備忘録 a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

論文のメモ: 高分解能質量分析と分子レベルのターゲット予測手法(SEA)の組み合わせ

Kumar N, Zhao HN, Awoyemi O, Kolodziej EP, Crago J, 2021, Toxicity Testing of Effluent-Dominated Stream Using Predictive Molecular-Level Toxicity Signatures Based on High-Resolution Mass Spectrometry: A Case Study of the Lubbock Canyon Lake System, Environ Sci Technol 55(5): 3070-3080.

河川水や処理排水を網羅的に化学分析して、その結果とin vitroのデータベースやトキシコゲノミクスのデータベースと組み合わせることで、生じうる生物学的なハザード(=どういう影響が起きるか)やリスクの大きさを予測しようとする研究があります。例えばToxCastを活用したCorsiら(2019, Sci Tot Environ)など。

しかしそのようなデータベースを活用した手法だと対象にできる化学物質の数が限定されてしまいます。そこで、このKumarら(2021)はSimilarity Ensemble Approach(SEA)という手法を使って、化学物質のターゲットになる生体分子を予測しています。SEAを用いることでToxCastやComparative Toxicogenomics Databaseの4~5倍以上の化学物質を考慮することが出来ています。ターゲット分子を予測した後はPANTHERGene Ontologyのenrichment解析。

この論文自体は、zebrafishのqPCRで確認はしているものの、正直「やってみたよ」の領域を脱し切れていませんが、SEAという手法を知ることができたのは大きな収穫です。ググったら、SEAは化合物のBLAST版などと紹介されてました。創薬分野で主に使われているみたいです。

 

Lemieux GA, Keiser MJ, Sassano MF, Laggner C, Mayer F, Bainton RJ, ...  Ashrafi K, 2013, In silico molecular comparisons of C. elegans and mammalian pharmacology identify distinct targets that regulate feeding, PLoS Biol 11(11): e1001712.

これは環境分野の論文ではないですが、マウスやヒト以外にSEAの予測を適用している論文ということでチラ見。線虫C. elegansの摂餌行動に影響を及ぼす化学物質をSEAで予測し、実験的に検証しています。面白いのは、SEAで予測するときに、ほ乳類の生体分子をターゲットにしていること。

生態リスク・生態毒性に応用するなら、SEAで検索対象にするターゲットの生体分子をどこまで生物種特異的にするべきか(無脊椎動物への影響予測のためにほ乳類の生体分子を使えるかどうか)が鍵になりそうです。

 

 

 

ということで実際にSEAを使ってみました。

カリフォルニア大学サンフランシスコ校が運営しているHP(https://sea.bkslab.org/)に行き、興味のある化学物質のSMILESを打ち込むだけ。

SMILESはPubChemから取ってきました。

検索したのは ①ネオニコチノイド農薬の1種であるイミダクロプリド、②幼若ホルモン様作用を示す農薬であるピリプロキシフェン、③有機リン系農薬であるクロルピリホス、④その代謝物であるクロルピリホスオキソン。

 

まず①イミダクロプリドの結果。

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SEAのライブラリに昆虫の生体分子も含まれていたためか、ハエなどのニコチン性アセチルコリン受容体などがヒットしてます。しかしマウスのアセチルコリン受容体もヒットしていますね。昆虫などに選択毒性を示すネオニコチノイドですが、ほ乳類の生体分子情報もターゲット予測に使えそうなことが伺えます。

 

次に②ピリプロキシフェン。

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今度はTanimoto係数が全て0.5未満で、類似度の高い生体分子がヒットしませんでした。うーむ、なぜでしょう。SEAのライブラリが無脊椎動物(というか節足動物)の幼若ホルモンなどを含んでいないのか、それともピリプロキシフェンは代謝物が主に毒性を発現するのか(後述)…?

