備忘録 a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

論文のメモ: 尿に含まれるRNA

尿のにおいから、線虫にがんを診断してもらう検査があります。

その臨床における有効性はよく知りませんが、尿にいろいろな成分が含まれることは確かで、尿には数十~数百nmサイズのexosomeがあり、そこにmiRNAやmRNAが含まれているという研究は数多くあるようです。それらRNAを測定することで、がんなどの診断を非侵襲的に行おうという試みも多数あります。

 

この話に興味をもったのは、環境RNAです。

水生生物の周りの水に多様な種類のRNAが含まれているということが近年明らかになってきていて(例えばTsuri et al., 2020, Environ DNA)、そのRNA(=環境RNA)を調べることで生物の生理状態を評価できるのではないか、という期待が膨らんできています。

しかしそのRNAは生物体内のどこ起源なのでしょうか。例えばこの記事でも触れたCristescu (2019, Trends Ecol Evol)はextracellular vesicles(EVs, 上に書いたexosomeもEVsの1種)にRNAが含まれていて、それが体外に出ることはあると述べています。

 

ということで、ヒトの尿にどのようなRNAが含まれていて、それらの起源はどの組織・器官なのかに関する文献を読んでみました。これらの知見は環境RNA(の基礎研究)にも応用できるはず。なお論文はperplexity AIに教えてもらいました。

 

 

Zhu Q, Cheng L, Deng C, Huang L, Li J, Wang Y, Li M, Yang Q, Dong X, Su J, Lee LP, and Liu F, 2021, The genetic source tracking of human urinary exosomes. Proceedings of the National Academy of Sciences, 118 (43), e2108876118.

ヒトの尿のexosomeをRNA-Seqして、その由来を解析しています。由来の解析はsingle-cell RNA-SeqのデータとCIBERSORTというツールを使用したそうです。CIBERSORTはバルクのRNA-Seqデータから組織や細胞別のプロファイルをdeconvolutionするために使用されるっぽい。Deconvolutionって質量分析では最近よく聞きますがRNA-Seqでも似たようなことがされてるんですね。ちなみにQiagenのmiRNeasy Miniを使って抽出し、rRNA除去の後、SMARTでライブラリ作製し、HiSeqでシーケンス。

尿exosomeのRNAは膀胱bladderの割合がダントツに高く、次いで肺lung、大腸colon、脳、甲状腺thyroid、副腎adrenal glandの順でした。腎臓は意外と少ない。細胞の種類ごとに見ると多い順から、内皮細胞endothelial cell、basal cell、単球monocyte、樹状細胞dendritic cell、proximal tubule progenitor、B cell、pancreas exocrine cell。単球や樹状細胞、B細胞のような免疫関連が割と含まれています。

この論文の本題であるがんに関係する話はあまり読んでません。

 

論文のメモ: ナノポアシーケンサーを用いたTargeted RNA-Seq

Oxford Nanopore Technology社のシーケンサー。ナノサイズのポアにDNA・RNAを通して、その際の電流の変化から塩基配列を読み取ります。

ポアを通している途中で興味のある配列(群)でなければ、そのDNA・RNAを吐き出して、無駄な配列を読まないようにする「adaptive sampling」もできるという話があります。

興味のある配列だけを読む場合、通常のシーケンサーならばPCRするとか対象外の配列を除外する等の前処理を行いますが、その前処理が不要ならばとても嬉しいですね。Read UntilというAPIを使って実行するとのこと。Nanopore Communityから入手できます。

Nanopore CommunityのDocumentationからadaptive samplingのページを見ると、adaptive samplingには50 fmol(フェムトモル, 10^-15 mol)のDNAがあれば十分でそれ以上あっても得られるデータ量はあまり増えないらしいです。読みたい配列は、(ゲノム配列と)bedファイルを指定すれば良いようです。 ただbedファイルがなければ、entire FASTA/minimap2 indexも使用できると書いています。

 

今回はこのadaptive samplingをRNAに適用した論文をまとめ。

 

Naarmann-de Vries IS, Gjerga E, Gandor CL, Dieterich C, 2022, Adaptive Sampling as tool for Nanopore direct RNA-sequencing, bioRxiv 2022-10.

