備忘録 a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

論文のメモ: ベイジアンネットワークによる魚類急性毒性の予測

Belanger SE, Lillicrap AD, Moe SJ, Wolf R, Connors K, Embry MR, 2022, Weight of evidence tools in the prediction of acute fish toxicity. Integr Environ Assess Manag, in press.

P&GのScott Belangerらによるレビュー。動物愛護・動物福祉の観点から魚類急性試験(AFT)を削減あるいは代替しようという流れについて。いつもの胚試験(Fish Embryo Test; FET)とAFTとの比較の話かと思って(→Belanger et al., 2013のこと)長い間スルーしてましたがベイジアンネットワーク(BNによる急性毒性の推定の話があったので再読。

関連する情報をインプットして、BNで各証拠の重み(WoE)を明示しつつ(?)、AFTの毒性値を推定する話。インプットは、化学物質の物性(log Kowや分子量)、FET、甲殻類、藻類への毒性値など。物性の情報として構造活性相関(QSAR)の予測値を利用することも可能。また、FETだけでなく近年OECDのテストガイドライン化もされたエラ細胞試験を利用してもOK。他にも魚類による代謝OECD 319)や作用機序(MoA)なども。

ベイジアンネットワークBNによるアウトプットは、ある範囲に毒性値が入る確率がどれくらいか、というもの。例えば「0.01~0.5 mg/L:60%、0.5~5 mg/L:30%、5~100 mg/L:10%」みたいな感じ。

ベイジアンはリスク評価と相性が良さそうだと改めて。従来的な毒性試験の信頼性評価を定量的に実施できる点が良いですね。例えば、追試データがあれば事後分布が変わるとか。

 

Moe SJ, Madsen AL, Connors KA, Rawlings JM, Belanger SE, Landis WG, ... & Lillicrap AD, 2020, Development of a hybrid Bayesian network model for predicting acute fish toxicity using multiple lines of evidence, Environ Modelling Software, 126: 104655.

もう少しモデルの詳細に踏み込んだ原著。BNモデルの当時のデモページがこちら。アップデートされたバージョンはこちら

まだ詳細をよく理解できていませんが、BNもかなり経験則と学習データ依存な感じ。例えばBNの肝である条件付き確率表(Conditional probability tables)は、専門家判断(expert knowledge)や学習データの頻度で決まっています。化学物質のカテゴリーが一つのline of evidence(=親ノード)なのですが、どのカテゴリーの時に毒性が強い、中くらい、弱いという条件付き確率が学習データの頻度で決まっているわけです。

透明化されているようで、ネットワークが巨大化すれば結局は不透明な専門家判断と同じ感じになるような気もします。

 

 

 

SWiFTなるプロジェクトのページに発表資料など色々公開されています。

Strengthening Weight of Evidence for FET data to replace acute Fish Toxicity (SWiFT) |HUGIN SWiFT

 

 

(追記 2022.11.24)

Jaworska J, Gabbert S, Aldenberg T, 2010, Towards optimization of chemical testing under REACH: a Bayesian network approach to Integrated Testing Strategies, Regulatory Toxicol Pharmacol 57(2-3): 157-167.

生態毒性ではないが、化学物質のリスク評価文脈でのベイジアンネットワークの古めの論文。適用法は↑と似ています。

 

論文のメモ: 種の感受性分布を考慮したPAHsの底質基準

Zhang Y, Yin J, Qv Z., Chen H, Li H, Zhang Y, Zhu L, 2022, Deriving freshwater sediment quality guidelines of polycyclic aromatic hydrocarbons using method of species sensitivity distribution and application for risk assessment, Water Res 225: 119139.

今さらPAHs+底質試験+SSDでWater Researchに載るのかという意味でのメモ。4PAHsについて慢性底質試験データからSSD(種の感受性分布)を求めて(一部急性データや水のみ試験を使用してACRや平衡分配理論で換算)、他のPAHsについてはlog Kowとの相関で基準値を推定するなどしています。野外底質を採取して慢性底質試験を実施している点が、強いて言えば評価された点なのかも。

 

論文のメモ: ToxCastデータとタンパク質配列を水生生物保全の基準値導出に活用する

Schaupp CM, LaLone CA, Blackwell BR, Ankley GT, Villeneuve DL, 2022, Leveraging ToxCast data and protein sequence conservation to complement aquatic life criteria derivation, Integr Environ Assess Manag, accepted.

