備忘録 a record of inner life

やったことや考えたこと・本・論文・音楽の備忘録。 特に環境科学・生態毒性に関して。

論文のメモ: 環境RNA(eRNA)のあれこれ

某オンラインセミナーで紹介されていた論文たち。

河川や海、陸域における生物種の在、不在や生物量を推測するための環境DNA(eDNA)。環境DNAは、既に死んでいる生物からも検出されるため、本当はその対象地域に生息していない魚種なのに漁港や家庭排水のために検出されてしまうこともあるそうです。PCRで増幅する断片の長さを短くするなどの工夫はありますが、もっと生物の活性を反映した手法はないのか、ということで環境RNAに注目が集まっています。

早稲田で生態学会が開かれていた時(なので2017年)くらいに、環境RNAを毒性試験における非破壊的なモニタリングに使えないかなとぼんやり妄想してましたが、まだそういう応用例はほとんどないようです。

応用できたとしても、やはりネックは検出力でしょうか。流水式の魚類では問題ないかもですが、小型の甲殻類などの毒性試験では水は数Lも回収できないですからね。

 

 

Cristescu ME, 2019, Can environmental RNA revolutionize biodiversity science?, Trends Ecol Evol 34(8): 694-697.

2019年の総説、というか軽い読み物。「RNAは素早く分解してしまうから使えないのでは?」という懸念に反し、RNAは意外と分解しないっぽいよ、と述べてます。

環境RNAがどのような形態で存在しているのか、という議論は面白い。細胞に入っているのか、Extracellular vesicles (EV, 細胞外小胞) に入っているのか、カプシドに守られてるのか、それともfreeなのか。まだ知見は全然ないそうですが、ちょろっと書いてある生物体内でのmRNA輸送と絡めて考えると発展の余地が多くて面白そうです。

 

Wood SA, Biessy L, Latchford JL, Zaiko A, von Ammon U, Audrezet F, Cristescu ME,  Pochon X, 2020, Release and degradation of environmental DNA and RNA in a marine system, Sci Total Environ 704: 135314.

海産の多毛類とホヤでeDNAとeRNA(ともにミトコンドリアCOI)の分解速度を室内実験で調べた研究。水だけでなくバイオフィルムも調べてます。絶対量はeDNAの方が多いけど、分解速度はeRNAと大差なかったという結果。

水中では検出されなくなったときに、バイオフィルムでは検出されたのは面白い!毒性試験への応用はこっちのほうが現実的かも?時間的にある程度平均化された値を示しそうですし。

 

 

Tsuri K, Ikeda S, Hirohara T, Shimada Y, Minamoto T, Yamanaka H, 2020, Messenger RNA typing of environmental RNA (eRNA): A case study on zebrafish tank water with perspectives for the future development of eRNA analysis on aquatic vertebrates, Environmental DNA.

ゼブラフィッシュの組織特異的に発現する遺伝子に着目し、環境RNAがどの組織(鰓、腸管、表皮)から放出されたのかを追求した論文。ゼブラのSkinやmuscleで発現していない遺伝子でも水中の環境RNAとしては検出されています。

 

 (追記 2021.02.02)

Liu M, Sun Y, Tang L, Hu C, Sun B, Huang Z, Chen L, 2021, Fingerprinting fecal DNA and mRNA as a non-invasive strategy to assess the impact of polychlorinated biphenyl 126 exposure on zebrafish, J Environ Sci 106: 15-25.

ゼブラフィッシュをPCBに曝露して、糞のDNAとmRNAを調べた論文。DNAのエンリッチメント解析もやってmRNAより差がない、と述べてますが当たり前では…?むしろなぜDNAで差が出てしまうのでしょうか。単純に誤差?細菌メタゲノムなのか。

 

論文のメモ: ギンザケの死亡を引き起こすタイヤ由来の化学物質が同定される

悔しい気持ちはあるけど、それ以上に妄想が広がって楽しい。ただ悔しい気持ちが少ないのは、今はもうこの界隈から手を引きかけていたからかも。

 

Tian Z, Zhao H, Peter KT, Gonzalez M, Wetzel J, Wu C, ...  McIntyre JK, Kolodziej EP, 2020, A ubiquitous tire rubber–derived chemical induces acute mortality in coho salmon. Science.

