備忘録 a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

論文のメモ: 環境RNAで水生生物の生活段階を区別できる

Parsley M, Goldberg C, 2023, Environmental RNA can distinguish life stages in amphibian populations, Mol. Ecol. Resources, in press.

これまでの環境RNAの論文は、リボソームRNAミトコンドリアRNAなど、条件や生活段階で変化しないような遺伝子を対象にしてきたようですが、この論文は生活段階の違い(例:オタマジャクシとカエル)を区別できるような遺伝子(rana larval keratinとkeratin 6A)を扱っています。

実験室、野外でアフリカウシガエルとサラマンダーの環境RNAを検出。感度(=幼体がいる系から幼体RNAを検出した割合)は両種ともに85%以上。一方で、偽陽性(=親のみの系で幼体RNAを検出した割合)もわずかにあった様子。ただ親の皮膚からはこのRNAは検出されなかったそうなので、遺伝子の特異性が低いわけではなさそう。20%を超える偽陽性があったのは初回のサンプリングの時だけなので、何か技術的な問題かもしれません。

野外への適用でも幼体がいない系を試してほしい気はしますが、野外への適用もある程度可能だということを実証していますね。

 

著者は下の総説も書いています。

Stevens JD, Parsley MB, 2023, Environmental RNA applications and their associated gene targets for management and conservation, Environmental DNA 5(2): 227-239.

 

 

 

 

 

2023年に出た6PPD-quinoneの報告

ギンザケ死亡症候群の原因物質であると2020年の年末に報告された6PPD quinone(6PPD-キノン; 6PPD-Q)の話(→2020年のScience)。当時はCAS番号が割り振られていないなど、全くの新規物質でしたが環境中での検出例や動態、毒性に関する報告が色々と出てきました。

6PPD-Qに関する全ての論文を詳細に読むことは既に辞めてますが、いくつか面白かったものだけでもここにピックアップしておきます。

これまでの論文の備忘録はこちら:2021年に出た論文のまとめ2022年に出た論文のまとめ

 

Wu J, Cao G, Zhang F, Cai Z, 2023, A new toxicity mechanism of N-(1, 3-Dimethylbutyl)-N′-phenyl-p-phenylenediamine quinone: Formation of DNA adducts in mammalian cells and aqueous organisms, Sci. Total Environ., 161373.

香港浸会大学の論文。このグループの6PPD-Qに関する論文の出るスピード、すごいです。これもまだまだ速報的な論文ですが、6PPD-QのDNA adductを調べています。この人たちは、水生生物よりヒト健康に着目しているため遺伝毒性を調べているのですね。ギンザケへの高い急性毒性のメカニズムと関係あるのかどうかは不明。

ヒト細胞、緑藻Chlamydomonas reinhardtiiを> 250μg/Lの6PPD-Qに曝露してDNAを抽出し、デオキシグアノシン(dG)と6PPD-Qが結合した6PPDQ-dGの定量をMS/MSで行っています。あとスーパーで買ってきたシシャモからも6PPDQ-dGが検出されています。

 

Zhao HN, Hu X, Gonzalez M, Rideout CA, Hobby GC, Fisher MF, ... Kolodziej EP, 2023, Screening p-Phenylenediamine Antioxidants, Their Transformation Products, and Industrial Chemical Additives in Crumb Rubber and Elastomeric Consumer Products, Environ Sci Technol 57(7): 2779-2791.

6PPD-Qを発見したワシントン州のグループの論文。タイヤリサイクル製品やゴム製品のPPD類およびその環境変化体(キノン体含む)、その他の添加物(ジフェニルグアニジンDPG、HMMM、ベンゾトリアゾール類やベンゾチアゾール類)を調べています。サンプルが古いものになるほどPPD類の環境変化体/親物質の濃度は増加したそうです。これは環境変化体の方がより安定だからですね。

 

Zhao HN, Hu X, Tian Z, Gonzalez M, Rideout CA, Peter KT, ... Kolodziej EP, 2023, Transformation Products of Tire Rubber Antioxidant 6PPD in Heterogeneous Gas-Phase Ozonation: Identification and Environmental Occurrence, Environ Sci Technol 57(14): 5621–5632.

同じくワシントン州のグループの論文。6PPDの環境変化体などを調査。こちらはHu et al. (2022, ES&T Letters)の続編的な論文で、オゾンによる変化の過程を詳細に見ています。

 

Nair P, Sun J, Xie L, Kennedy L, Kozakiewicz D, Kleywegt S, ... Song D, Peng H, 2023, Synthesis and Toxicity Evaluation of Tire Rubber-Derived Quinones, ChemRxiv. DOI: 10.26434/chemrxiv-2023-pmxvc.