2022年の10月にbioRxivにポスト。in vitro転写合成(IVT)した配列を用いて通常のダイレクトRNAシーケンスとadaptive samplingを比較したり、ヒトとマウスのサンプルを用いて、通常ならシーケンスの30~40%を占めるミトコンドリア由来のRNAを除去できるか検討したり。興味のない配列を除外するDepletion modeと、興味ある配列だけ取り込むEnrichment modeがあるそうですが、depletion modeの方が効率が良いそう。この辺の機構は良く分かりません。

Adaptive samplingの手法はあまり詳しく書いていない、というかONTのマニュアル通りにやれるからそもそもこんなものでOKなのかも?これまたよく分かりません。ライブラリはdirect RNA sequencing kit(SQK-RNA002)で調製。

(追記 2023.09.15)

"RNA"という雑誌に公開されてました。DOI: 10.1261/rna.079727.123

(追記終わり)

 

Sneddon A, Ravindran A, Hein N, Shirokikh NE, Eyras E, 2022, Real-time biochemical-free targeted sequencing of RNA species with RISER. bioRxiv, 2022-11.

2022年の11月にbioRxivにポスト。Read Untilでadaptive samplingするためにはリアルタイムで電流データを配列データに変換しなければならない(=basecalling)ので、コンピュータのリソースが必要。そこで、RISERというソフトを開発して、リアルタイムのベースコールを行わずにRNAの種類(coding or non-coding RNA)ごとにadaptive samplingできるようにしたという話。GitHubにRISERのコードが公開されています。

ONTでは3末端からシーケンスされるため、poly Aを識別してadaptive samplingしている様子。なのでreferenceも必要ないっぽいです。だとすると3末端が切れている分解RNAに適用するのは微妙かも。

 

Wan Y, Yang L, ..., Cheng A, 2023, Direct RNA sequencing coupled with adaptive sampling enriches RNAs of interest in the transcriptome. Research Square.

2023年2月28日にResearch Squareにポスト。6月7日現在、Nature系の雑誌で査読中。ONTの人も著者に入っています。

カンジダ症の原因である真菌Candida albicansRNAににadaptive samplingを適用。この論文でもdepletion modeとenrichment modeのどちらも検討しています。また、アノテーションされている転写産物を除外して、新しい転写産物を発見するという何とも活かした使い方をしています。

しかしcoding RNAの中から特定のものを読みたい/除外したい場合は、いくらかpoly A tailを読んでから判断することになるため、(短いRNAには)adaptive samplingの効果が少なくとも現時点では限られてしまうかも、とのこと。

自分がadaptive samplingを使う場合はこの論文が一番参考になりそう。

 

「相分離生物学の冒険」感想

つくばエクスプレスの線路破断のため3時間ほどつくば駅周辺に留まることになり、本屋に寄った際に購入。冒頭の息子さんの食物アレルギーのくだりでもう心を掴まれて購入決定しました。

 

相分離生物学(Phasing biology)は、タンバク質や遺伝子などの生物の個々の構成要素(分子)だけに着目するのではなく、さらに構成要素の形状や立体構造だけに着目するのではなく、分子間の相互作用に着目する生物学であると言います。

たんぱく質やDNAのような分子は細胞内に存在しているだけでは上手く反応しないことがあります。分子同士が液滴(droplet)を形成して、近接することで初めて素早く反応が進みます。液滴は、極性の異なる水と油のような液体の間にも、電荷をもった高分子間でも形成されます。このように液体と液体が相分離する現象に着目するのが相分離生物学ということです。

正直それも分子生物学の一分野なのでは、と思わないこともないですが、これまでの分子生物学(あるいは構造生物学)で取り上げられてこなかった現象が、実は生命にとって鍵となっているという主張は納得感のあるものでした。各章では多様な生命に関するトピックを相分離生物学に絡めて語っており、それぞれ独立して読めるようになっていて面白かったです。個人的に印象深かったものを以下に箇条書き。

 

HSPヒートショックプロテイン)はタンパク質の凝集を防ぐシャペロン。シャペロンがあればタンパク質の突然変異が許容され、機能しないタンパク質でも保持されて、それが表現型に反映されずに生きられる(隠蔽変異)。HSPのようなシャペロンが機能しなくなったとき、シャペロンによって緩衝されていた変異が表現型として現れ、集団に多様な表現型が一気に放出される。例えばRutherford & Lindquist(1998)。[第4章]