 

そして③クロルピリホス

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 またもやうまくヒットせず。しかし、クロルピリホスの毒性は主にその代謝物であるオキソン体によって生じるので、クロルピリホスオキソンを代わりに検索してみました。

 

最後に④クロルピリホスオキソン。

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 今度はヒットしました。(マウスの)アセチルコリンエステラーゼがヒットしたのも想定通りです。よく分からないのもヒットしてますが、この妥当性は不明。。

 

 

以上、ざっと試しに使ってみて生態毒性・生態リスクに使用する際には、

i) ターゲット生体分子にどの生物種の情報を使用するか

ii) 代謝活性化する化学物質の場合の考え方

あたりがポイントになりそうだと思いました。

SEAで検索対象にするライブラリはChEMBLから引っ張ってきているみたいですが、カスタム設定もできるみたい。よく分からなかったので、今回はやってませんが。。。もし任意の生物種のアミノ酸配列だけ用いてSEAや類似の推定が出来れば面白そう。

 

「幼児教育の経済学」感想

幼少期の教育に介入する社会政策によって、教育を受けた子供の学力・学歴は高くなり、生涯収入は増え、犯罪率は低下する。幼少期の教育への介入の効果は、生涯にわたって持続し経済的な利益を産むために、経済的な効率性が良い。思春期や成人を対象にした職業訓練プログラムなどの政策よりも、費用対効果が高いと考えられる。

なお幼少期の教育に介入した場合、子供のIQなど認知的能力は一時的に増加するが、その効果はすぐになくなってしまう。それでも生涯収入や犯罪率などの社会的成功への影響は持続することから、認知的能力だけでなく非認知的能力(=肉体的・精神的健康や根気強さ・注意深さ・意欲などの女湯動的性質)が教育によって向上したことが重要だと思われる。

 

要旨はだいたいこんな感じです。30ページくらいが上記のような内容を述べたHeckmanの文章で、その後各分野の専門家から数ページのコメントが続き、最後にHeckmanの回答7ページ。かなり薄い本で、すぐに読み終えられます。Heckmanの主張は主にペリー就学前プロジェクトとアベセダリアンプロジェクトの2つに拠っていて、短いPerspective論文がScience(DOI: 10.1126/science.1128898)にも出ています。

公共政策に関する本であって、我が子の教育のための何かを得るために親が読むような本ではありません。「非認知的スキルってどうやって鍛えるの?」という疑問も当然出てきますが、教育の具体的な方法論を述べている本でもないです。あと、幼少期の教育問題というより、実質は貧困問題かも。

 

Heckmanの主張の是非は詳しくないので正直よく分かりませんが、この本を読む限りはもっともらしく思えます。ヘッドスタート影響研究では介入の効果が見られなかったという反論に対する回答(=ヘッドスタートでは対照群でもある程度の教育が施されていた)も腑に落ちます。

しかし対コロナ政策を色々見てきた今、政策に反映されるかどうかはエビデンスの強固さ以外の要因の方が大きいなとしみじみ思います。エビデンスが全てに優先すべきとまで言うと学者の傲慢ですが、せめて合理的には政策が決定されて欲しいですね。

 

(2021.07.07追記)

非認知的能力い関するエビデンスの怪しさ、不十分さについて。

 

 

論文のメモ: 路面排水に曝露したギンザケに現れる症状

昨年末に出たScience論文の関連(→その時の自分のメモ)。

 

Blair SI, Barlow CH, McIntyre JK. 2021. Acute cerebrovascular effects in juvenile coho salmon exposed to roadway runoff. Canadian J Fish Aquat Sci 78(2): 103-109.