まだ査読付き論文としては出版されていません。カナダのグループから出たプレプリント。今のところ2023年に出た6PPD-Qの(生態)毒性関係の論文では、一番面白い。

6PPD-Qだけでなく、77PD-Q・IPPD-Q・CPPD-QといったPPDのキノン体のニジマスへの96時間急性致死毒性と蓄積および代謝を調べています。6PPD-Qの96時間LC50は0.79 μg/Lですが、他のPPD-Qでは4.6~13 μg/Lでも致死影響が見られていません。そしてwhole-bodyへの蓄積のレベル(BCF)は、6PPD-Qと他のPPD-Qで大きく異なりませんでした。BCFは疎水性から考えられるよりも低く、かなり代謝されていることが伺えます。そこで、水酸化代謝物を詳細に見てみると、6PPD-Q(と6PPD)だけ、水酸化代謝物のクロマトピークが2つあり、メジャーなピーク(溶出時間が遅い方)はベンゼン環に水酸基がついていたのに対し、マイナーなピークにはアルキル側鎖に水酸基が付与されていました。他のPPD-Qは全てベンゼン環に水酸基がついていました。そこからの考察はspeculationの域を出ませんが、強く否定もできない感じ。概要を読んでから悔しくて2週間近く放置してましたが、面白かったです。

 

Greer JB, Dalsky EM, Lane RF, Hansen JD, 2023, Establishing an In Vitro Model to Assess the Toxicity of 6PPD-Quinone and Other Tire Wear Transformation Products, Environ Sci Technol Letters 10(6): 533–537.

USGSの論文。3種のサケ(ギンザケ・マスノスケchinook salmon・ベニザケsockeye salmon)を用いてin vivoで6PPD-Qの24h曝露試験をして、さらにこの3種とニジマスの細胞試験をを実施。ギンザケ(CSE-119)は線維芽細胞、マスノスケ(CHSE-214)、ベニザケ(SSE-5)は胚由来で、ニジマスRTG-2)は生殖腺由来。

in vivoの結果、感受性が高いのはギンザケ、ニジマス(文献)、マスノスケ、ベニザケの順で、これは既存研究と一致。ベニザケは水溶解度レベルで全く影響が出ていません。in vitroの結果はin vivoとおおむね一致しており、ギンザケ EC50が7.9 µg/L(代謝)、ニジマス EC5が68 µg/L(代謝、EC50ではない)で、他の2種では影響が検出されませんでした。ギンザケ細胞はcytotoxicityのEC50が6.1 µg/Lで代謝ベースのEC50よりも高く、ミトコンドリアへの影響を指摘している既往研究(Mahoney et al., 2022, ES&T Letters)とも一致しています。

興味深いのは細胞試験のEC50はin vivoのEC50よりも100倍近く高いこと。6PPD-Qのターゲット部位がどこか分からないから、この研究で用いた細胞が毒性ターゲット部位を反映できていないかも、と述べられています。

 

Greer JB, Dalsky EM, Lane RF, Hansen JD, 2023, Tire-Derived Transformation Product 6PPD-Quinone Induces Mortality and Transcriptionally Disrupts Vascular Permeability Pathways in Developing Coho Salmon, Environ Sci Technol, in press.

上と同じくUSGSから。ギンザケの胚embryoに6PPD-Qを24時間曝露して、発達や遺伝子発現への影響を調べた論文。曝露は、24時間のものを繰り返し計4回実施して、孵化した個体の卵黄嚢は除去してからRNA-Seq解析。曝露濃度は0.1~10 µg/Lで、胚は仔魚よりも6PPD-Qへの感度が鈍いようです。これは6PPD-Qに限らずよくある話。

RNA-Seq解析では、血液脳関門(BBB)が破綻するという論文(Blair et al., 2021)を受けて、タイトジャンクションの構成要素であるoccludinや炎症マーカーのTNFα・IL1β、VEGFなどに着目しています。RNA-SeqのEnrichment解析では、血管の発達、骨格系の発達や骨化ossificationなどへの影響が見られています。

 

(2023年8月3日時点ではここまで)

(2023年10月22日 追記)

Grasse N, Seiwert B, Massei R, Scholz S, Fu Q, Reemtsma T, 2023, Uptake and Biotransformation of the Tire Rubber-derived Contaminants 6-PPD and 6-PPD Quinone in the Zebrafish Embryo (Danio rerio), Environ Sci Technol 57(41): 15598-15607.

ゼブラフィッシュの4 hpfの胚に6PPDQまたは6PPDを曝露して、体内の代謝産物を調べた論文。6PPDQの曝露濃度は5~37.5 μg/L。

6PPDQの水酸化物(phase I)およびグルクロン酸抱合体(phase II)は曝露2時間後から検出されています。水酸化物は96時間後までほぼ一定濃度ですが、グルクロン酸抱合体は徐々に増加しています。48時間以後は、硫酸抱合体など他のphase II産物も検出されています。

 

(2023年11月04日 追記)

今年は現時点で6PPD-Qの総説論文が5つも出ています。もちろん内容は似たり寄ったり…と言っても別に精読はしていませんが。

Chen X, He T, Yang X, Gan Y, Qing X, Wang J, Huang Y, 2023, Analysis, environmental occurrence, fate and potential toxicity of tire wear compounds 6PPD and 6PPD-quinone, J Hazardous Materials 452: 131245.