・遺伝子の発現を促す特定のDNA領域エンハンサー。核の中には転写因子やコアクチベーターがたくさん集まっている領域があり、スーパーエンハンサーと呼ぶ。実はスーパーエンハンサーもドロップレットであり、転写因子やコアクチベーターはそもそもドロップレットを形成しやすい性質を持ち、それらと相互作用しやすいDNA領域がエンハンサーとなっているという。[第11章]

抗がん剤のシスプラチンが上記のスーパーエンハンサーに濃縮していたという話も面白い。

・クレイグベンターの人工生命の話。遺伝子の機能が結局よくわからないまま人工生命を作り出せた。[第12章]

RNAのドロップレットができていることで、温度などの環境の変化に予防的・鋭敏に応答できる。RNAはタンパク質配列だけでなく、相分離性までコードしている![第13章]

 

 

オルソログを教えてくれるRパッケージorthogene

異なる生物種間のオルソログを検索して紐づけてくれるRパッケージです。GitHubページはここ

使いやすくて非常に助かりました。1.5年前からBioconductorにあるみたいですが、5年くらい前にあればめちゃめちゃ使ってましたね…、

マニュアルに大抵のことは書いていますが、少しメモ。

 

 

例えば、1,637個のzebrafishの遺伝子を、メダカのオルソログに変換したい場合。

gene_medaka <- convert_orthologs(gene_df = gene_zebra,
                  gene_input = "Ensembl.Gene.ID", 
                  gene_output = "dict", 
                  input_species = "drerio",
                  output_species = "olatipes",    # medakaのこと
                  non121_strategy = "drop_both_species",
                  method="gprofiler") 

# gene_zebraはdata.frameで、"Ensembl.Gene.ID"の列にzebrafishのEnsemblのGene IDが16,37個入っている

返ってくるgene_medakaは以下。gene_outputオプションでdictを選択したため、ベクター形式で返ってきます。

head(gene_medaka)
  ENSDARG00000055504   ENSDARG00000068493   ENSDARG00000068493   ENSDARG00000069105   ENSDARG00000021838   ENSDARG00000061255 
"ENSORLG00000023573" "ENSORLG00000001225" "ENSORLG00000001238"              "fgfr4"              "rps23"             "dusp3a" 

gene_outputオプションでcolnamesを選択すると、dplyrのmutateのようにortholog_geneという新しい列にメダカのGene nameを入れて返してくれます。

返ってくるオルソログは通称名なので、Ensembl Gene IDなどに変換したければ、map_genes関数を使用します。

 

 

convert_orthologs関数のnon121_strategyオプションが微妙に迷うところ。公式のコピペは以下。

  1. "drop_both_species" : Drop genes that have duplicate mappings in either the input_species or output_species, (DEFAULT).
  2. "drop_input_species" : Only drop genes that have duplicate mappings in input_species.
  3. "drop_output_species" : Only drop genes that have duplicate mappings in the output_species.
  4. "keep_both_species" : Keep all genes regardless of whether they have duplicate mappings in either species.
  5. "keep_popular" : Return only the most “popular” interspecies ortholog mappings. This procedure tends to yield a greater number of returned genes but at the cost of many of them not being true biological 1:1 orthologs.

なおゼブラフィッシュとメダカの例では、1,637個のゼブラ遺伝子はそれぞれのオプションで (1) 1,254個、(2) 1,270個、(3)1,341個、 (4)1,400個、(5) 1,334個のメダカ遺伝子になりました。目的によって使い分ける感じでしょうか。

論文のメモ: ミトコンドリアのSwelling assay

ミトコンドリアの機能の研究方法についてお勉強。酸素消費速度(OCR)とか膜電位とか。

その中でMitochondrial swelling assayというのがあり、少しメモ。Swellingとは膨潤と訳されることが多く、例えばミトコンドリアの膜透過性遷移孔(mPTP)が開く際など、ミトコンドリアは膨潤し膜電位が低下する。最終的にネクローシスにつながるかもしれない。膨潤自体が機能障害という感じでもないようですが、540 nmの吸光度で簡単に測定できることもあってか、広く調べられています。

 

mitochondria swelling assayは原理が分かっていない? | 真の心は平和にあり

こういうブログ記事もあり、確かにswelling assayをしている論文をいくつか読んでも特に原理が書いていませんでしたが、下に引用する論文で言及されているのを見つけたのでメモ。

 

Li W, Zhang C, Sun X, 2018, Mitochondrial Ca2+ retention capacity assay and Ca2+-triggered mitochondrial swelling assay, J Visualized Experiments 135:  56236.