血液脳関門(BBB; Blood-Brain Barier)の破壊がメカニズムらしいです。BBBが破壊?されることで脳血管系から血漿が漏れ出てくるとか。既報で示されていたヘマトクリット値の増加などは必要条件ではなかったそうです。

BBB破壊とScienceで発見された6PPD quinoneとの関係はまだ不明。キノンはredox activeな物質だから云々と考察で述べられてますが、まぁまだまだメカニズムは不明っぽいです。このBBB破壊が、McIntyre et al.(2018, Environ Pollut)で報告されている種間差をどう説明できるのか気になります。

(追記2022.04.22)

生じている事象の順序が、まだよく分からない。要はメカニズムが分からないってことですが。この論文の書き方が悪いとかではなくて。この論文の観察事実は、

  • 血中の抗酸化力とチオール値は変わらず
  • 血中タンパク量はわずかに増加
  • 平均赤血球中ヘモグロビン濃度 MCHC は減少 (= THb/Hct)
  • 総ヘモグロビン濃度 THb は増加
  • ヘマトクリット Hct は増加
  • メトヘモグロビンはない(=ヘモグロビンの酸素運搬力は失われてない)
  • BBB破壊(=血漿流出)

という感じ。あとは行動に異常が生じている個体でもヘマトクリット値は大きく増加していなかったことから、ヘマトクリットよりもBBB破壊の方がマストではないかと論じてます。

(追記終わり)

 

 

 

Chow MI, Lundin JI, Mitchell CJ, Davis JW, Young G, Scholz NL, McIntyre JK. 2019. An urban stormwater runoff mortality syndrome in juvenile coho salmon. Aquatic Toxicol 214: 105231.

行動への影響の出方をStage 1~ Stage 6に分類。水表面を泳ぐようになり、平衡を失い、底に沈み、モリバンド(瀕死)。詳しくは読んでませんが、やってる内容はMcIntyre et al.(2018, Environ Pollut)とほとんど同じ。

 

 

 

論文のメモ: ヨコエビの底質毒性試験における餌の影響

Harkey GA, Driscoll SK, Landrum PF, 1997, Effect of feeding in 30‐day bioaccumulation assays using Hyalella azteca in fluoranthene‐dosed sediment. Environ Toxicol Chem 16(4), 762-769.

このグループの論文、いっぱいあってどれに何が書いてあったか忘れてしまうのでメモ。PAHsの1種フルオランテンの蓄積試験で、餌(YCT)の有無による影響を調べた論文。餌を与えた方が蓄積は増加したそうです。

論文の本筋ではないけれど、底質の表層2~5 mm"fliocculante layer"をピペットで採取して、底質のソコ(ビーカーの底; 深いところ)のフルオランテン濃度と比較してますが、この結果が不思議です。表層の方がソコよりも4倍くらい濃度が高い。汚染されていない水を添加しているため、表層の方が汚染物質が抜けているはずなのにどういうこと?餌がない場合でも同じ結果なので、餌のせいで分配挙動が異なっているわけでもないようですし。経時的に見て表層の濃度は徐々に下がっていき、ソコの濃度は安定、というのは納得できますが。。。

 

論文のメモ: 溶存有機物によるピレンのオオミジンコへの取り込み量増加

 

Lin H, Xia X, Jiang X, Bi S, Wang H, Zhai Y, Wen W, Guo X, 2018, Bioavailability of pyrene associated with different types of protein compounds: Direct evidence for its uptake by Daphnia magna. Environ Sci Technol 52(17): 9851-9860.

面白い。PAHsの1種であるピレンと、分子量の異なるタンパク質を同時にオオミジンコD. magnaに曝露し、体内への移行と毒性を調べた論文。ちゃんとpassive dosingでフリー態濃度を一定にしているのが地味に肝。

分子量2000 Daのトリプトンは消化管内の細胞膜を通過するので、トリプトンと同時にピレンも体内に吸収されるが、より分子量の大きいBSAとフィコシアニンは細胞膜を通過しないためそれらのタンパク質が分解されたものと同時に吸収されるか、それらのタンパク質から脱着したピレンが吸収されるかしかない。

この話自体はJagerの論文で想定している話と大体同じ。Jagerのkinetic modelと合わせて考えると、どの経路の寄与が大きいのかを考慮することができてより面白くなりそう。