2023年の3月に公開。

Hua X, Wang D, 2023, Tire-rubber related pollutant 6-PPD quinone: a review of its transformation, environmental distribution, bioavailability, and toxicity, J Hazardous Materials 459: 132265.

こちらは2023年の8月に公開。しかも上と同じ雑誌。

Zoroufchi Benis K, Behnami A, Minaei S, Brinkmann M, McPhedran KN, Soltan J, 2023, Environmental Occurrence and Toxicity of 6PPD Quinone, an Emerging Tire Rubber-Derived Chemical: A Review, Environ Sci Technol Letters, 10(10): 815-823.

こちらは2023年の9月に公開。カナダのグループです。

Nicomel NR, Li L, 2023, Review of 6PPD-quinone environmental occurrence, fate, and toxicity in stormwater, Ecocycles 9(3): 33-46.

謎の雑誌ですが、2023年の9月に公開。これもカナダから。

Bohara K, Timilsina A, Adhikari K, Kafle A, Basyal S, Joshi P, Yadav AK, 2023, A mini review on 6PPD quinone: A new threat to aquaculture and fisheries, Environ Pollution, 122828.

アメリカのグループから2023年の11月に公開。

 

Perplexityのような文献検索AIが発達した今となっては、このような既存文献をまとめただけの総説は個人的にほとんど意義を感じません。引用数は稼げるのでしょうが…。もちろん何か付加価値があれば意義はあると思います。

最近は、原理から考えて新しい技術や概念の可能性を語るPerspectiveのような論文の方が面白いんじゃないかと思います。自分の知っている範囲では、環境RNAでそういう論文がありました(Cristescu, 2019)。生態学会でもアイデアペーパーなるものが提案されているようですね。

 

少し話がずれましたが、6PPD-Qの話題を含む総説は「6PPD-Qの総説」という枠以外でも、下記のような2本が既に出されています。

Jin R, Venier M, Chen Q, Yang J, Liu M, Wu Y, 2023, Amino antioxidants: A review of their environmental behavior, human exposure, and aquatic toxicity, Chemosphere 137913.
Cao G, Zhang J, Wang W, Wu P, Ru Y, Cai Z, 2022, Mass spectrometry analysis of a ubiquitous tire rubber-derived quinone in the environment, TrAC Trends Anal Chem 157: 116756.

 

 

 

(2023年12月25日 追記)

Prosser RS, Salole J, Hang S, 2023, Toxicity of 6PPD-quinone to four freshwater invertebrate species, Environmental Pollution 337: 122512.

2023年の9月に公開。オオミジンコD. magnaやカゲロウ、ヒラマキガイ、イシガイに対する6PPD-Qの毒性を調べたカナダの論文。このグループは6PPD-Qが発見される前から、6PPDの毒性試験をしていましたね。

いずれの種でも有意な致死、成長阻害は見られなかったようです。なおオオミジンコは21日間の慢性試験。(なぜ28日間の慢性で繁殖影響まで見なかったのかはよく分かりません。)

 

Montgomery D, Ji X, Cantin J, Philibert D, Foster G, Selinger S, Jain N, Miller J, McIntyre J, de Jourdan B, Wiseman S, Hecker M, Brinkmann M, 2023, Interspecies Differences in 6PPD-Quinone Toxicity Across Seven Fish Species: Metabolite Identification and Semiquantification, Environ Sci Technol 57(50): 21071-21079.

2023年の11月に公開。カナダのBrinkmannらのグループから。ただアメリカのMcIntyreらも共著に入っています。6PPD-Qに対して高感受性の魚種と耐性を持つ魚種を、6PPD-Qに曝露して胆汁の代謝物濃度を定性・半定量分析した論文です。

 

Dudefoi W, Ferrari BJD, Breider F, Masset T, Leger G, Vermeirssen E, Bergmann AJ, Schirmer K, 2023, Evaluation of tire tread particle toxicity to fish using rainbow trout cell lines, Sci Total Environ: 168933.

2023年の12月に公開。スイスのEAWAGなどから。タイヤトレッドの凍結粉末(CMTT)の毒性をニジマスのエラ細胞(RTgill-W1)と腸管細胞(RTgutGC)で調べた論文。CMTTの(溶出液の)毒性の原因物質として、6PPDや6PPD-Qの毒性試験も実施しています。

結果、6PPD-Qの濃度依存的な影響は1 mg/Lを超えても見られませんでした。ニジマスのin vivoのLC50値は1 μg/Lなので、エラや腸管はターゲットの部位ではなく、神経毒性ではないかと議論されています。

論文のメモ: 尿に含まれるRNA

尿のにおいから、線虫にがんを診断してもらう検査があります。

その臨床における有効性はよく知りませんが、尿にいろいろな成分が含まれることは確かで、尿には数十~数百nmサイズのexosomeがあり、そこにmiRNAやmRNAが含まれているという研究は数多くあるようです。それらRNAを測定することで、がんなどの診断を非侵襲的に行おうという試みも多数あります。