路面排水を受ける河川におけるギンザケの死亡(→この記事参照)。  2000年代からアメリカ西部で確認されていて、2010年代に色々と論文が出ていました。

どうやらタイヤ由来の物質が怪しいというところまでは近年の検討から分かっていましたが、なかなか原因物質までは辿り着けていませんでした。「原因物質を同定するまでには数年はかかるかも(Spromberg et al., 2016 JAE)」なんて言われていましたが、今回、ついにギンザケ死亡の原因物質が同定されました。Science!

原因物質は6PPD-quinone(2-anilino-5-[(4-methylpentan-2-yl)amino]cyclohexa-2,5-diene-1,4-dione; CAS不明, PubChemにページあり ID:154926030)。タイヤの酸化防止剤である6PPD(CAS:793-24-8)が酸化によって変化したもの。6PPDはタイヤの0.4~2%w/wを占めている成分で、その用途から考えて6PPD-quinoneが普遍的に路面環境中に存在するのは、ある意味当然と言えるでしょう。

やっている内容は結構地道で、TIE&EDAな分画と曝露試験、化学分析の繰り返し。面白かったのは、6PPD-quinone(=C18H22N2O2)がデータベースや文献に存在しない"true unknown"な物質だったこと。ならば、環境中で変化した物質だろうと推測してタイヤに含まれる物質でC18HxNxOxな物質がないか探したところ、6PPDにヒットして、6PPDをオゾン酸化したら見事それっぽい物質ができた、そうです。この辺りのストーリー語りはScienceとかNatureの論文形式ならでは。興奮が伝わってきます。

親物質である6PPDの24時間半致死濃度(LC50)は251 μg/Lである一方(設定濃度ベース)、6PPD-quinoneの24h LC50は1.46 μg/L(設定濃度ベース? 実測だと0.79 μg/L?)。

 

論文でも書かれている注意事項は、①6PPD-quinone以外の物質による毒性への寄与は否定していない、②6PPD-quinoneの定量はsurrogateを用いない絶対検量で行われているため特に環境試料の定量結果には改善の余地があるかもしれない、③毒性試験中の6PPD-quinoneや6PPDの安定性はよく分からない(logKowはそれぞれ5~5.5, 5.6なので吸着などによるロスは大きいはず)、ことなど。

個人的に気になったのは今回のScienceではjuvenileの鮭を用いているけれど、2011年のPlos One論文では「adultでは影響がみられたけどjuvenileでは見られなかった」という報告があること。成長段階の違いや種の感受性の違いを考慮すると、6PPD-quinoneの影響はこの論文で議論されているよりもっと大きいかもしれない?

また、現在使われている多くのタイヤに含まれているなら、代替物質が出て来たとしても当分6PPDおよび6PPD-quinoneによる影響は残るはず。現場環境での影響低減策が求められますね。

 

なお第一著者のZhenyu TianさんとJenifer McIntyreさんのインタビューなどを含む動画はここ

 

 

Moldovan Z et al., 2018, Environmental exposure of anthropogenic micropollutants in the Prut River at the Romanian-Moldavian border: a snapshot in the lower Danube river basin, Environ Sci Pollution Res 25(31): 31040-31050.

ドナウ川支流のプルート川における、親物質である6PPDの検出報告例。平均37 ng/Lで、最大140 ng/L。

 

 

Prosser RS et al., 2017, Toxicity of sediment‐associated substituted phenylamine antioxidants on the early life stages of Pimephales promelas and a characterization of effects on freshwater organisms, Environ Toxicol Chem 36(10): 2730-2738.

親物質である6PPDの毒性試験例。論文中ではDPPDAと称されています。このグループは他の生物種でもフェニルアミン類の試験をいくつか行っていて、2017年にいっぱい論文が出ています。

この2017年のET&Cの論文ではそれらの試験結果をまとめた種の感受性分布(SSD)が示されていて(Fig1およびTable S14)、急性影響に限るなら、魚類+無脊椎動物に対する6PPDのEC50はざっくり100~数百 μg/Lの範囲。上のScience論文ともおおむね一致します。

 

2020年よく聴いた曲

SpotifyがYour Top Songs 2020なるリストを出してくれてました。

 

Top 1~15がこれ。

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Slyが1位とは。。本当に2020年のリストでしょうか、これは。