Swelling assayとCa retention capacity(CRC)assayの手法の紹介論文。Swelling assayではリン酸、カリウム、リンゴ酸、グルタミン酸(もしくはこれら2物質の代わりにコハク酸)、ロテノンを含むバッファーで540 nmの経時変化を見る。

原理について下のような一文がありました。引用されているAllmanら(1990)はちゃんと読んでませんが、ミトコンドリアではなく細胞のサイズと吸光度に関する論文のようです。

Mitochondria volume can be directly determined by forward angle light scattering (Allman et al., 1990, Cytometry), where decreases in the absorbance reflect passive swelling of the mitochondrial matrix.

要はオルガネラや細胞のサイズと散乱光強度の関係を見ているということみたいですが、やっぱり特異的な検出ではないので、微妙な手法だと言われればその通りかも。でも簡単で伝統的にやられているから今でもよく使われているという感じでしょうか。

 

 

Menze MA, Hutchinson K, Laborde SM, Hand SC, 2005, Mitochondrial permeability transition in the crustacean Artemia franciscana: absence of a calcium-regulated pore in the face of profound calcium storage, American Journal of Physiology-Regulatory, Integrative and Comparative Physiology 289(1): R68-R76.

Swelling assayについて色々眺めてて見つけた論文。貧酸素に耐性のあるアルテミアでは、カルシウムを1 mMまで与えてもswelling(=A540の低下)もCaの取り込みの限界も見られなかった、つまりミトコンドリア膜透過性遷移(mPT)は生じなかったそうです。

この論文でも、540 nmが減少するはミトコンドリアのボリュームの指標だと書いています。さらにCaを与えたときに哺乳類とは異なり540 nmが増加していますが、それはミトコンドリアのボリュームが減少しているのではなくてリンとカルシウムの錯体が形成されて、マトリックスのrefractive indexを増加させているからだとも書いています。

 

Sekine S, Kimura T, Motoyama M, Shitara Y, Wakazono H, Oida H, Horie T, 2013, The role of cyclophilin D in interspecies differences in susceptibility to hepatotoxic drug-induced mitochondrial injury, Biochemical Pharmacology 86(10): 1507-1514.

ある薬剤Aの肝毒性についての論文。肝毒性はミトコンドリアの機能障害が関与しているため、膜電位と膜透過性遷移(=swelling assay)を調べています。マウスの肝臓ミトコンドリアは薬剤Aに対して膜電位・透過性遷移の感受性が、ラット、カニクイザルに比べ2~4倍くらい低かったが、この差にはmPTPの構成分子であるシクロフィリンDが関連していそうとのことです。

 

(追記2023.03.30)

Paul MK, Rajinder K, Mukhopadhyay AK, 2008, Characterization of rat liver mitochondrial permeability transition pore by using mitochondrial swelling assay, Afr J Pharm Pharmacol 2(2), 14-21.

Swollenなミトコンドリア電子顕微鏡TEM画像あり。内膜と外膜が離れて、クリステが消失しています。

 

 

第57回日本水環境学会年会@愛媛大学

表記の学会に参加してきました。3/15~3/17の3日間の学会ですが、2日目の午後から最後までの参加。

環境学会年会は2019年以来の対面開催でした。私の専門とドンピシャの学会という感じではないですが、出身学科の同窓会的な側面もあり、久しぶりに会えた人も多くて楽しめました。

 

マイクロプラスチック(MP)関係はやはり盛況で、最終日に3つセッションがありました。ナノスケールのプラスチックの検出(3-B-09-1、3-B-10-4)や、生態毒性試験への使用を見据えて人工的にマイクロプラスチックを劣化させる話、MPのサイズと重量の関係(3-B-09-3)、海表面マイクロ層(Sea surface microlayer)にMPが濃縮している話(3-B-10-1)など面白かったです。サイズと重量の関係については、ウルトラミクロ天びんを使って個々のMPの重量を量ることで、2次元の画像から体積と重量を推定している既存の研究が重量を1桁過大評価している可能性を指摘していました。ウルトラミクロ天びんを早速ググってみましたが、100万円は超えそうで遊びでは買えないですね。