 

この話に興味をもったのは、環境RNAです。

水生生物の周りの水に多様な種類のRNAが含まれているということが近年明らかになってきていて(例えばTsuri et al., 2020, Environ DNA)、そのRNA(=環境RNA)を調べることで生物の生理状態を評価できるのではないか、という期待が膨らんできています。

しかしそのRNAは生物体内のどこ起源なのでしょうか。例えばこの記事でも触れたCristescu (2019, Trends Ecol Evol)はextracellular vesicles(EVs, 上に書いたexosomeもEVsの1種)にRNAが含まれていて、それが体外に出ることはあると述べています。

 

ということで、ヒトの尿にどのようなRNAが含まれていて、それらの起源はどの組織・器官なのかに関する文献を読んでみました。これらの知見は環境RNA(の基礎研究)にも応用できるはず。なお論文はperplexity AIに教えてもらいました。

 

 

Zhu Q, Cheng L, Deng C, Huang L, Li J, Wang Y, Li M, Yang Q, Dong X, Su J, Lee LP, and Liu F, 2021, The genetic source tracking of human urinary exosomes. Proceedings of the National Academy of Sciences, 118 (43), e2108876118.

ヒトの尿のexosomeをRNA-Seqして、その由来を解析しています。由来の解析はsingle-cell RNA-SeqのデータとCIBERSORTというツールを使用したそうです。CIBERSORTはバルクのRNA-Seqデータから組織や細胞別のプロファイルをdeconvolutionするために使用されるっぽい。Deconvolutionって質量分析では最近よく聞きますがRNA-Seqでも似たようなことがされてるんですね。ちなみにQiagenのmiRNeasy Miniを使って抽出し、rRNA除去の後、SMARTでライブラリ作製し、HiSeqでシーケンス。

尿exosomeのRNAは膀胱bladderの割合がダントツに高く、次いで肺lung、大腸colon、脳、甲状腺thyroid、副腎adrenal glandの順でした。腎臓は意外と少ない。細胞の種類ごとに見ると多い順から、内皮細胞endothelial cell、basal cell、単球monocyte、樹状細胞dendritic cell、proximal tubule progenitor、B cell、pancreas exocrine cell。単球や樹状細胞、B細胞のような免疫関連が割と含まれています。

この論文の本題であるがんに関係する話はあまり読んでません。

 

論文のメモ: ナノポアシーケンサーを用いたTargeted RNA-Seq

Oxford Nanopore Technology社のシーケンサー。ナノサイズのポアにDNA・RNAを通して、その際の電流の変化から塩基配列を読み取ります。

ポアを通している途中で興味のある配列(群)でなければ、そのDNA・RNAを吐き出して、無駄な配列を読まないようにする「adaptive sampling」もできるという話があります。

興味のある配列だけを読む場合、通常のシーケンサーならばPCRするとか対象外の配列を除外する等の前処理を行いますが、その前処理が不要ならばとても嬉しいですね。Read UntilというAPIを使って実行するとのこと。Nanopore Communityから入手できます。

Nanopore CommunityのDocumentationからadaptive samplingのページを見ると、adaptive samplingには50 fmol(フェムトモル, 10^-15 mol)のDNAがあれば十分でそれ以上あっても得られるデータ量はあまり増えないらしいです。読みたい配列は、(ゲノム配列と)bedファイルを指定すれば良いようです。 ただbedファイルがなければ、entire FASTA/minimap2 indexも使用できると書いています。

 

今回はこのadaptive samplingをRNAに適用した論文をまとめ。

 

Naarmann-de Vries IS, Gjerga E, Gandor CL, Dieterich C, 2022, Adaptive Sampling as tool for Nanopore direct RNA-sequencing, bioRxiv 2022-10.

2022年の10月にbioRxivにポスト。in vitro転写合成(IVT)した配列を用いて通常のダイレクトRNAシーケンスとadaptive samplingを比較したり、ヒトとマウスのサンプルを用いて、通常ならシーケンスの30~40%を占めるミトコンドリア由来のRNAを除去できるか検討したり。興味のない配列を除外するDepletion modeと、興味ある配列だけ取り込むEnrichment modeがあるそうですが、depletion modeの方が効率が良いそう。この辺の機構は良く分かりません。

Adaptive samplingの手法はあまり詳しく書いていない、というかONTのマニュアル通りにやれるからそもそもこんなものでOKなのかも?これまたよく分かりません。ライブラリはdirect RNA sequencing kit(SQK-RNA002)で調製。

(追記 2023.09.15)

"RNA"という雑誌に公開されてました。DOI: 10.1261/rna.079727.123

(追記終わり)

 

Sneddon A, Ravindran A, Hein N, Shirokikh NE, Eyras E, 2022, Real-time biochemical-free targeted sequencing of RNA species with RISER. bioRxiv, 2022-11.