今年上半期に謎のSly&The Family Stone再評価の波が(自分の中で)来てたのでした。確かにThank Youは聴きまくったかも。

NORIKIYOはそんなに積極的に聴いてた覚えないけど、適当なシャッフルの中によく入っていたのかな。Elle Teresaはこの1ヶ月かなりヘビロテ。多分ゆるふわギャング繋がりで、ゆるふわ自身も相変わらずよく聴いてました。

 

Spotifyは通勤中にしか使わないので、在宅勤務をしていた今年はそもそもの分母が少ないのかも。だから数回聴いただけでもTopに入ってくる偏った(2020年の個人的な音楽鑑賞実態を反映していない)リストになってる可能性。。すごい狭いアーティストしか入ってないし。

 

以下Top15~45。

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カメレオン・ライム・ウーピーパイ、最近のお気に入り。気だるさと若干の棘のあるオルタナロック感。ちょっとChibo Matto的な。

Top 44のKID FRESINOの曲も良かった。FRESINOって客演活かすの上手い。

論文のメモ: 土壌汚染の生態リスク評価 ~平衡分配や有機物含量による標準化など~

土壌汚染の生態リスク評価について。

底質のリスク評価では、間隙水と底質と生物の3相で化学物質の平衡状態を仮定する平衡分配理論(Equilibrium Partitioning Theory; EqP)を割と良い感じで使えて、非イオン性の有機物については、間隙水のフリー溶存態で毒性影響や生物蓄積がざっくりと説明できそう、という現状です(細かいことを言い出すと色々違うとなりそうですが、ざっくりと言うと)。

同じような考え方が、土壌の生態リスク評価に適用できるのか。つまり間隙水のフリー濃度を指標にしておおむね説明できてしまうのか、単純に気になって、いくつか文献を見てみました。

  

Redman AD, Parkerton TF, Paumen ML, McGrath JA, den Haan K, Di Toro DM, 2014, Extension and validation of the target lipid model for deriving predicted no‐effect concentrations for soils and sediments, Environ Toxicol Chem 33(12): 2679-2687.

この論文については、以前もブログに書きました。土壌も底質もEqPを適用できる対象として特に区別なく扱われています。  

 

van Beelen P, Verbruggen EM, Peijnenburg WJ, 2003, The evaluation of the equilibrium partitioning method using sensitivity distributions of species in water and soil, Chemosphere 52(7): 1153-1162.

水生生物を用いた毒性試験データ(ug/L)にEqPを適用して土壌の毒性値に換算したものと、土壌を用いた毒性試験のデータ(ug/g)とを比較した論文。比較は、種の感受性分布(SSD)をかいた時のHC5(Hazardous Concentration 5%)などで行なっています。HC5が100倍以上異なる物質もあるという結果。この差は分配係数の不確実性によるところもあれば、SSDの生物種の構成によるところもあるそうです。

あまり丁寧に読んでませんが、金属も含めている点や有機物含有量の標準化の方法など、良く分からないもあり。

 

2021.02.02 追記

Golsteijn L, van Zelm R, Hendriks AJ, Huijbregts MA, 2013, Statistical uncertainty in hazardous terrestrial concentrations estimated with aquatic ecotoxicity data, Chemosphere 93(2): 366-372.

上のBeelenら(2003)とほとんど同じ。土壌と水試験の結果をEqPでつないだもの。突っ込みどころも多いですが、Kocの不確実性をQSAR予測値の誤差?で議論しているのは面白い。

追記終わり

 

Frampton GK, Jänsch S, Scott‐Fordsmand JJ, Römbke J, Van den Brink PJ, 2006, Effects of pesticides on soil invertebrates in laboratory studies: a review and analysis using species sensitivity distributions, Environ Toxicol Chem 25(9): 2480-2489.

土壌の毒性試験データで種の感受性分布(SSD)を推定したという論文。パラチオン、クロルピリホス、λ-シハロトリンなど11物質を対象。

試験標準種であるミミズだけでリスク評価するのは危険だよ、というのが論文の主眼ですが、土壌中濃度を有機物含量で補正していない点が少し気になりました(全てbulkの濃度で評価している)。平行分配法理論に従うなら、有機物含量で補正したいところ。

 

 

Gainer A, Bresee K, Hogan N, Siciliano SD, 2019, Advancing soil ecological risk assessments for petroleum hydrocarbon contaminated soils in Canada: Persistence, organic carbon normalization and relevance of species assemblages, Sci Total Environ 668: 400-410.