鈴木聡先生の薬剤耐性菌に関する基調講演も面白かったです。共存する金属や有機物で水平伝播が促進されるとか(Suzuki et al., 2012など)、原生生物に取り込まれた後も機能が完全に失われるわけではないとか(ここはあまり深堀りされなかったのでもう少し聞きたかった)。前者はマイクロプラスチック問題とも関連していて、水環境学会的にも興味ある人が多いのではないでしょうか。

 

論文のメモ: 近年の生態毒性分野でのトランスクリプトーム解析

3歳半になった娘と暮らしていると、クレヨンしんちゃん(原作。アニメはほとんど知らない。)は、育児マンガだったんだなと良く思います。昔読んだクレしんの場面が頻繁に脳内再生されます。

 

生態毒性な分野でのRNA-Seq解析の使われ方について。何か特定の物質の毒性メカニズムを探るため、という使われ方以外での話。どうもPOD(Point-of-Departure; 下記参照)の推定という文脈が多い気がします。例えば長期のin vivoでの毒性値の代替として、in vitroや短期in vivoRNA-Seqで得たPODが使用できるかどうか、という文脈です。

 

 

Johnson KJ, Auerbach SS, Stevens T, Barton-Maclaren TS, Costa E, Currie RA, ...  Pettit S, 2022, A transformative vision for an omics-based regulatory chemical testing paradigm, Toxicol Sci 190(2): 127-132.

「21世紀の毒性学」の流れを踏まえて、トランスクリプトームの活用法を概観したミニレビュー的な論文。ヒト健康・生態リスクどちらも射程に入っています。
トランスクリプトーム解析でのPODは、in vivo毒性値とざっくり一致しているとのことです。"Retrospectively evaluating available datasets has demonstrated good concordance (typically within 10-fold) between transcriptomic PODs derived from in vivo short term-studies and those established by longer term, apical endpoint focused guideline toxicity studies."

短期の毒性試験のPODが、慢性・長期の毒性値を予測できるか(Principle 3)については、まだエビデンスが蓄積しているわけではなさそうです。

 

Ewald JD, Basu N, Crump D, Boulanger E, Head J, 2022, Characterizing Variability and Uncertainty Associated with Transcriptomic Dose–Response Modeling. Environ Sci Technol 56(22): 15960-15968.

EcoToxChipの開発などを行うカナダのグループ。ウズラの卵に11濃度区のクロルピリホスを曝露し、肝臓のRNA-Seq。各濃度n=5。この大規模なデータセットをサブサンプリングして、tPOD(transcriptomic Point-of-Departure; 各遺伝子について濃度-反応曲線を描いてNOEC的な濃度BMDを求めて全遺伝子でまとめたもの)がどのように変わるかを調べています。濃度-反応曲線は8つのモデルをFastBMDというWeb上のツールでフィッティングしてます。このFastBMDも同じ著者たちが開発したツールです。

その結果、連数より濃度範囲・比が重要とのことです。また、pathwayベースのtPODの方が、geneベースの(つまり単に統計的な)tPODよりも安定している、というのは納得いくし面白い結果。低濃度ほど、その物質・毒性メカニズム特有の応答が見られる、という説は検証されなかった、とも述べています。

 

Alcaraz AJG, Mikulasek K, Potesil D, Park B, Shekh K, Ewald J, ..., Basu N, Hecker M, 2021, Assessing the toxicity of 17α-ethinylestradiol in rainbow trout using a 4-day transcriptomics benchmark dose (BMD) embryo assay, Environmen Sci Technol 55(15): 10608-10618.

同じくカナダのグループから。詳しくは読んでませんが、ニジマスの96-h胚試験でのRNA-Seqから得られるtPODと慢性試験で得られる毒性値を比較している論文。

 

Pagé-Larivière F, Crump D, O'Brien JM, 2019, Transcriptomic points-of-departure from short-term exposure studies are protective of chronic effects for fish exposed to estrogenic chemicals, Toxicol Applied Pharmacol 378: 114634.

Environment and Climate Change Canadaから。既存の魚のトランスクリプトーム解析データを用いて、推定法によってPODがどれくらい変わるかを議論した論文。こちらも詳しくは読んでません。

 

Villeneuve DL, Le M, Hazemi M, Biales A, Bencic DC, Bush K, ... & Flynn K, 2023, Pilot testing and optimization of a larval fathead minnow high throughput transcriptomics assay. Current Research in Toxicology, 4, 100099.