さらっと書いている次の文もなかなか大事。"It should be noted that because both the uptake and elimination rates of HOCs in organisms in natural waters might be elevated by the DOM- promoted diffusive mass effect simultaneously, the steady-state concentration of pyrene accumulated in D. magna might state concentration of pyrene accumulated in D. magna might not be affected by the DOM-promoted diffusive mass effect."試験期間を長くしたら、平衡に達してこの論文で議論されている差はなくなってしまうかもしれない訳ですね。でももしかしたら平衡濃度を変えてしまう可能性もあるわけで(本当に排出速度も増加するかはわからないため)…そのあたりは実験しないと分からない?

 

 

 

 ↑の兄弟的な論文。自然河川のDOMを分子量分画して同様の検討を行ってます。

Lin H, Xia X, Bi S, Jiang X, Wang H, Zhai Y, Wen W, 2018, Quantifying bioavailability of pyrene associated with dissolved organic matter of various molecular weights to Daphnia magna, Environ Sci Technol 52(2): 644-653.

 

 

論文のメモ: 平衡分配法EqPと曝露経路

 

Jager T, 2004, Modeling ingestion as an exposure route for organic chemicals in earthworms (Oligochaeta), Ecotoxicol Environ Safety 57(1): 30-38.

General Unified Threshold model of Survival (GUTS) のJagerさんの論文。この論文以外にも昔はミミズの試験をかなりやっていた様子。

土壌や底質のリスク評価で用いられている平衡分配法(Equilibrium Partitioning, EqP)は水由来の曝露のみを対象にしており摂餌曝露を考慮していない、という批判に対する反論。HCB(log Kow 5.7)を対象物質として、土壌・ミミズ組織・消化管という3相からなるkinetic modelを構築しています。

摂餌曝露であっても消化管から体内への移行はpassiveなので、EqPの前提を逸脱するわけではない、というのが骨子。EqPによる毒性(蓄積)予測を上回るのは、濃縮が生じる場合、すなわち有害物質を含んだ食物が消化されて有害物質を吸着できなくなるような場合、です。

モデリングの結果、摂餌由来の蓄積への寄与の方が水由来の寄与よりも大きかったにもかかわらず、蓄積の実測値はEqPによる予測から大きく離れていなかった(差は< 50%)そうです。

 

この論文、平衡分配法を論じているECHAの文書(ECHA 2008, Chapter R10)にもちゃんと引用されてますが、正直その解釈がよく分からない。。

論文のメモ: 環境RNA(eRNA)のあれこれ

某オンラインセミナーで紹介されていた論文たち。

河川や海、陸域における生物種の在、不在や生物量を推測するための環境DNA(eDNA)。環境DNAは、既に死んでいる生物からも検出されるため、本当はその対象地域に生息していない魚種なのに漁港や家庭排水のために検出されてしまうこともあるそうです。PCRで増幅する断片の長さを短くするなどの工夫はありますが、もっと生物の活性を反映した手法はないのか、ということで環境RNAに注目が集まっています。

早稲田で生態学会が開かれていた時(なので2017年)くらいに、環境RNAを毒性試験における非破壊的なモニタリングに使えないかなとぼんやり妄想してましたが、まだそういう応用例はほとんどないようです。

応用できたとしても、やはりネックは検出力でしょうか。流水式の魚類では問題ないかもですが、小型の甲殻類などの毒性試験では水は数Lも回収できないですからね。

 

 

Cristescu ME, 2019, Can environmental RNA revolutionize biodiversity science?, Trends Ecol Evol 34(8): 694-697.