あまりちゃんと読んでませんが、土壌でも底質と同じように有機物含量で補正すると毒性値のばらつきが小さくなることが述べられています。

GUTSモデルのRパッケージ

TK-TD(Toxicokinetics-Toxicodynamics)モデルのGUTS(General Unified Threshold model of Survival)のRパッケージについて。なぜか2つもあってややこしいので、メモ。

 

GUTSは、Tjalling Jagerさんらが2011年に発表したTK-TDモデルの一つで、Critical Body ResidueモデルやDEBTox survivalモデルなど、既存のTK-TDモデルを統合した数理モデルです(Jager et al., 2011, ES&T)。名前の通り、生存率を解析するためのモデルで、繁殖影響などには対応してません。

 

GUTSの中にも、TKとTDを分けて考えるFull GUTSと、両者を区別せずに生物を1つのボックスと認識するReduced GUTSがあります。Reduced GUTSは、生存率の経時変化のみを使って、一時的に濃度が急上昇するなど非定常的な曝露に対する致死応答を予測できるという点で、農薬のリスク評価に活用されてきているっぽいです。

 

 

 

そのReduced GUTSを簡単に解析できるツールは、i) ウェブ上でできる"MOSAIC"、ii) Rパッケージの"morse"、iii) Rパッケージの"GUTS"、iv) ダウンロードして使用するGUTS専用のソフトopenGUTSあたり。ここにJagerさんによるまとめあり。

 

MOSAICとmorseは同じもので、ウェブブラウザでできるかRでやるかの違いっぽいです、たぶん。論文はDelignette-Muller et al., 2017, ES&Tベイズ推定とMCMCのコードはJAGSで書かれています。この2017年の論文に対しては、Jagerさんからコメントがあり、パラメータの事前分布を置くことに対する注意喚起がなされています。

なおウェブ上でできるMOSAICについても紹介論文(Baudrot et al., 2018, ET&C)があります。

 

GUTSパッケージは、2011年のGUTS論文の著者の一人でもあるCarlo Albertさんが開発したもののようで、パッケージの論文はAlbert et al., 2016, Plos Comput Biol。こちらはadaptMCMCというRパッケージを使っていて、R内で計算が完結している?また、morseと異なる特徴は、通常の4パラメータのReduced GUTSだけでなく5パラメータのReduced GUTS-properが計算できる点。この妥当性は正直よく分かりません。

 

 

論文のメモ: クロレラとマイクロプラスチックとミジンコ

Albini D, Fowler MS, Llewellyn C, Tang KW, 2020, Turning defence into offence? Intrusion of cladoceran brood chambers by a green alga leads to reproductive failure, Royal Society Open Sci 7(9): 200249.

偶然出あった論文。

緑藻類のクロレラがオオミジンコの育房に入り込んで、オオミジンコの産仔数を減らしてしまうというお話。面白くて一気に読んでしまいました。内容については正直まだ半信半疑ですが。。。24時間明という極端な条件でないと影響がでないというのも。。。

ミジンコは卵に酸素を送るために、水の流れを育房に作っているらしく、そのおかげでクロレラが入り込んだのかもしれない。ただ、クロレラとほぼ同じサイズの緑藻ムレミカヅキモではこれらの現象は見られなかったので、クロレラの戦略ではないか、とのこと。

クロレラのサイズは12μmだそうで、これマイクロプラスチック問題やん、摂食以外の経路を示唆してるやん、と思ったら、すでにそういう論文↓もありました。

  

Brun NR, Beenakker MM, Hunting ER, Ebert D, Vijver MG, 2017, Brood pouch-mediated polystyrene nanoparticle uptake during Daphnia magna embryogenesis. Nanotoxicology 11(8): 1059-1069.

ほぼ読んでません。一応メモ。

 

 

 

 

 

論文のメモ: 生物種によって感受性が異なるのはなぜか? その2

この記事の続き。

化学物質に対する感受性が生物種によってなぜ異なるのか、という問題。そのものズバリな総説が出てました。

  

van den Berg SJ, Maltby L, Sinclair T, Liang R, van den Brink PJ, 2020, Cross-species extrapolation of chemical sensitivity. Sci Total Environ: 141800.