USEPAからの論文。SeqAPASSのLaLoneら。

ToxCastのハイスループットなin vitroデータを使って、水生生物保全の水質基準に資するような考察ができるか検討した論文です。やってることは主に(i)水生生物への基準値とToxCastの毒性値の比較と(ii)ToxCastから水生生物に対する毒性の作用機序(Mode of Action; MoA)を推定できるかどうか、の2つです。後半のMoAに関して、SeqAPASSを使ったりしています。

MoAの検討ではcelecoxib、TCDDというMoAがハッキリしていそうな物質の他に、ペンタクロロフェノール、PFOA、PFOSも取り上げています。ペンタクロロフェノールは、いろいろな異なるパスウェイに同じような濃度で反応しているからbaseline toxicityだと示される、と述べています。この議論参考になります。またペンタクロロフェノールのようなbaseline toxicityの物質についてToxCastから水生生物への基準を策定するのはおかしな話で、narcosisのQSARを使えば良いとあります(意訳)。

事例研究という感じで記述的に長々と書いている論文ですが、非常に勉強になりました。

 

環境化学物質3学会合同大会に参加しました

6/14から6/16まで富山国際会議場で開催された環境化学物質3学会合同大会に参加しました。環境化学会、環境ホルモン学会、環境毒性学会の3つの学会が合同で行う発表会です。ちなみに私はこのうちの2学会の会員です。

開催後に事務局から来た報告メールによると、696件の参加登録があり、そのうち環境化学会から539名、環境ホルモン学会から69名、環境毒性学会から77名、招待講演11名ということで、圧倒的に環境化学会が優勢でした。実際、参加している感じはほぼ環境化学会だった気がします。私は1回しか参加したことないですが…。

もし環境化学会に参加したことのない方たちが今回の合同大会を良いと感じていて、さらに学会の運営にスケールメリットがあるなら、環境化学会が他学会を統合しても良いのでは(参考:学会って必要か?)。知らんけど。

 

 

コロナ禍以降初の対面学会でした。

月並みですが、やはり人と会えるメリットは代えがたいですね。発表を聞いて情報収集したり、質疑応答をするだけなら、洗練されたオンライン学会や下手すりゃSNSでも十分だと感じる場合がありますが、特にこれまで面識のなかった人に会えたのは対面学会の恩恵だなと思えました。

 

 

個人的な細かい感想。

  • マイクロプラの毒性、影響を見てる人はやはり環境分析に比べると少ない。粒子毒性とかベクター効果とか問わず。これは他の物質、汚染についても言えるかもですが。
  • TTR先生から、国研の肩書は一般の方からは行政・権力として映ることもあるから成果を発表する際には(想定以上の抵抗を受けるから)気を付けた方が良いとアドバイスをいただきました。今回地味に一番心に残っている話。
  • 自由集会はもう少しインタラクティブにしたかった気もするが、あれで良かった気もする。ターゲットにする人を厳密に定めていない集会だったので(それが悪いという訳ではないです)、あれ以上は難しいかも。
  • 医薬品の企画、面白かったです。現状では影響の多くが検知できてなさそうで、発展の余地がまだまだあると思わされました。
  • 年配の方による暴走気味の質疑が多かったです。あれが生じないようにしようとすれば自由な質疑が失われるか、半クローズドな学会になってしまうので、個々人でディフェンスするしかないかも。熟練の方はうまくかわしてました。

 

論文のメモ: 水質基準導出の毒性データにおける水生生物種の多様性

Coleman AL, Edmands S, 2022,  Data and Diversity in the Development of Acute Water Quality Criteria in the United States, Environ Toxicol Chem 41(5): 1333-1343.

自然界の生物種の多様性に比べると、ごくわずかな生物種の毒性データに基づいて設定されている、化学物質に関する水質基準。そのデータセットの多様性が米国で初めに生物に対する基準が設定された1985年から変わっているのか、基準に使用されたデータの生物多様性と基準値は関連しているのか、などを調べた論文。後者は、現在入手できるデータをランダムに再選別して評価している様子。

結果、多様性は過去からあまり変わっておらず(毒性データの種数は増えても魚類と節足動物が増えてるだけ?クラゲcnidariaなど一部の新規分類もありそうですが)、基準値と多様性の関係は明瞭ではなかったそうです。

 

問題意識としては、SSD(Species Sensitivity Distribution)に用いられる生物種は偏っていることを問題視したこの論文(Moore et al., 2020, IEAM)も近いです。自分も似た問題意識を持ってますが、このET&C論文のような過去との比較というアプローチはとらないだろうな、と思ったので面白かったです。自分なら、化学物質のメカニズムから出発して、生物分類群が変われば基準値が変わると想定される事例をベースに解析しますね。

 