2019年の総説、というか軽い読み物。「RNAは素早く分解してしまうから使えないのでは?」という懸念に反し、RNAは意外と分解しないっぽいよ、と述べてます。

環境RNAがどのような形態で存在しているのか、という議論は面白い。細胞に入っているのか、Extracellular vesicles (EV, 細胞外小胞) に入っているのか、カプシドに守られてるのか、それともfreeなのか。まだ知見は全然ないそうですが、ちょろっと書いてある生物体内でのmRNA輸送と絡めて考えると発展の余地が多くて面白そうです。

 

Wood SA, Biessy L, Latchford JL, Zaiko A, von Ammon U, Audrezet F, Cristescu ME,  Pochon X, 2020, Release and degradation of environmental DNA and RNA in a marine system, Sci Total Environ 704: 135314.

海産の多毛類とホヤでeDNAとeRNA(ともにミトコンドリアCOI)の分解速度を室内実験で調べた研究。水だけでなくバイオフィルムも調べてます。絶対量はeDNAの方が多いけど、分解速度はeRNAと大差なかったという結果。

水中では検出されなくなったときに、バイオフィルムでは検出されたのは面白い!毒性試験への応用はこっちのほうが現実的かも?時間的にある程度平均化された値を示しそうですし。

 

 

Tsuri K, Ikeda S, Hirohara T, Shimada Y, Minamoto T, Yamanaka H, 2020, Messenger RNA typing of environmental RNA (eRNA): A case study on zebrafish tank water with perspectives for the future development of eRNA analysis on aquatic vertebrates, Environmental DNA.

ゼブラフィッシュの組織特異的に発現する遺伝子に着目し、環境RNAがどの組織(鰓、腸管、表皮)から放出されたのかを追求した論文。ゼブラのSkinやmuscleで発現していない遺伝子でも水中の環境RNAとしては検出されています。

 

 (追記 2021.02.02)

Liu M, Sun Y, Tang L, Hu C, Sun B, Huang Z, Chen L, 2021, Fingerprinting fecal DNA and mRNA as a non-invasive strategy to assess the impact of polychlorinated biphenyl 126 exposure on zebrafish, J Environ Sci 106: 15-25.

ゼブラフィッシュをPCBに曝露して、糞のDNAとmRNAを調べた論文。DNAのエンリッチメント解析もやってmRNAより差がない、と述べてますが当たり前では…?むしろなぜDNAで差が出てしまうのでしょうか。単純に誤差?細菌メタゲノムなのか。

 

論文のメモ: ギンザケの死亡を引き起こすタイヤ由来の化学物質が同定される

悔しい気持ちはあるけど、それ以上に妄想が広がって楽しい。ただ悔しい気持ちが少ないのは、今はもうこの界隈から手を引きかけていたからかも。

 

Tian Z, Zhao H, Peter KT, Gonzalez M, Wetzel J, Wu C, ...  McIntyre JK, Kolodziej EP, 2020, A ubiquitous tire rubber–derived chemical induces acute mortality in coho salmon. Science.

路面排水を受ける河川におけるギンザケの死亡(→この記事参照)。  2000年代からアメリカ西部で確認されていて、2010年代に色々と論文が出ていました。

どうやらタイヤ由来の物質が怪しいというところまでは近年の検討から分かっていましたが、なかなか原因物質までは辿り着けていませんでした。「原因物質を同定するまでには数年はかかるかも(Spromberg et al., 2016 JAE)」なんて言われていましたが、今回、ついにギンザケ死亡の原因物質が同定されました。Science!

原因物質は6PPD-quinone(2-anilino-5-[(4-methylpentan-2-yl)amino]cyclohexa-2,5-diene-1,4-dione; CAS不明, PubChemにページあり ID:154926030)。タイヤの酸化防止剤である6PPD(CAS:793-24-8)が酸化によって変化したもの。6PPDはタイヤの0.4~2%w/wを占めている成分で、その用途から考えて6PPD-quinoneが普遍的に路面環境中に存在するのは、ある意味当然と言えるでしょう。