2022年の11月にbioRxivにポスト。Read Untilでadaptive samplingするためにはリアルタイムで電流データを配列データに変換しなければならない(=basecalling)ので、コンピュータのリソースが必要。そこで、RISERというソフトを開発して、リアルタイムのベースコールを行わずにRNAの種類(coding or non-coding RNA)ごとにadaptive samplingできるようにしたという話。GitHubにRISERのコードが公開されています。

ONTでは3末端からシーケンスされるため、poly Aを識別してadaptive samplingしている様子。なのでreferenceも必要ないっぽいです。だとすると3末端が切れている分解RNAに適用するのは微妙かも。

 

Wan Y, Yang L, ..., Cheng A, 2023, Direct RNA sequencing coupled with adaptive sampling enriches RNAs of interest in the transcriptome. Research Square.

2023年2月28日にResearch Squareにポスト。6月7日現在、Nature系の雑誌で査読中。ONTの人も著者に入っています。

カンジダ症の原因である真菌Candida albicansRNAににadaptive samplingを適用。この論文でもdepletion modeとenrichment modeのどちらも検討しています。また、アノテーションされている転写産物を除外して、新しい転写産物を発見するという何とも活かした使い方をしています。

しかしcoding RNAの中から特定のものを読みたい/除外したい場合は、いくらかpoly A tailを読んでから判断することになるため、(短いRNAには)adaptive samplingの効果が少なくとも現時点では限られてしまうかも、とのこと。

自分がadaptive samplingを使う場合はこの論文が一番参考になりそう。

 

「相分離生物学の冒険」感想

つくばエクスプレスの線路破断のため3時間ほどつくば駅周辺に留まることになり、本屋に寄った際に購入。冒頭の息子さんの食物アレルギーのくだりでもう心を掴まれて購入決定しました。

 

相分離生物学(Phasing biology)は、タンバク質や遺伝子などの生物の個々の構成要素(分子)だけに着目するのではなく、さらに構成要素の形状や立体構造だけに着目するのではなく、分子間の相互作用に着目する生物学であると言います。

たんぱく質やDNAのような分子は細胞内に存在しているだけでは上手く反応しないことがあります。分子同士が液滴(droplet)を形成して、近接することで初めて素早く反応が進みます。液滴は、極性の異なる水と油のような液体の間にも、電荷をもった高分子間でも形成されます。このように液体と液体が相分離する現象に着目するのが相分離生物学ということです。

正直それも分子生物学の一分野なのでは、と思わないこともないですが、これまでの分子生物学(あるいは構造生物学)で取り上げられてこなかった現象が、実は生命にとって鍵となっているという主張は納得感のあるものでした。各章では多様な生命に関するトピックを相分離生物学に絡めて語っており、それぞれ独立して読めるようになっていて面白かったです。個人的に印象深かったものを以下に箇条書き。

 

HSPヒートショックプロテイン)はタンパク質の凝集を防ぐシャペロン。シャペロンがあればタンパク質の突然変異が許容され、機能しないタンパク質でも保持されて、それが表現型に反映されずに生きられる(隠蔽変異)。HSPのようなシャペロンが機能しなくなったとき、シャペロンによって緩衝されていた変異が表現型として現れ、集団に多様な表現型が一気に放出される。例えばRutherford & Lindquist(1998)。[第4章]

・遺伝子の発現を促す特定のDNA領域エンハンサー。核の中には転写因子やコアクチベーターがたくさん集まっている領域があり、スーパーエンハンサーと呼ぶ。実はスーパーエンハンサーもドロップレットであり、転写因子やコアクチベーターはそもそもドロップレットを形成しやすい性質を持ち、それらと相互作用しやすいDNA領域がエンハンサーとなっているという。[第11章]

抗がん剤のシスプラチンが上記のスーパーエンハンサーに濃縮していたという話も面白い。

・クレイグベンターの人工生命の話。遺伝子の機能が結局よくわからないまま人工生命を作り出せた。[第12章]

RNAのドロップレットができていることで、温度などの環境の変化に予防的・鋭敏に応答できる。RNAはタンパク質配列だけでなく、相分離性までコードしている![第13章]

 

 

オルソログを教えてくれるRパッケージorthogene

異なる生物種間のオルソログを検索して紐づけてくれるRパッケージです。GitHubページはここ

使いやすくて非常に助かりました。1.5年前からBioconductorにあるみたいですが、5年くらい前にあればめちゃめちゃ使ってましたね…、

マニュアルに大抵のことは書いていますが、少しメモ。

 

 

例えば、1,637個のzebrafishの遺伝子を、メダカのオルソログに変換したい場合。

gene_medaka <- convert_orthologs(gene_df = gene_zebra,
                  gene_input = "Ensembl.Gene.ID", 
                  gene_output = "dict", 
                  input_species = "drerio",
                  output_species = "olatipes",    # medakaのこと
                  non121_strategy = "drop_both_species",
                  method="gprofiler") 