SETAC Europe 32nd Annual Meeting@Copenhagenにオンラインで参加しました

オンラインと現地のハイブリッド開催。

自分はオンラインのみで参加。ハイブリッドと言いつつ、ほぼ現地開催メインのようでした。Q&Aにほぼ書き込みを見なかったくらい、オンラインは全然盛り上がっていませんでした…。前回参加した完全オンラインのNorth Americaではもう少し書き込みがあった気がします。

Twitterで様子を見ると、1つの大きな会場に1人くらいマスクを着けている人が居たり居なかったり。飲み会もコロナ禍前のように行われてるようでした。

 

オンラインでは発表を聞く気がそもそも起きないのですが、いくつかの発表について感想とメモ。時差があるため基調講演などは聞いていないし、好きなものを拾っているだけなので、会場全体の流行り感・盛り上がり感とか人気のあったセッションなどは全然掴めていないと思います。

  • マイクロプラスチック関係は、環境中から検出されましたみたいな話からeffect寄りの話が少し増えてきた印象。これは個人的に好ましいです。「こういう条件ではマイクロプラスチックをよく摂取しがち」みたいなマニアックな研究も多くなってきている気がします。
  • マイクロプラのおかげで、タイヤ関連の発表が多かったです。
  • PFASは聞いてません。流行しているけど個人的にあまり興味のないテーマは、やはり現地に居さえすれば何となくの感触はつかめるのに…。つくづくオンライン参加が惜しいです。
  • Persistent, Mobile, and Toxic (PMT) substancesの発表が多かった。Hans Peter Arpさんなど。水処理でも除けず飲料水から検出される、というところから話が始まっているらしく、生態毒性的にToxicなのかどうかはよく分からないと思って眺めてます。メラミンとか、1,4-ジオキサン、ベンゾチアゾール、1,3-ジフェニルグアニジンなど。

 

  • DEB(Dynamic Energy Budget)モデル関係の発表を聞く。例えば4.05.P-We181など。農薬の非定常曝露による影響を予測するためにTKTDモデルを活用する文脈。EFSAのOpinion("Scientific Opinion on the state of the art of Toxicokinetic/Toxicodynamic (TKTD) effect models for regulatory risk assessment of pesticides for aquatic organisms")などが引用されています。TKTDモデルは個人的にはメカニズムを探求する目的で興味があり、この応用にはそれほど惹かれませんが、sub-lethalな影響を予測するモデル研究がいっぱい報告されているのは嬉しい。
  • 上と関連してGUTS(General Unified Threshold models of Survival)の発表。開発者以外のチームからも発表が多く、実用段階に入りかけている(?)ことがうかがえました。パルス的な曝露に使ってみたよ、というケーススタディが多かった印象です。

 

  • Fraunhofer IMEの人などによる固体ポリマーの毒性評価(4.06.P-We201, 4.06.V-04)。藻類とミジンコには急性毒性が出なかったとのこと。一方、P&GとAarhus大学などからはポリクオタニウム(Polyquaternium)のゼブラフィッシュ胚とミジンコ、藻類に対する毒性について(4.06.V-05, 4.06.V-03)。いずれの発表でも電荷密度が高いほど毒性は強くなる結果で、分子量との相関はないとのことでした。電荷密度との関係はBoethling and Nabholz (1997, EPA)ですでに言われているそうです。
  • さらにP&Gらの発表でカチオンポリマーのQSAR(4.06.T-02)。

 

  • 1.03.P-We324。種の感受性分布(SSD)を求める際に、例えば殺虫剤や除草剤のように特異的に効く生物分類群がある場合は、分類群ごとにSSDを求める、という話。HC50の95%信頼区間が重なるかどうかで、SSDを分割するか判断しているっぽい。RIVMのPosthumaも共著。
  • 3.05.P-Tu108。アーヘン工科大学が、表面積を大きくするため(?)に3Dプリンターポリ乳酸(PLA)の剣山みたいなのを作ってpassive dosing/samplingしてました。
  • 底質はそれほど目を引く発表はなかったかも。passive samplingで底泥の再懸濁による影響を調べたものなどは良かったです。

 

 

8月までウェブサイトは見られるらしいので、後で追記するかもしれません。

 

 

論文のメモ:ニジマス鰓細胞のタイトジャンクションとイオン性有機物質

Fuchylo U, Alharbi HA, Alcaraz AJ, Jones PD, Giesy JP, Hecker M, Brinkmann M (2022). Inflammation of gill epithelia in fish causes increased permeation of petrogenic polar organic chemicals via disruption of tight junctions, Environmental Sci Technol 56(3): 1820-1829.