やっている内容は結構地道で、TIE&EDAな分画と曝露試験、化学分析の繰り返し。面白かったのは、6PPD-quinone(=C18H22N2O2)がデータベースや文献に存在しない"true unknown"な物質だったこと。ならば、環境中で変化した物質だろうと推測してタイヤに含まれる物質でC18HxNxOxな物質がないか探したところ、6PPDにヒットして、6PPDをオゾン酸化したら見事それっぽい物質ができた、そうです。この辺りのストーリー語りはScienceとかNatureの論文形式ならでは。興奮が伝わってきます。

親物質である6PPDの24時間半致死濃度(LC50)は251 μg/Lである一方(設定濃度ベース)、6PPD-quinoneの24h LC50は1.46 μg/L(設定濃度ベース? 実測だと0.79 μg/L?)。

 

論文でも書かれている注意事項は、①6PPD-quinone以外の物質による毒性への寄与は否定していない、②6PPD-quinoneの定量はsurrogateを用いない絶対検量で行われているため特に環境試料の定量結果には改善の余地があるかもしれない、③毒性試験中の6PPD-quinoneや6PPDの安定性はよく分からない(logKowはそれぞれ5~5.5, 5.6なので吸着などによるロスは大きいはず)、ことなど。

個人的に気になったのは今回のScienceではjuvenileの鮭を用いているけれど、2011年のPlos One論文では「adultでは影響がみられたけどjuvenileでは見られなかった」という報告があること。成長段階の違いや種の感受性の違いを考慮すると、6PPD-quinoneの影響はこの論文で議論されているよりもっと大きいかもしれない?

また、現在使われている多くのタイヤに含まれているなら、代替物質が出て来たとしても当分6PPDおよび6PPD-quinoneによる影響は残るはず。現場環境での影響低減策が求められますね。

 

なお第一著者のZhenyu TianさんとJenifer McIntyreさんのインタビューなどを含む動画はここ

 

 

Moldovan Z et al., 2018, Environmental exposure of anthropogenic micropollutants in the Prut River at the Romanian-Moldavian border: a snapshot in the lower Danube river basin, Environ Sci Pollution Res 25(31): 31040-31050.

ドナウ川支流のプルート川における、親物質である6PPDの検出報告例。平均37 ng/Lで、最大140 ng/L。

 

 

Prosser RS et al., 2017, Toxicity of sediment‐associated substituted phenylamine antioxidants on the early life stages of Pimephales promelas and a characterization of effects on freshwater organisms, Environ Toxicol Chem 36(10): 2730-2738.

親物質である6PPDの毒性試験例。論文中ではDPPDAと称されています。このグループは他の生物種でもフェニルアミン類の試験をいくつか行っていて、2017年にいっぱい論文が出ています。

この2017年のET&Cの論文ではそれらの試験結果をまとめた種の感受性分布(SSD)が示されていて(Fig1およびTable S14)、急性影響に限るなら、魚類+無脊椎動物に対する6PPDのEC50はざっくり100~数百 μg/Lの範囲。上のScience論文ともおおむね一致します。

 

2020年よく聴いた曲

SpotifyがYour Top Songs 2020なるリストを出してくれてました。

 

Top 1~15がこれ。

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Slyが1位とは。。本当に2020年のリストでしょうか、これは。

今年上半期に謎のSly&The Family Stone再評価の波が(自分の中で)来てたのでした。確かにThank Youは聴きまくったかも。

NORIKIYOはそんなに積極的に聴いてた覚えないけど、適当なシャッフルの中によく入っていたのかな。Elle Teresaはこの1ヶ月かなりヘビロテ。多分ゆるふわギャング繋がりで、ゆるふわ自身も相変わらずよく聴いてました。

 

Spotifyは通勤中にしか使わないので、在宅勤務をしていた今年はそもそもの分母が少ないのかも。だから数回聴いただけでもTopに入ってくる偏った(2020年の個人的な音楽鑑賞実態を反映していない)リストになってる可能性。。すごい狭いアーティストしか入ってないし。

 