# gene_zebraはdata.frameで、"Ensembl.Gene.ID"の列にzebrafishのEnsemblのGene IDが16,37個入っている

返ってくるgene_medakaは以下。gene_outputオプションでdictを選択したため、ベクター形式で返ってきます。

head(gene_medaka)
  ENSDARG00000055504   ENSDARG00000068493   ENSDARG00000068493   ENSDARG00000069105   ENSDARG00000021838   ENSDARG00000061255 
"ENSORLG00000023573" "ENSORLG00000001225" "ENSORLG00000001238"              "fgfr4"              "rps23"             "dusp3a" 

gene_outputオプションでcolnamesを選択すると、dplyrのmutateのようにortholog_geneという新しい列にメダカのGene nameを入れて返してくれます。

返ってくるオルソログは通称名なので、Ensembl Gene IDなどに変換したければ、map_genes関数を使用します。

 

 

convert_orthologs関数のnon121_strategyオプションが微妙に迷うところ。公式のコピペは以下。

  1. "drop_both_species" : Drop genes that have duplicate mappings in either the input_species or output_species, (DEFAULT).
  2. "drop_input_species" : Only drop genes that have duplicate mappings in input_species.
  3. "drop_output_species" : Only drop genes that have duplicate mappings in the output_species.
  4. "keep_both_species" : Keep all genes regardless of whether they have duplicate mappings in either species.
  5. "keep_popular" : Return only the most “popular” interspecies ortholog mappings. This procedure tends to yield a greater number of returned genes but at the cost of many of them not being true biological 1:1 orthologs.

なおゼブラフィッシュとメダカの例では、1,637個のゼブラ遺伝子はそれぞれのオプションで (1) 1,254個、(2) 1,270個、(3)1,341個、 (4)1,400個、(5) 1,334個のメダカ遺伝子になりました。目的によって使い分ける感じでしょうか。

論文のメモ: ミトコンドリアのSwelling assay

ミトコンドリアの機能の研究方法についてお勉強。酸素消費速度(OCR)とか膜電位とか。

その中でMitochondrial swelling assayというのがあり、少しメモ。Swellingとは膨潤と訳されることが多く、例えばミトコンドリアの膜透過性遷移孔(mPTP)が開く際など、ミトコンドリアは膨潤し膜電位が低下する。最終的にネクローシスにつながるかもしれない。膨潤自体が機能障害という感じでもないようですが、540 nmの吸光度で簡単に測定できることもあってか、広く調べられています。

 

mitochondria swelling assayは原理が分かっていない? | 真の心は平和にあり

こういうブログ記事もあり、確かにswelling assayをしている論文をいくつか読んでも特に原理が書いていませんでしたが、下に引用する論文で言及されているのを見つけたのでメモ。

 

Li W, Zhang C, Sun X, 2018, Mitochondrial Ca2+ retention capacity assay and Ca2+-triggered mitochondrial swelling assay, J Visualized Experiments 135:  56236.

Swelling assayとCa retention capacity(CRC)assayの手法の紹介論文。Swelling assayではリン酸、カリウム、リンゴ酸、グルタミン酸(もしくはこれら2物質の代わりにコハク酸)、ロテノンを含むバッファーで540 nmの経時変化を見る。

原理について下のような一文がありました。引用されているAllmanら(1990)はちゃんと読んでませんが、ミトコンドリアではなく細胞のサイズと吸光度に関する論文のようです。

Mitochondria volume can be directly determined by forward angle light scattering (Allman et al., 1990, Cytometry), where decreases in the absorbance reflect passive swelling of the mitochondrial matrix.

要はオルガネラや細胞のサイズと散乱光強度の関係を見ているということみたいですが、やっぱり特異的な検出ではないので、微妙な手法だと言われればその通りかも。でも簡単で伝統的にやられているから今でもよく使われているという感じでしょうか。

 

 

Menze MA, Hutchinson K, Laborde SM, Hand SC, 2005, Mitochondrial permeability transition in the crustacean Artemia franciscana: absence of a calcium-regulated pore in the face of profound calcium storage, American Journal of Physiology-Regulatory, Integrative and Comparative Physiology 289(1): R68-R76.

Swelling assayについて色々眺めてて見つけた論文。貧酸素に耐性のあるアルテミアでは、カルシウムを1 mMまで与えてもswelling(=A540の低下)もCaの取り込みの限界も見られなかった、つまりミトコンドリア膜透過性遷移(mPT)は生じなかったそうです。

この論文でも、540 nmが減少するはミトコンドリアのボリュームの指標だと書いています。さらにCaを与えたときに哺乳類とは異なり540 nmが増加していますが、それはミトコンドリアのボリュームが減少しているのではなくてリンとカルシウムの錯体が形成されて、マトリックスのrefractive indexを増加させているからだとも書いています。

 

Sekine S, Kimura T, Motoyama M, Shitara Y, Wakazono H, Oida H, Horie T, 2013, The role of cyclophilin D in interspecies differences in susceptibility to hepatotoxic drug-induced mitochondrial injury, Biochemical Pharmacology 86(10): 1507-1514.