上皮細胞のタイトジャンクションのバリア機能が低下すると、有害物質が魚の体内に入りやすくなるのではないかという仮説を検証した論文。感染症と化学物質の複合曝露という文脈。ニジマスの鰓細胞とニジマス個体を、リポ多糖(LPS)に曝露して炎症反応を起こさせ、バリア機能を低下させてからOil sands process-affected water(OSPW)の細胞/体内移行を調べています。

論旨は明確で、仮説通りの結果。qPCRとRNA-Seqをしたり、in vivoとin vitroの両方を試験したり、経上皮電気抵抗(TER)を調べていたり仕事は丁寧。中性物質ではなくイオン性有機物質(IOC)を対象にしていることと、OECDテストガイドラインにも採択されたばかりのニジマス鰓細胞を用いている点がトレンドを抑えていて、ES&Tという感じ。強いて言えばエラへの移行の話が半定量的なので、その点はもっと定量的に知りたかったです。

この論文読むにあたりClaudinとかTERとか色々調べて、勉強になりました。面白かったです。

Claudinファミリーには、ヒトなどでは20種以上の遺伝子があり、それぞれイオンや溶質の透過性を規定しているらしいです。イオンチャネル様構造を作るタイプもあれば、強いバリアを作るタイプもあるとか(岩本&古瀬, 2013, Drug delivery System)。

上のFuchyloら(2022)で引用されていたTrubittら(2015, Comparative Biochem Physiol)では"Based on in silico analysis, Cldn-10e is expected to form cation-selective paracellular pores (Tipsmark, unpublished),"とありました。

 

Brinkmann M, Alharbi H, Fuchylo U, Wiseman S, Morandi G, Peng H, Giesy JP, Jones PD, Hecker M (2020). Mechanisms of pH-dependent uptake of ionizable organic chemicals by fish from oil sands process-affected water (OSPW). Environ. Sci. Technol. 54(15): 9547-9555.

上の論文と同じグループで、同じくニジマスエラ細胞のイオン性物質の透過について。

エラ細胞にOSPWを曝露し、複数pH下での、ナフテン酸混合物や、OSPW中の有機酸の細胞への取り込みを評価した論文。有機酸は低pHだとneutralになるため取り込まれやすいのかと思いきや、結果は逆で高pH(8.5)の方が多くの種類の有機酸が細胞へ移行しています。もっともDicyclohexylacetic acidなどの一部標準品は高pHほど取り込まれにくくなっています。
この理由として有機酸は両親媒性(amphiphilic)で、pH 8.5付近ではリン脂質にくっつくからではないか、とか能動的な取り込みがあるのでは、と考察されています。
能動的な取り込みについては、ATP-binding cassetteトランスポーターなどを阻害するCyclosporin A共存下でOSPWに曝露して、有機酸の取り込みが減少することも確認されてます。
さらにin vivo、つまりニジマス個体を使った実験も行っています。in vivoの結果、エラへの取り込みはin vitroの結果と合致していますが(高pHほど取り込み増加)、体全体への取り込みはpH 7.4で最大だったそうです。

 

 

Erickson RJ, McKim JM, Lien GJ, Hoffman AD, Batterman SL, 2006, Uptake and elimination of ionizable organic chemicals at fish gills: I. Model formulation, parameterization, and behavior, Environ Toxicol Chem 25(6): 1512-1521.

ちょっと古めですが、イオン性有機物質(IOC)の魚への移行について。

pHが変化してもあまりIOCの毒性や移行は変わらないことがイントロで述べられていて、IOC(というか有機酸)のbioavailabilityは(i)CO2アンモニアなどの排泄物がミクロな環境のpHを変えうること、(ii)エラ上皮はいくつもの層があって体内への移行は複雑であること(ここの理解怪しい)、(iii)荷電した状態でも膜を通過すること、が影響するとのことです。この論文はこれらの影響を数理モデル化した研究っぽいです。ちゃんと読んでませんが面白そう。

 

論文のメモ: PPCPs汚染の世界規模でのモニタリング

Wilkinson JL, Boxall AB, Kolpin DW, Leung KM, Lai RW, Galbán-Malagón C, ... Teta C, 2022, Pharmaceutical pollution of the world’s rivers, Proc National Acad Sci 119(8).