USEPAから。あとで読んだら追記するかも。(2024.04.23追記)

全部で10種の物質に、11濃度区でファットヘッドミノーを24時間曝露してtPODを求めています。実験デザインについての提言(Table 4)が良い。反復数はn =4(最低n=3)とし、1反復には3匹以上の個体をプールせよ、DEGsの数は15以上ないと厳しい、とのこと。

 

(2024.04.24追記)

Villeneuve DL, Bush K, Hazemi M, Hoang JX, Le M, Blackwell BR, Stacy E, Flynn KM, 2024, Derivation of Transcriptomics‐Based Points of Departure for 20 Per‐or Polyfluoroalkyl Substances Using a Larval Fathead Minnow (Pimephales promelas) Reduced Transcriptome Assay. Environmental Toxicology and Chemistry.

これもUSEPAから。孵化5日のファットヘッドミノーの仔魚をPFASに24時間曝露し、ターゲットシーケンスの1種であるTempO-Seqで1832遺伝子のRNA-Seq。なお曝露はBiomekの自動分注機とマイクロプレートで実施してるようです。濃度区は明示されてないかもですが、SIを見る限り、Controlを除いて8つでしょうか。有意な致死が確認された濃度は除き、BMDExpressでtPODを求めています。

このグループは同時期に、オオミジンコDaphnia magnaでもwhole sequencingですが同様のtPOD解析を行っています(Villeneuve et al., 2024, ET&C)。ミジンコとファットヘッドミノーのtPODを比較すると、10以上のPFASについてミジンコの方が1~3桁低いという結果。さすがに実験デザインの違いだけではなくて、種の感受性の差に起因しているのでは、と議論しています。

この一連のUSEPAによる論文を読んで、結構ガチでtPODの可能性を検討しているんだなと感じました。面白かったです。

(追記ここまで)

 

 

National Toxicology Program, 2018, NTP Research Report on National Toxicology Program approach to Genomic Dose-Response Modeling.

上の論文たちで引用されています。生態毒性では別にないですが。BMDExpressというソフトが紹介されています。

塩酸からのDOCコンタミ

TOC計で水試料のDOC(溶存有機炭素)濃度をよく測定しています。

TOCはTotal Organic Carbonなので、TC(全有機炭素)からIC(無機炭素=炭酸塩炭素)を差し引いて求めます。その測定法には一般にTC-IC法とNPOC法(Non-Purgeable Organic Carbon)がありますが、いずれの方法でも水試料に酸を添加してICを揮発させる工程が含まれます。この酸として塩酸を用いることが多いです。

私の用いているTOC計では1 mol/Lの塩酸を使用するのですが、12 mol/Lなどの濃く、かつ純度の高い塩酸をたびたび希釈するのは面倒なので、1 mol/Lの塩酸を富士フィルム和光から購入しました。

この塩酸を、2年近く希釈せずにそのまま装置に使用してきましたが、今月になってブランク試料からも明確にピークが検出され始めました。色々検証した結果、純度の高い塩酸を装置に入れた場合はピークが消え、1 mol/Lの塩酸にTOCが含まれていることが判明しました。

 

1 mol/Lの塩酸は2年近くは問題なく使えていましたが、急にコンタミ源になってしまいました。プラっぽい容器(素材は不明)に入っていたため、何かが溶出してきたのでしょうか。TOC分析用のグレードではないのを使用していたのが良くなかったのですが、µg/Lオーダーの微量分析ならともかくmg/Lオーダーで検出されるのかぁと少し驚きました。

塩酸容器の素材が何か分かりませんが、プラスチック汚染、プラスチックの添加剤として使用される化学物質による汚染が問題となっている今、面白い問題でした。

論文のメモ: 分解サンプルのRNA-Seq解析パイプラインDegNorm

Xiong B, Yang Y, Fineis FR, & Wang JP, 2019, DegNorm: normalization of generalized transcript degradation improves accuracy in RNA-seq analysis, Genome Biol 20(1): 1-18.