生物種の感受性を予測・説明する手法として、(i) ICEなどの単純な2種間の相関による手法、(ii) 系統関係などの関連度合いrelatednessに基づく手法、(iii) 体サイズや呼吸様式などの形質traitsに基づく手法(例:Rubach et al., 2012)、(iv) 遺伝子ベース、特に化学物質のターゲットとなる生体分子の遺伝子配列などに基づく予測手法(SeqaPassなど)の4つが紹介されています。

i~ivの順にメカニズムに基づく手法になってます。また、TK-TDで分けて考えると、形質に基づく手法はTKとの関連が強く、遺伝子ベースの手法は(ここでいう遺伝子は、COIとか系統関係の話ではない)TDとの関連が強いという整理がされてます。

以前書いた記事と大まかには同じような内容で、自分の理解がすごく変ではなくて良かったです。

 

 

 

 

TKとTDに分けて考えるということに関して。上の総説では定量的な具体例があまりないのでイメージが湧きにくいです。

その点は、Roman Ashauerさんらの一連のTK-TDモデルの研究を参照するのが良いかも。

Kretschmann A, Ashauer R, Hollender J, Escher BI, 2012, Toxicokinetic and toxicodynamic model for diazinon toxicity—mechanistic explanation of differences in the sensitivity of Daphnia magna and Gammarus pulex. Environmental Toxicol  Chem 31(9): 2014-2022.

例えばこれ。有機リン系殺虫剤に対するオオミジンコとヨコエビの感受性の違いを、TK-TDモデルによって解釈した論文。BCF(Bioconcentration factor)は両種ほぼ同じでTK部分には大きな差はないが*1、AChEと有機リン系殺虫剤の代謝物との反応速度が大きく異なっており、そこで感受性が決まっている様子。

このTDの反応は、SeqaPassなどの手法によって、各生物種のAChE遺伝子配列から予測できる部分が大きいはず。ちなみにこの論文を研究室で紹介したら、感受性の差の2倍程度なら再現性の中に埋もれてしまう(ため、その微妙な差を更に不確実性の大きい数理モデルで解釈するのはどうなのか)、と指摘を受けました。もっともです。。。

 

Ashauer R, Albert C, Augustine S, Cedergreen N, Charles S, Ducrot V, ... Jager T, 2016, Modelling survival: exposure pattern, species sensitivity and uncertainty. Scientific Reports 6(1): 1-11.

こちらはあまり関係ないけど、次の文章がまさにVan den Bergの総説を、定量的かつメカニスティックに説明していると思います*2

Some studies hypothesized that TKTD model parameters, such as those of GUTS models, could be combined with species traits or phylogenetic information to explain and predict species sensitivity differences. Species traits such as metabolic rate, which scales with size, correlated with the threshold parameter for a small set of chemicals and the dominant rate constant could be related to the size of three different species. (中略) The hope is that predictions can be made for untested species based on correlations between species traits and TKTD parameters. 

 

*1:ただ代謝産物が毒性を引き起こしており、単純なBCFだけでTKが語れないのでちょっとややこしい。

*2:同じ論文たち、例えばRubach et al., 2012あたりが引用されているから当然といえば当然ですが。

論文のメモ: 分配係数 Kocの値に何を使用するか

このへんの話 の続き。忘れそうなのでメモ。

 

Norman JE, Kuivila KM, and Nowell LH, 2012, Prioritizing pesticide compounds for analytical methods development: U.S. Geological Survey Scientific Investigations Report 2012–5045, 206 p. 

