備忘録 a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

論文のメモ: 平衡分配法における分配係数Kocの不確実さ

前回書いたように、底質基準の設定法にはざっくり3つのアプローチがあります。

2つ目のアプローチ(EqP)では、分配係数Kdと水のみ曝露の毒性値Cw(≒水質基準値)を用いて、底生生物に影響の生じうる底質濃度Csを算出します。

C_S= {K_d}・{C_w}    (Eq.1)

このKdは通常、底質の有機物質と水との分配Kocで表現されます。すなわち、

C_S= {f_{oc}}{K_{oc}}・{C_w}    (Eq.2) 

です。この式の水中濃度Cwは、フリー溶存濃度を表してます。つまり、溶存有機炭素(DOC; dissolved organic carbon)などに収着している画分は含まれていません。例えばDi Toro 1991↓で詳しく解説されています。

Di Toro DM et al., 1991, Technical basis for establishing sediment quality criteria for nonionic organic chemicals using equilibrium partitioning, Environ Toxicol Chem 10 (12): 1541-1583. 

 

気をつけなければならないのは、見かけのKocについて。

Eq.2によって、フリー溶存濃度Cwから底質濃度Csを(またはCsからCwを)求めることができます。しかし、当たり前ですが、用いるKocが正しくなければその計算も誤ったものになります。昔書いた見かけ上の分配係数(apparent partitioning coefficient)の問題。 CwではなくCdissolved、つまりフリー態とDOCへの収着分を合計した濃度を誤って分配係数の算出に用いると、

K_{oc'} = {C_{s}}/({f_{oc}}・{C_{dissolved}}) ={C_{s}} / ({f_{oc}} ({C_{DOC}}+{C_{w}})) =  

 {K_{oc}}/ (1+ {m_{DOC}}・{K_{DOC}})     (Eq.3) 

となり、実際のKocよりも低いKoc'を求めてしまいます。ちなみにmDOCはDOC濃度で、KDOCは CDOC/Cw

 

古い実験データだとこの見かけの分配係数Koc'を求めていたりします。また、Koc'と同時にDOC濃度を報告している文献であっても、信頼できる分配係数KDOCの値がないためにKocが求められない場合があったりします。

そのため、水-オクタノール分配係数Kowとの相関や(例:DoToro et al., 1991; Karickhoff et al. 1979)、化学物質の分子記述子に基づく予測式(LSER; linear solvation energy relationships; 参考: Endo & Goss, 2014)を利用する方法などが、簡便かつエラーの生じにくいKocの取得法として用いられてます。例えば、古いですがUSEPA(2003↓)では、Kowとの相関から求めたKocを用いて、EqPアプローチによってDieldrinのbenchmarkを提案しています(もっとも実測+Kdocで求めたKoc値とKowとの相関から求めたKoc値は同じくらい)。

USEPA, 2003, Procedures for the derivation of equilibrium partitioning sediment benchmarks (ESBs) for the protection of benthic organisms: Dieldrin, EPA/600/R‐02/010. 

 

2000年代半ばくらいからは、パッシブサンプラーを用いてフリー溶存濃度を測定することが多くなったので、信頼できるKocは簡易な実験でも求められるようになりました。例えばUSEPA(2012↓)が、フリー溶存濃度の求め方をまとめてます。

もっとも、たとえ信頼できる実験から導き出されたとしても、底質の種類などによってKocの値はばらつくため(例: Hawthrone et al. 2006、上に述べた予測式の値を"代表的な値"としてEqPアプローチに用いるのは妥当ではないでしょうか。

USEPA, 2012, Equilibrium Partitioning Sediment Benchmarks (ESBs) for the Protection of Benthic Organisms: Procedures for the Determination of the Freely Dissolved Interstitial Water Concentrations of Nonionic Organics, EPA/600/R‐02/012. 

 

 

もっと本質的には、底質濃度Cs(あるいはCs/foc)ではなくフリー溶存濃度で基準が設定できれば、生物学的利用能(bioavailability)を適切に考慮できるはず。例えば昨年でた総説McGrath et al.(2019)は、Cwをパッシブサンプラーで測定した方が、底質濃度とEqPアプローチを用いた方法よりも、底質中の多環芳香族炭化水素(PAHs)の毒性の有無を適切に判断できるとまとめてます。

ただ、現実的にCwのモニタリングが可能でなければ、底質濃度Cs(あるいはCs/foc)で基準を設定するのは仕方ない。