PNAS。世界規模で医薬品・生活関連物質(PPCPs)の測定を行った論文。読みやすいです。自分の知っている研究者ではYork大のAlistair Boxallや韓国のKenneth Leungなどが著者に入っています。

やっていることはシンプルで、これまでモニタリング情報がなかった地域で環境水中のPPCPs濃度を測定し、生態系へのリスクを推定したり、PPCP濃度と社会経済的な指標との関連を議論したりしています。日本を含む104か国、1052地点からサンプリングし、61物質の分析を実施。砂漠や高地、バグダッド、南極からもサンプリングしています。

印象的なのは、低所得国よりも低中所得国(countries of lower-middle income)の方が高濃度汚染が見られたという結果。低所得国はそもそも医薬品が十分にないので汚染がそこまで進んでいないが、低中所得国だと医薬品はあるが水処理施設がないためにそのような結果になると考察されてます。

各物質単独の生態リスクを見た場合、あまり高くなく、一部の物質(特にpropranolol、sulfamethoxazole)でしか予測無影響濃度(PNEC)を超えてなかったようです。もっとも複数の物質による複合的な影響は、そこまで踏み込んで議論されていません。

わずか61個(いやもちろん1つの研究で実施するには十分多いのですが)のPPCPsの濃度が生態リスクをどこまで代表しているかは分からないので、こういう研究をバイオアッセイでやってみたら面白そう。水サンプルを凍結して送ってもらって、一か所でバイオアッセイ。ついでにTIE&EDAなこともやって何が主要なストレス要因物質か同定したら、めちゃ面白そう。

 

Gunnarsson L, Snape JR, Verbruggen B, Owen SF, Kristiansson E, Margiotta-Casaluci L, ... & Tyler CR, 2019, Pharmacology beyond the patient–The environmental risks of human drugs, Environ International 129: 320-332.

上のWilkinsonでのPNECソースに使われている論文。ちゃんと読んでません。どうやらこの論文もPPCPsの慢性試験データを集めてきて、解析している論文のようです。PPCPsのターゲット部位の相同遺伝子が対象生物(魚、ミジンコ、藻類)にあると毒性値が下がる傾向にあるのは、当たり前かもしれませんが面白い。生態毒性的にはSeqapassなどと似ているアプローチですね。

魚の血漿中濃度から毒性を予測しようとするアプローチで、抗がん剤の毒性を過小評価してしまうなどの話もあります。

 

 

 

Maack G, Williams M, Backhaus T, Carter L, Kullik S, Leverett D, ... Van den Eede C, 2021, Pharmaceuticals in the Environment: Just One Stressor Among Others or Indicators for the Global Human Influence on Ecosystems?. Environ Toxicol Chem, in press. 

ついでに。

ET&CにPPCPsの特集号が組まれていて、このMaack et al.(2021)はそのイントロ。「2016年にもPPCPsの特集号が組まれたけど、まだよく分からないこと多いよー」的な話。上のWilkinson et al.(2021)にもつながる、モニタリング地域の偏りも少し触れられています。

 

 

論文のメモ: 甲殻類のPAH代謝とCYP

いつも地味に気になっているがすぐ忘れてしまうCYP代謝のメモ。

 

Ikenaka Y, Eun H, Ishizaka M, Miyabara Y, 2006, Metabolism of pyrene by aquatic crustacean, Daphnia magna, Aquatic Toxicol 80(2): 158-165.

ミジンコにおける、PAHの1種ピレンの代謝産物を同定しています。Phase IでCYPによる酸化、Phase IIでsulfotransferaseなどによる硫酸抱合が生じていることを示唆。陸域の無脊椎では硫酸抱合はあまりなされておらず、ミジンコで硫酸抱合が生じているのは硫酸イオンが豊富な水域で進化した結果だろうという考察が面白い。CYP阻害剤としてSKF-525Aを使用。

 

Akkanen J, Kukkonen JV, 2003, Biotransformation and bioconcentration of pyrene in Daphnia magna, Aquatic Toxicol 64(1): 53-61.

上の論文で引用されていたもの。同じくミジンコ。14C標識してピレンそのものと代謝物含めたものの取り込みを調べた論文。こちらはPBO(piperonyl butoxide)でCYP阻害をしています。

 

Lee JH, Landrum PF, 2006, Application of multi-component damage assessment model (MDAM) for the toxicity of metabolized PAH in Hyalella azteca, Environ Sci Technol 40(4): 1350-1357.

ヨコエビH. aztecaにピレンとフルオレンを曝露させて、さらにPBOの有無による体内取り込みの違いを調べた論文。

PBOを共曝露することで代謝物に影響は生じていますが、親物質の濃度はピレン・フルオレンともに変化なし。この点、完全に勘違いしていてハッとさせられました。代謝の方が律速になっているからPBOの有無によって親物質濃度は変わらないんですね。

 

論文のメモ: 2022年に出た6PPD-Quinoneの報告

ギンザケ死亡症候群の原因物質であると昨年末報告された6PPD quinone(6PPD-キノン; 6PPD-Q)の話(→昨年末のScience)。2021年の半ばまではまだ標準品がなかったので速報的なものが多かったですが(→2021年に出た論文のまとめ)、Scienceの論文発表から丸1年以上経過したので、そろそろ本格的な報告が出始めてきました。

 

Seiwert B, Nihemaiti M, Troussier M, Weyrauch S, Reemtsma T 2022, Abiotic oxidative transformation of 6-PPD and 6-PPD quinone from tires and occurrence of their products in snow from urban roads and in municipal wastewater, Water Res 212: 118122.

