなか受け入れられなかったというのは面白い。純粋な、客観的な科学の世界の話に見えても、当時の社会的文化的な制約を受けているものですね。

 

乱交の生物学―精子競争と性的葛藤の進化史

乱交の生物学―精子競争と性的葛藤の進化史