ある薬剤Aの肝毒性についての論文。肝毒性はミトコンドリアの機能障害が関与しているため、膜電位と膜透過性遷移(=swelling assay)を調べています。マウスの肝臓ミトコンドリアは薬剤Aに対して膜電位・透過性遷移の感受性が、ラット、カニクイザルに比べ2~4倍くらい低かったが、この差にはmPTPの構成分子であるシクロフィリンDが関連していそうとのことです。

 

(追記2023.03.30)

Paul MK, Rajinder K, Mukhopadhyay AK, 2008, Characterization of rat liver mitochondrial permeability transition pore by using mitochondrial swelling assay, Afr J Pharm Pharmacol 2(2), 14-21.

Swollenなミトコンドリア電子顕微鏡TEM画像あり。内膜と外膜が離れて、クリステが消失しています。

 

 

第57回日本水環境学会年会@愛媛大学

表記の学会に参加してきました。3/15~3/17の3日間の学会ですが、2日目の午後から最後までの参加。

環境学会年会は2019年以来の対面開催でした。私の専門とドンピシャの学会という感じではないですが、出身学科の同窓会的な側面もあり、久しぶりに会えた人も多くて楽しめました。

 

マイクロプラスチック(MP)関係はやはり盛況で、最終日に3つセッションがありました。ナノスケールのプラスチックの検出(3-B-09-1、3-B-10-4)や、生態毒性試験への使用を見据えて人工的にマイクロプラスチックを劣化させる話、MPのサイズと重量の関係(3-B-09-3)、海表面マイクロ層(Sea surface microlayer)にMPが濃縮している話(3-B-10-1)など面白かったです。サイズと重量の関係については、ウルトラミクロ天びんを使って個々のMPの重量を量ることで、2次元の画像から体積と重量を推定している既存の研究が重量を1桁過大評価している可能性を指摘していました。ウルトラミクロ天びんを早速ググってみましたが、100万円は超えそうで遊びでは買えないですね。

鈴木聡先生の薬剤耐性菌に関する基調講演も面白かったです。共存する金属や有機物で水平伝播が促進されるとか(Suzuki et al., 2012など)、原生生物に取り込まれた後も機能が完全に失われるわけではないとか(ここはあまり深堀りされなかったのでもう少し聞きたかった)。前者はマイクロプラスチック問題とも関連していて、水環境学会的にも興味ある人が多いのではないでしょうか。

 

論文のメモ: 近年の生態毒性分野でのトランスクリプトーム解析

3歳半になった娘と暮らしていると、クレヨンしんちゃん(原作。アニメはほとんど知らない。)は、育児マンガだったんだなと良く思います。昔読んだクレしんの場面が頻繁に脳内再生されます。

 

生態毒性な分野でのRNA-Seq解析の使われ方について。何か特定の物質の毒性メカニズムを探るため、という使われ方以外での話。どうもPOD(Point-of-Departure; 下記参照)の推定という文脈が多い気がします。例えば長期のin vivoでの毒性値の代替として、in vitroや短期in vivoRNA-Seqで得たPODが使用できるかどうか、という文脈です。

 

 

Johnson KJ, Auerbach SS, Stevens T, Barton-Maclaren TS, Costa E, Currie RA, ...  Pettit S, 2022, A transformative vision for an omics-based regulatory chemical testing paradigm, Toxicol Sci 190(2): 127-132.

「21世紀の毒性学」の流れを踏まえて、トランスクリプトームの活用法を概観したミニレビュー的な論文。ヒト健康・生態リスクどちらも射程に入っています。
トランスクリプトーム解析でのPODは、in vivo毒性値とざっくり一致しているとのことです。"Retrospectively evaluating available datasets has demonstrated good concordance (typically within 10-fold) between transcriptomic PODs derived from in vivo short term-studies and those established by longer term, apical endpoint focused guideline toxicity studies."

短期の毒性試験のPODが、慢性・長期の毒性値を予測できるか(Principle 3)については、まだエビデンスが蓄積しているわけではなさそうです。

 

Ewald JD, Basu N, Crump D, Boulanger E, Head J, 2022, Characterizing Variability and Uncertainty Associated with Transcriptomic Dose–Response Modeling. Environ Sci Technol 56(22): 15960-15968.

EcoToxChipの開発などを行うカナダのグループ。ウズラの卵に11濃度区のクロルピリホスを曝露し、肝臓のRNA-Seq。各濃度n=5。この大規模なデータセットをサブサンプリングして、tPOD(transcriptomic Point-of-Departure; 各遺伝子について濃度-反応曲線を描いてNOEC的な濃度BMDを求めて全遺伝子でまとめたもの)がどのように変わるかを調べています。濃度-反応曲線は8つのモデルをFastBMDというWeb上のツールでフィッティングしてます。このFastBMDも同じ著者たちが開発したツールです。

その結果、連数より濃度範囲・比が重要とのことです。また、pathwayベースのtPODの方が、geneベースの(つまり単に統計的な)tPODよりも安定している、というのは納得いくし面白い結果。低濃度ほど、その物質・毒性メカニズム特有の応答が見られる、という説は検証されなかった、とも述べています。

 

Alcaraz AJG, Mikulasek K, Potesil D, Park B, Shekh K, Ewald J, ..., Basu N, Hecker M, 2021, Assessing the toxicity of 17α-ethinylestradiol in rainbow trout using a 4-day transcriptomics benchmark dose (BMD) embryo assay, Environmen Sci Technol 55(15): 10608-10618.