USGSでは、平衡分配法による底質のリスク評価で用いる分配係数Kocの値は、(1) 文献値、(2) PPDB(Pesticide Properties DataBase*1、(3) EPI Suiteの実験値または推定値、の順で優先して使用するそうです(上記Norman et al., 2012の19ページ)。

しかし文献値って何?推定値ではなく実験値のことだとは思いますが、特に底質の種類などについて指定はないのでしょうか。。文献によっては、同じ物質でもKocの値は余裕で1桁、場合によっては2桁以上ずれるはず。

 

なお日本の農薬(のPEC算出)については、「農薬の登録申請に係る試験成績について」に以下のような記述があります。ちなみにタイプ2,3,4,5は、おそらく"clay loam"、"silt loam"、"loam"、"loamy sand"のことで、pH・有機炭素量・clay含有量がそれぞれ異なる土壌(OECD TG106)。

(10)土壌吸着性に関する試験(2-9-10)

① 試験方法

OECDテストガイドライン106(2000年1月21日採択)に準じて測定する。ただし、供試土壌は、原則として当該テストガイドラインに示されている7つの土壌タイプのうち、タイプ2、3、4及び5ごとにそれぞれ1種類以上とし、少なくとも1種類は火山灰土壌を含める。なお、平衡化温度は25℃で測定する。

そして、こういう指摘もありました。Kocのばらつきを考慮するために、算術平均ではなく中央値を使え、とのこと。

*1:PPDBのKoc値はPSD Pesticide Data Requirement Handbook (2005)がソースらしい。

責任者出せメソッドは論文投稿でも有効

某ゲノムアナウンスメントを投稿した時の話。

 

ある学術誌にゲノムアナウンスメント(ゲノム情報の簡単な説明を書いた短報)が受理されて、APC(Article Publicationn Charge)を支払い、著者校閲を済ませ、出版同意書(Author Publishing Agreement)も提出し終えました。しかし、通常なら1週間もせずにオンラインで公開されるはずが、2週間経っても1ヶ月経っても公開されません。

1ヶ月経った時、しびれを切らしてウェブ上のお問い合わせフォームから事務局に問い合わせのメールを送りました。しかしノーレスポンス。めげずに1ヶ月ごとに(若干方法を変えつつ)問い合わせを送るも、毎度ノーレス。

3ヶ月経った時、Editor in Chiefにメール。すると、これまで問い合わせていた事務局のメールアドレスから即レスが! 曰く、出版同意書の処理が完了してないよ、とのこと。「いや、提出したし、証拠のPDFもあるよ〜」と思いつつも、手続きのための新たなURLを送ってくれたので大人しく従って、ゲノムアナウンスメントはすぐ公開されることになりました。システム的なトラブルだったのでしょうか。。。

 

トラブった時は、やはり偉い人に直接話をした方が早く解決しますね。勉強になりました。

論文のメモ: 生物種によって感受性が異なるのはなぜか?

Narcoticな毒性(あるいはbaseline toxicity)は、物質が生物膜に移行して、膜の完全性(integrity)を破壊するために生じると言われています。

そして毒性の大きさは、一般に生物種を問わず、脂質中の物質濃度で決まるとされています。

 

一方、生物体内の受容体と結合するなど、生物から何らかの反応を受けるような物質の毒性は、一般に予測するのが難しいとされています。

生物種(または物質)によって毒性は非常にばらつきます。

これは、このような反応性の物質は、生物のADME(吸収・分布・代謝・排泄)の影響を受けたり、作用機序(MoA; mode of action)が生物によって異なるためだと言われています。

 

このあたりの話について、以下、古めの論文を含むまとめ。

 

  

Vaal M, van der Wal JT, Hoekstra J, Hermens J, 1997, Variation in the sensitivity of aquatic species in relation to the classification of environmental pollutants, Chemosphere 35(6): 1311-1327.

35物質、237生物種の毒性試験データを解析したSSD論文。データ選択の基準として、"at least ten species belonging to at least four taxonomic groups (Classes), including one fish species, one Daphnid and one insect. Toxicity"とある。藻類や植物のデータがあるのかどうかは不明。言及がないので含まれてない?

Verharrの4分類(inert =narcosis, less inert = polar narcosis, reactive, specifically acting)に従って35物質を分類して、specifically actingについてはさらにカーバメート、有機リン、塩素系殺虫剤に分類。
主要な結論は、Class1や2の物質、つまりnarcoticな毒性は生物種による感受性(Toxic Ratio = 実測値とKowによる予測値との差分)のばらつきが小さいけれど、Class 3や4、すなわちreactiveやspeciically actingな物質は感受性のばらつきが大きいよ、というもの。

また、ばらつきの大きいものほど分布が対称ではなく偏っていた。例えば有機リン系殺虫剤に対して甲殻類の感受性が極めて高いために対称ではなくなったそうです。こう書いてしまうとすごい当たりまえですが。。

ちなみに同じ年に同じグループから似たような論文が出てます。

 

Escher BI, Hermens JL, 2002, Modes of action in ecotoxicology: their role in body burdens, species sensitivity, QSARs, and mixture effects, Environ Sci Technol, 36(20): 4201-4217.