RNAの分解度の指標であるRIN(RNA Integrity Number)。RINはrRNAをベースにしているためサンプル全体の指標であり、遺伝子(転写産物)単位の指標ではありません。そこで、遺伝子(転写産物)単位の分解度の指標としてTIN(Transcript Integrity Number)が提案されていました(参考記事)。しかしTINは異なる遺伝子に対しても均一な分解を仮定していますが、これは現実的ではないとしてこのDegNormが新たに提案されたようです。確かにFigure 1を見ると、RNA分解による影響は領域によってかなり異なっています。ただしFigure 1eはAlternative splicingみたい。

手法の詳細は正直理解できていませんが、異なるサンプル調整法(ホルマリン固定パラフィン包埋FFPEかfresh frozen)やライブラリ調整法(mRNAセレクトかrRNA除去)で検討している点は評価できます。なんとなく良さげなパッケージな気がします。

Rでパッケージが公開されています(Githubページ)。

SETAC North America 34-th Annual Meeting をチラ見した

11月13~17日にピッツバーグで開催されました。私は全く参加していませんが、要旨集がネットで見られるので主に6PPD-キノン(6PPD-Q)に関する発表でどんなのがあったのかをざっと確認してみました。

 

6PPD-Qに関する発表は全18件あり、そのうち8件が生態毒性、7件がモニタリングや分析法、1件が加水分解性や大気中の分解性(2.07.P-We008 by Smithers ERS)、1件が代替物に関する議論(4.13.V-03 by Washington State Department ofEcology)、1件が6PPDのオゾン反応に関する化学計算シミュレーション?(8.13.V-03)に関するものでした。8.13.V-03はChemRxivに同じ著者による原稿がアップされています。

生態毒性に関する発表で面白そうだったのは以下。

  • Huntsman Marine Science Centerによるタイセイヨウサケへの24-h LC50が19.7 µg/Lと報告したもの(2.07.P-We012)。もっともこれは環境中での濃度よりかなり高く、さらに6PPD-Qに高感受性の種に現れる影響であるヘマトクリットや血糖値の増加などは見られなかったそうです。生活史ごとの感受性の違いも見たそうです。
  • なんといってもUniv of Saskatchewanの2つの発表。1つは、6PPD-Qに曝露したニジマス(高感受性種)とホッキョクイワナ(耐性種)の酸素消費速度に影響はなかったものの、両種でpassive ventricular fillingが増加し、ニジマスでのみend systolic volumeとatrial and ventricular contractile rateの減少が見られたという報告(2.15.P-Th166)。sympathetic stimulationの証拠と書いています。観察された症状はメトヘモグロビンの増加によって引き起こされている可能性があるとも述べています。
  • EAWAGらの発表。ニジマスのエラ細胞株を使ったOECD TG249をタイヤ粉末と関連化学物質に適用(4.13.V-02)。タイヤ粉末のEC50は2.02 g/Lで、6PPD-quinoneは3 mg/Lまで毒性影響が見られなかった、とのこと?いまいちアブストラクトでは詳細がわかりませんでした。この前段の研究はこちら
  • Univ of Saskatchewanのもう1つの発表(4.18.P-Mo145)。Liver perfusion assayでニジマスによる6PPD-Qの代謝能を調査。トランスポート阻害剤であるシクロスポリンAも投与したが、代謝能に変化はなかったそうです。またin vivoで、胆のう中に水酸化物とグルクロン酸抱合体を確認したとのこと。
  • USEPAがファットヘッドミノーのRNA-Seqをしたとのこと(2.15.P-Th167)。どの組織かは不明。DEGからMoAは特に分からなかったそうです。というかそもそもファットヘッドミノーには致死影響が出ていない…。

 

代替物の議論の発表者をググったら、US Tire Manufacturers Association(USTMA)のこんな文書を発見。6PPDの代替物は、酸素やオゾンからタイヤを保護出来て、かつタイヤゴム中にうまく分散(adequate solubility and diffusivity)して、タイヤ製造に悪影響を及ぼさないことなどの基準を満たさないといけないと述べています。6PPDと同じPPD類のCPPDやIPPDも候補に挙げられていますが、CPPDは1~2年間しかタイヤを保護できないため、IPPDは皮膚感作性があるために適当ではないとのことです。

 

 

6PPD-Q以外では、Hyalella aztecaの6~7週齢の個体を用いて42日間の繁殖試験を行った発表(1.08V-01 by Univ of Guelph & Env Climate Change Canada)を聞いてみたかったです。他の話題はそれほど検索できてません。