6PPDや6PPD-Qをオゾン酸化して、生成される物質を探索した論文。

固体と液体の6PPDにオゾンをあてた時、固体の方が6PPD-Qができやすいというのは面白い。何故かはよく分かりません。物質によってその傾向は違っていて、例えば4-hydroxydiphenylamine(4-HDPA)などは液体の方が多く出来てます。これに関しては、4-HDPAがオゾン酸化以外に加水分解などで生成するからでしょうか?

雪を採取して、その液体成分と粒子状成分との比率を求めているのが面白い!検出された量のうち>90%が粒子から回収されたそうです。平衡に達するのが遅いので、ゆっくり水に溶けだすだろうというのはこれまでのJohannesen(2021, Arch Env Contam Toxicol)の報告などとも整合しています。ここに書いたNiu(2021, ES&T)みたいな手法で、流出水の平衡/非平衡状態を検証したい…!

あと下水処理場流入水・処理水を対象に分析もしています。6PPD-Qは処理水では検出されず、流入水でも晴れの間は検出されなかったそうです。

 

Rauert C, Charlton N, Okoffo ED, Stanton RS, Agua AR, Pirrung MC, Thomas KV, 2022, Concentrations of Tire Additive Chemicals and Tire Road Wear Particles in an Australian Urban Tributary, Environater Sci Tehcnol in press. 

オーストラリアからの報告。6PPD-Qだけでなく、ジフェニルグアニジンやベンゾチアゾール類、HMMMなどのタイヤ添加物の都市河川中濃度を測定しています。さらに熱分解GC/MSで、粒子中のスチレン・ブタジエンゴム、、ブタジエンゴムの含有量を測り、タイヤ・路面摩耗粒子(TRWPs)の量を推定しています。この論文はまだ6PPD-Qの標準品ではなく、合成品を使っていますね。また、6種類のタイヤ粉末からの物質の溶出試験も実施。

ちょっとdescriptibveな感もありますが、オーストラリアではアメリカやカナダ、ドイツに比べて対象物質の濃度が低い、降雨の後半まで濃度が持続するなど、興味深い話もあり。後者はfist flush(汚濁負荷の大半が降雨初期に流出する現象)ではないものとして、Peterら(2020)などが報告している話と一致しています。

 

(追記 2022.02.18)

こんな記事を発見。

West Coast Salmonids All Tired Out? – Estuary News Magazine

Jenifer McIntyreさんの結果として、"Beyond coho, other salmonid species seem more tolerant of exposure to tire leachate and stormwater. In lab testing, McIntyre says, the same exposure rates that quickly killed coho did not cause death in chum and sockeye salmon. In steelhead and Chinook, some of the fish died after exposure. Some of these findings are yet to be published."とあります。Chum salmonシロザケについては論文でも、路面排水で死ななかった話が報告されてますが、他のサケでも知見が揃ってきているようす。

 

(追記 2022.03.09)

Brinkmann M, Montgomery D, Selinger S, Miller JG, Stock E, Alcaraz AJ, Challis JK, Weber L, Janz D, Hecker M, Wiseman S, 2022, Acute Toxicity of the Tire Rubber-Derived Chemical 6PPD-quinone to Four Fishes of Commercial, Cultural, and Ecological Importance, Environ Sci Technol Lett in press.

カナダから毒性試験の報告。カワマスSalvelinus fontinalisニジマスOncorhynchus mykissには0.1~2 μg/Lで致死影響が出るのに、ホッキョクイワナSalvelinus alpinusチョウザメAcipenser transmontanusには20 μg/Lでも影響が出なかったそうです。同じ属でも感受性が10倍以上違っていて、面白い!

 

(追記 2022.03.24)

Cao G, Wang W, Zhang J, Wu P, Zhao X, Yang Z, Hu D, Cai Z, 2022, New evidence of rubber-derived quinones in water, air, and soil, Environ Sci Technol in press.