Escherさんの盛りだくさんな総説。D論の一部っぽい。上のVaal et al. 2002も図付きで引用されてます。

Baseline toxicityとそれ以外でMoAを分けて、メカニズムや毒性の時間経過などの違いをまとめています。

 

 

 

このような、生物種によるspecifically actingやreactiveな物質に対する感受性の差を、定量的に議論した例が以下。QSARは物質による差がメインだと思うので、ここでは考えませんでした。

生物の何が差を生み出しているのか。

TK-TD(toxicokinetics-toxicodynamics)的な観点から整理してみて、TKに重きを置いているのがVanden Brinkらによるbiological trait(生物学的形質?)なアプローチで、TD(≒MoA?)に重きを置いているのがUSEPAのLaLoneらによるSeqapassでしょうか。ただ眺めていると、TraitはTDも含んでいる場合もあるようす。まだまだよく分かりません。

  

LaLone CA, Villeneuve DL, Burgoon LD, Russom CL, Helgen HW, Berninger JP, ... & Ankley GT, 2013, Molecular target sequence similarity as a basis for species extrapolation to assess the ecological risk of chemicals with known modes of action, Aquatic Toxicol 144: 141-154.

USEPAのSeqapass。毒性のターゲット部位(受容体とか)における構造の違いが、種間の感受性差を生み出しているという考え。AOPにおけるMIE部分。よく例として出てくるのがアセチルコリンエステラーゼ(AChE)阻害剤による毒性とAChEのアミノ酸配列との相関関係。

前々から気にはしているけど、詳しくはまだあまり追えていません。

 

Van den Berg SJ, Baveco H, Butler E, De Laender F, Focks A, Franco A, ... & Van den Brink PJ, 2019, Modeling the sensitivity of aquatic macroinvertebrates to chemicals using traits, Environ Sci Technol 53(10): 6025-6034.

こちらはBiological trait(生物学的形質)によって感受性を予測・説明できる、という考え。traitって何、という感じですが、この論文では寿命、サイズ、摂餌形態、至適温度、至適pHなどに着目しています。このグループの初期の関連研究はたぶんBaird & Van den Brink (2007)

系統関係(遺伝的距離とか)と感受性の関係に着目するのに近いですが、それよりももっと直接的なアプローチなのかも。 この論文に関しては、読み込んでませんが、何となく分かったような分からんような…。

 

Buchwalter DB, Cain DJ, Martin CA, Xie L, Luoma SN, Garland T, 2008, Aquatic insect ecophysiological traits reveal phylogenetically based differences in dissolved cadmium susceptibility, Proc Nat Acad Sci 105 (24): 8321-8326.

この論文は上記2つの中間的なアプローチ? traitと系統関係に着目して、水生昆虫のCdに対する感受性を説明しようとした論文です。扱っているtraitは、金属の取り込み速度、排泄速度、解毒キャパシティなど。

詳しくはまだ読めてないので、後で読む。

金属の細胞内分画を扱っていて、USGSのSamuel Luomaも共著の一人。

 

Baas J, Kooijman SA, 2015, Sensitivity of animals to chemical compounds links to metabolic rate, Ecotoxicol 24(3): 657-663. 

Kooijman先生らの論文。生物の代謝(specific somatic maintenance)で感受性の違いを説明できるとするアプローチ。有機リン系殺虫剤とカーバメート系殺虫剤について、基礎代謝率(と呼んで良い?)が高いほど感受性が高いという相関を議論しています。なお基礎代謝率は成長と繁殖などのデータから推定されたもので、感受性は時間∞のEC0であるNEC(No effect concentrations)を指標として使用。

代謝とサイズの関係についての議論などほぼ理解できず、全体的に分かってない気がしますが、この論文はTK-TDのうちTKにフォーカスしてるということ? 上のLaloneら (2013) の感触とは大分異なるように思えますが。うーむ。