以下Top15~45。

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カメレオン・ライム・ウーピーパイ、最近のお気に入り。気だるさと若干の棘のあるオルタナロック感。ちょっとChibo Matto的な。

Top 44のKID FRESINOの曲も良かった。FRESINOって客演活かすの上手い。

論文のメモ: 土壌汚染の生態リスク評価 ~平衡分配や有機物含量による標準化など~

土壌汚染の生態リスク評価について。

底質のリスク評価では、間隙水と底質と生物の3相で化学物質の平衡状態を仮定する平衡分配理論(Equilibrium Partitioning Theory; EqP)を割と良い感じで使えて、非イオン性の有機物については、間隙水のフリー溶存態で毒性影響や生物蓄積がざっくりと説明できそう、という現状です(細かいことを言い出すと色々違うとなりそうですが、ざっくりと言うと)。

同じような考え方が、土壌の生態リスク評価に適用できるのか。つまり間隙水のフリー濃度を指標にしておおむね説明できてしまうのか、単純に気になって、いくつか文献を見てみました。

  

Redman AD, Parkerton TF, Paumen ML, McGrath JA, den Haan K, Di Toro DM, 2014, Extension and validation of the target lipid model for deriving predicted no‐effect concentrations for soils and sediments, Environ Toxicol Chem 33(12): 2679-2687.

この論文については、以前もブログに書きました。土壌も底質もEqPを適用できる対象として特に区別なく扱われています。  

 

van Beelen P, Verbruggen EM, Peijnenburg WJ, 2003, The evaluation of the equilibrium partitioning method using sensitivity distributions of species in water and soil, Chemosphere 52(7): 1153-1162.

水生生物を用いた毒性試験データ(ug/L)にEqPを適用して土壌の毒性値に換算したものと、土壌を用いた毒性試験のデータ(ug/g)とを比較した論文。比較は、種の感受性分布(SSD)をかいた時のHC5(Hazardous Concentration 5%)などで行なっています。HC5が100倍以上異なる物質もあるという結果。この差は分配係数の不確実性によるところもあれば、SSDの生物種の構成によるところもあるそうです。

あまり丁寧に読んでませんが、金属も含めている点や有機物含有量の標準化の方法など、良く分からないもあり。

 

2021.02.02 追記

Golsteijn L, van Zelm R, Hendriks AJ, Huijbregts MA, 2013, Statistical uncertainty in hazardous terrestrial concentrations estimated with aquatic ecotoxicity data, Chemosphere 93(2): 366-372.

上のBeelenら(2003)とほとんど同じ。土壌と水試験の結果をEqPでつないだもの。突っ込みどころも多いですが、Kocの不確実性をQSAR予測値の誤差?で議論しているのは面白い。

追記終わり

 

Frampton GK, Jänsch S, Scott‐Fordsmand JJ, Römbke J, Van den Brink PJ, 2006, Effects of pesticides on soil invertebrates in laboratory studies: a review and analysis using species sensitivity distributions, Environ Toxicol Chem 25(9): 2480-2489.

土壌の毒性試験データで種の感受性分布(SSD)を推定したという論文。パラチオン、クロルピリホス、λ-シハロトリンなど11物質を対象。

試験標準種であるミミズだけでリスク評価するのは危険だよ、というのが論文の主眼ですが、土壌中濃度を有機物含量で補正していない点が少し気になりました(全てbulkの濃度で評価している)。平行分配法理論に従うなら、有機物含量で補正したいところ。

 

 

Gainer A, Bresee K, Hogan N, Siciliano SD, 2019, Advancing soil ecological risk assessments for petroleum hydrocarbon contaminated soils in Canada: Persistence, organic carbon normalization and relevance of species assemblages, Sci Total Environ 668: 400-410.

あまりちゃんと読んでませんが、土壌でも底質と同じように有機物含量で補正すると毒性値のばらつきが小さくなることが述べられています。