同じくカナダのグループから。詳しくは読んでませんが、ニジマスの96-h胚試験でのRNA-Seqから得られるtPODと慢性試験で得られる毒性値を比較している論文。

 

Pagé-Larivière F, Crump D, O'Brien JM, 2019, Transcriptomic points-of-departure from short-term exposure studies are protective of chronic effects for fish exposed to estrogenic chemicals, Toxicol Applied Pharmacol 378: 114634.

Environment and Climate Change Canadaから。既存の魚のトランスクリプトーム解析データを用いて、推定法によってPODがどれくらい変わるかを議論した論文。こちらも詳しくは読んでません。

 

Villeneuve DL, Le M, Hazemi M, Biales A, Bencic DC, Bush K, ... & Flynn K, 2023, Pilot testing and optimization of a larval fathead minnow high throughput transcriptomics assay. Current Research in Toxicology, 4, 100099.

USEPAから。あとで読んだら追記するかも。(2024.04.23追記)

全部で10種の物質に、11濃度区でファットヘッドミノーを24時間曝露してtPODを求めています。実験デザインについての提言(Table 4)が良い。反復数はn =4(最低n=3)とし、1反復には3匹以上の個体をプールせよ、DEGsの数は15以上ないと厳しい、とのこと。

 

(2024.04.24追記)

Villeneuve DL, Bush K, Hazemi M, Hoang JX, Le M, Blackwell BR, Stacy E, Flynn KM, 2024, Derivation of Transcriptomics‐Based Points of Departure for 20 Per‐or Polyfluoroalkyl Substances Using a Larval Fathead Minnow (Pimephales promelas) Reduced Transcriptome Assay. Environmental Toxicology and Chemistry.

これもUSEPAから。孵化5日のファットヘッドミノーの仔魚をPFASに24時間曝露し、ターゲットシーケンスの1種であるTempO-Seqで1832遺伝子のRNA-Seq。なお曝露はBiomekの自動分注機とマイクロプレートで実施してるようです。濃度区は明示されてないかもですが、SIを見る限り、Controlを除いて8つでしょうか。有意な致死が確認された濃度は除き、BMDExpressでtPODを求めています。

このグループは同時期に、オオミジンコDaphnia magnaでもwhole sequencingですが同様のtPOD解析を行っています(Villeneuve et al., 2024, ET&C)。ミジンコとファットヘッドミノーのtPODを比較すると、10以上のPFASについてミジンコの方が1~3桁低いという結果。さすがに実験デザインの違いだけではなくて、種の感受性の差に起因しているのでは、と議論しています。

この一連のUSEPAによる論文を読んで、結構ガチでtPODの可能性を検討しているんだなと感じました。面白かったです。

(追記ここまで)

 

 

National Toxicology Program, 2018, NTP Research Report on National Toxicology Program approach to Genomic Dose-Response Modeling.

上の論文たちで引用されています。生態毒性では別にないですが。BMDExpressというソフトが紹介されています。

塩酸からのDOCコンタミ

TOC計で水試料のDOC(溶存有機炭素)濃度をよく測定しています。

TOCはTotal Organic Carbonなので、TC(全有機炭素)からIC(無機炭素=炭酸塩炭素)を差し引いて求めます。その測定法には一般にTC-IC法とNPOC法(Non-Purgeable Organic Carbon)がありますが、いずれの方法でも水試料に酸を添加してICを揮発させる工程が含まれます。この酸として塩酸を用いることが多いです。

私の用いているTOC計では1 mol/Lの塩酸を使用するのですが、12 mol/Lなどの濃く、かつ純度の高い塩酸をたびたび希釈するのは面倒なので、1 mol/Lの塩酸を富士フィルム和光から購入しました。

この塩酸を、2年近く希釈せずにそのまま装置に使用してきましたが、今月になってブランク試料からも明確にピークが検出され始めました。色々検証した結果、純度の高い塩酸を装置に入れた場合はピークが消え、1 mol/Lの塩酸にTOCが含まれていることが判明しました。

 

1 mol/Lの塩酸は2年近くは問題なく使えていましたが、急にコンタミ源になってしまいました。プラっぽい容器(素材は不明)に入っていたため、何かが溶出してきたのでしょうか。TOC分析用のグレードではないのを使用していたのが良くなかったのですが、µg/Lオーダーの微量分析ならともかくmg/Lオーダーで検出されるのかぁと少し驚きました。

塩酸容器の素材が何か分かりませんが、プラスチック汚染、プラスチックの添加剤として使用される化学物質による汚染が問題となっている今、面白い問題でした。