6PPD-Qも含めたPPDのキノン体5種の濃度を、香港の大気粉塵、路面排水、道路脇の土壌について調べた論文。6PPD-Q以外のキノン体は標準品がないため、合成しています。

大気粉塵や土壌では親物質とキノン体の濃度は同じくらいなのに、路面排水だとキノン体濃度が高く検出されたというのは面白い(ただ大気粉塵ではDPPDだけキノン体がかなり増えています)。大気粉塵ではDPPDのキノン体の割合が高く、路面排水や土壌では6PPD-Qの割合が48~76%と高いです。

路面排水中の6PPD-Qの濃度は0.21~2.43 μg/Lで、全てのサンプルでギンザケの24-h LC50値(95 ng/L; Tian et al., 2022, ES&T Letters)よりも高いですね。受水域ではもちろんもっと薄くなるはずですが。

 

 

(追記 2022.04.19)

Hu X, Zhao HN, Tian Z, Peter KT, Dodd MC, Kolodziej EP, 2022, Transformation Product Formation upon Heterogeneous Ozonation of the Tire Rubber Antioxidant 6PPD (N-(1, 3-dimethylbutyl)-N′-phenyl-p-phenylenediamine), Environ Sci Technol Letters in press.

Scienceの論文のグループから。Pureな6PPDとタイヤ粉末をオゾン酸化させて、6PPD-Qや他の変化物の生成を調べた論文。6時間の反応で、pureな6PPDからは9.7%の6PPDが、タイヤ粉末からは0.95%が6PPD-Qに変化したとのことです(molベース)。59~81%以上の6PPDが反応していることから、6PPD-Qのほかにも色々生成していることが分かります。そして実際にそれらの物質の生成がQTOF-MSで調べられています。

 

 

(追記 2022.05.13)

Zhang YJ, Xu TT, Ye DM, Lin ZZ, Wang F, Guo Y, 2022, Widespread N-(1, 3-Dimethylbutyl)-N′-phenyl-p-phenylenediamine Quinone in Size-Fractioned Atmospheric Particles and Dust of Different Indoor Environments, Environ Sci Technol Letters in press.

室内の浮遊粒子中の6PPD-Q濃度と、多様な室内環境における塵埃中の6PPD-Q濃度を報告しています。浮遊粒子については、ヒトへの影響の観点から、0.43−0.65, 0.65−1.1, 1.1−2.1, 2.1− 3.3, 3.3−4.7, 4.7−5.8, 5.8−9.0, and 9.0−10 μmと細かく分画してそれぞれの濃度を測っています。結果、粗いほど(9~10 μm)濃度が高かったそうです。また色んな住環境で測定した結果、車中の塵埃が最も高濃度で、次いでショッピングモールとのこと。

 

(追記 2022.07.22)

Klauschies T, Isanta-Navarro J., 2022, The joint effects of salt and 6PPD contamination on a freshwater herbivore, Science Total Environ, 829, 154675.

あまりちゃんと読んでませんが、6PPDとNaClのワムシに対する複合影響を調べて、6PPD-Qについては単独曝露の影響を調べているようです。6PPD-Qは1000 µg/Lでもワムシ個体群に影響がなかったようです。

 

(追記 2022.08.05)

Di S, Liu Z, Zhao H, Li Y, Qi P, Wang Z, ... & Wang X, 2022, Chiral perspective evaluations: Enantioselective hydrolysis of 6PPD and 6PPD-quinone in water and enantioselective toxicity to Gobiocypris rarus and Oncorhynchus mykiss. Environ International 166, 107374.

6PPD-Qには光学異性体が存在します。キラルカラムで異性体を分離して、それぞれの加水分解速度・分解産物・魚毒性を調べた論文です。

結果、光学異性体による加水分解の差は見られませんでした。魚毒性はコイ科のG. rarusニジマスで調べていますが、コイ科に対しては異性体間での差はないものの(96h-LC50: 162–201 µg/L)、ニジマスに対してはS-6PPD-Qの方がR-6PPD-Qより2.6倍毒性が高かったそうです。2.6倍というのは差があると言って良いか微妙なレベルですが…。なおニジマスへの毒性レベルは上に書いたBrinkmannら(2022, ES&T Letters)と同程度です。

 

Ji J, Li C, Zhang B, Wu W, Wang J, Zhu J, ... & Li X, 2022, Exploration of emerging environmental pollutants 6PPD and 6PPDQ in honey and fish samples. Food Chemistry, 133640.

6PPD-Qの食品サンプル(はちみつ&魚)からの抽出法を検討した論文。QuEChERS(Quick、Easy、Cheap、Effective、Rugged、Safe)という手法を初めて知りました。アセトニトリル・塩析・分散固相抽出を利用した手法で、脂肪を多く含むサンプルに対して有効みたいです。

 

Deng C, Huang J, Qi Y, Chen D, & Huang W, 2022, Distribution patterns of rubber tire-related chemicals with particle size in road and indoor parking lot dust, Sci Total Environ, 157144.

2021年にいち早く6PPD-Qの実測報告をした中国のグループの論文。ちゃんと読んでませんが、道路塵埃をサイズ分画し(<20, 20–53, 53–125, 125–250, 250–500, 500–1000 μm) 、それぞれの画分でのベンゾチアゾール類とPPD類の濃度を測定しています。<125 μmの画分でいずれの物質も濃度が高い。

 

 

(追記 2022.08.26)

さすがにもう全部の6PPD-Q報告はまとめきれなくなりました。いくつか書き忘れたものが既に出てきてます。

これからは面白いもの、重要なものだけ記録します。

Mahoney H, da Silva Junior FC, Roberts C, Schultz M, Ji X, Alcaraz AJ, ... & Brinkmann M, 2022, Exposure to the Tire Rubber-Derived Contaminant 6PPD-Quinone Causes Mitochondrial Dysfunction In Vitro. Environ Sci Technol Lett in press.

またカナダから。ニジマスのエラ・肝細胞を用いて6PPD-Qの毒性試験をした論文。6PPD-Qがエラ細胞のミトコンドリアのuncouplingを引き起こしていることを報告。

 

French BF, Baldwin DH, Cameron J, Prat J, King K, Davis JW, McIntyre JK, Scholz NL, 2022, Urban Roadway Runoff Is Lethal to Juvenile Coho, Steelhead, and Chinook Salmonids, But Not Congeneric Sockeye, Environ Sci Technol Lett in press.

Science論文のグループから。6PPD-Qではなく、路面排水にOncorhynchus属の魚を24時間曝露し、致死応答を調べた論文。ギンザケやスチールヘッド(O. mykiss)には明確な影響が出るが、マスノスケは微妙(致死率0~13%)で、ベニザケには全く影響が出なかったそうです。

 

(追記 2022.09.16)

Johannessen C, Metcalfe CD, 2022, The occurrence of tire wear compounds and their transformation products in municipal wastewater and drinking water treatment plants, Environ Monitor Assess 194(10): 1-11.

6PPD-Qの最初期の環境分析報告を出したJohannessen氏らの論文。下水処理水の流入水、放流水にパッシブサンプラー(POCIS)を仕掛けてタイヤ関連物質(6PPD-Q、DPG、HMMMとその変化体)の分析をしています。水中濃度に換算しておらずサンプラー中濃度しか報告していないので、ちょっと片手落ち感が否めませんが、放流水で6PPD-Qが検出されているなどの結果は面白いです。しかも流入水より高い場合もあります。オゾン処理でもしている施設なのでしょうか…?

 

(追記 2022.11.07)

Masset T, Ferrari BJ., Dudefoi W, Schirmer K, Bergmann A, Vermeirssen E, ...  Breider F, 2022, Bioaccessibility of Organic Compounds Associated with Tire Particles Using a Fish In Vitro Digestive Model: Solubilization Kinetics and Effects of Food Coingestion, Environ Sci Technol in press

Eawagなどからタイヤ添加物(2-mercaptobenzothiazole MBTやdiphenylguanidine DPG)およびその環境変化体の、タイヤ粉末(というかCMTT; cryo-milled tire tread)から模擬消化液への溶出を調べた論文。餌としてヨコエビの粉末を入れて、溶出がどうなるのかも調べてます。ヨコエビがあることで、親水性の物質は溶出しにくくなり、疎水性物質は溶出しやすくなったと報告されています。

 

(追記 2022.12.13)

Fohet L, Andanson JM, Charbouillot T, Malosse L, Leremboure M, Delor-Jestin F, Verney V, 2022, Time-concentration profiles of tire particle additives and transformation products under natural and artificial aging, Sci Total Environ: 160150.

タイヤ・路面摩耗粉末(TRWP)とタイヤトレッドの凍結粉末(CMTT)を用いて、タイヤに含まれる添加物とその変化物の、光分解・熱分解・野外での光分解による濃度変化を調べた論文。時間があったら自分もやろうと思っていた内容ですが、良く書けていて、もう自分でやることはなさそう。イントロも良く書けてます。

6PPDなどの添加物は熱や光で分解するが、CMTT中の6PPD-Qは主に光条件下で生成し、また分解するベル型(上に凸型)の経時変化を示しています。CMTTではなくTRWPだと、6PPD-Qは始めから濃度が高く、あとは減衰するのみというのは面白いですね。またこの記事の上の方にも書いたSeiwertら(2022, Water Res)のように色んな変化物を見ています。